トッド・ラングレンは天才です。そこで彼のメロディー・メイカーブルを存分に堪能できるアルバムをご紹介しましょう。
この1971年発表の「ラント・ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン」です。
と言いたいのですが、なんか気が引けます。
ジャケットを見ただけで「この人、ちょっと変じゃない」、「精神的に偏っているのかも」と思われそうです。
そして「こんなものを平気で勧めてくるあなたは普通じゃない」と言われかねません。
それほどまでにジャケット・デザインがマイナス要因となっています。
首吊り用のロープを首にかけた男(トッド・ラングレン)がピアノに座っています。
この不気味さはタイトルの「バラード・オブ.トッド・ラングレン」にも悪影響を与えています。
「バラード」が“甘く、切ない”ではなく“絶望、悲壮感”を感じさせてしまいます。
これだったらビートルズの「ホワイト・アルバム」のように白一色とかメタリカの「ブラック・アルバム」みたいに黒一色の方がよほどマシです。
いくら1970年代という時代がそうだったとはいえ、今だったらこんなデザインは即座に却下されるような気がします。
かように趣味の悪いジャケットで人に勧めづらいのですが、困ったことに内容は一級品なのです。
トッド・ラングレンしか作れないような美しいメロディが次々と出てきて引き込まれます。
もうそこは時代とか流行とか関係ない世界です。
そこで考えました。
名盤紹介とはいえ、いきなりこのジャケットが出てくると読む意欲もなくなりかもしれない。
ではどうするか。
そうだ、トッドのかっこいいアルバムジャケットで、尚且つ名盤と呼ばれるものを一緒に紹介してしまおう。
そうすればいきなりド頭に首吊りジャケットを見なくても済むのではないか。
しかしさらにまた困った問題が発生します。
こと、トッド・ラングレンにお限ってはかっこいいジャケットがレアなのです。
ところが幸いなことに1978年リリースの「バック・トゥ・ザ・バーズ」、
これなら異論ありません。
評価も高く、彼のベスト的な雰囲気もあり、バックは後にユートピアと名乗るようになるメンツが中心です。
このアルバムは1978年当時、なぜか突然信じられないほどのミラクルヒットとなってしまったピーター・フランプトンの「フランプトン・カムズ・アライヴ」の2匹目のドジョウを狙ってリリースされた、などと言われたりもしました。
しかしご安心ください・・・?
トッドに限ってはそんな心配は不要でした。
相変わらず業界内での評価は高かったものの、そんなにメガヒットとなることはなかったのです。
実はこの時代はロックのライブ名作が多く、オールマン・ブラザーズの「フィルモア・イースト」やディープ・パープルの「イン・ジャパン」に端を発して、1975年のキッスの「地獄の狂獣、KISS ALIVE!」、1976年のポール・マッカートニー・アンド・ウイングスの「ウイングス・オーバー・アメリカ」など目白押しでしたが、そういう仲間には入れませんでした。
長年、トッドは評価は高いのに売れない、ということに慣れきってしまっているM気質のファンとしてはもう望むところです。
どちらかといえば変人フィランク・ザッパの1978年リリース「ザッパ・イン・ニューヨーク」に近い立ち位置です。
これではロック界の変態の仲間入りとなりそうです。
そういえばトッドのことを灰汁の抜けたフランク・ザッパという人も一定数、存在します。
何はともあれセールス的に大成功とはいかなかったまでも「バック・トゥ・ザ・バーズ」は名盤です。
アート集団ヒプノシスによるプログレッシブ・ロックを想起させるジャケットセザインです。
他のふやけて緩んだ顔をアップにした名盤よりは近づきやすいと考えられます。
(こういうやつね)
さて、気を取り直して「ラント・ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン」です。
タイトル通り、ポップなバラードが次々に出てきます。
「ラント」とはトッドのソロ・デビュー作のタイトルで、バンド名でもありました。
メンバーは
トッド・ラングレン ギター、キーボード、ヴォーカル
トニー・セールス ベース
ハント・セールス ドラムス
というトッドとハント兄弟によるスリーピース・バンドでした。
実のところは全曲トッドが作曲し、ベースはトニー、ドラムはゲスト・ミュージシャン、他の楽器は全てトッド自身でこなしたという内容のようです。
続くセカンドアルバム、この「バラード・オブ・・・」も同じでした。
この頃のことをトッドは
「アレンジにもこだわりを持つようになってきたので、全部自分で演奏してみることにしたんだ。でも、まだ他のミュージシャンに頼る部分もあった。ドラムを演奏する準備も、ベース演奏のあるべき姿について真剣に考える準備もできていなかったんだ」
と答えています。
これは見方によってはベースとドラムの真の魅力を知っているからこそ、自分で演るより他に頼んだほうがいいものになると思っているののだと思われます。
ピアノの弾き語り的なバラードが多く、しかもメロディが綺麗なので聴きやすいアルバムとなっています。
トッド・ラングレンのヴォーカルは不思議です。
そんなにうまく聞こえないし、しかも歌い込んでいるような感じもしないのに、曲作りも含めてなぜか聴き込むほどに味の出るサウンドになっています。
「ラント、ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン」のご紹介です。
演奏
・トッド・ラングレン
ピアノ、オルガン、ポンプオルガン、クラビネット、ウーリッツァー・エレクトリック・ピアノ、EMS VCS3、ギター、マンドリン、テナーサックス、バリトンサックス、トークボックス、ビブラフォーン、パーカッション、ヴォーカル
・トニー・セールス
ベース(Except Tr.9,10)、コンガ(Tr.1)、タンバリン(Tr.1,8)、ビブラフォーン(Tr.8)
ND・スマート
ドラム(Except Tr.9,10,11)、ティンバレス(Tr.1)、マラカス(Tr.8)
・ジョン・ゲリン
ドラム(Tr.9,10)
・ハント・セールス
ドラム(Tr.9)、コンガ(Tr.8)
・ジェリー・シェフ
ベース(Tr.9,10)
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Long Flowing Robe ロング・ブローイング・ローブ
いきなりバラードではない曲で始まりますが、とってもポップで心地よいメロディです。
2, The Ballad (Denny & Jean) ザ・バラッド(デニー・アンド・ジーン)
この2曲目に移る感じも好きです。恋人同士の破局ですがとっても深いものを感じます。
3, Bleeding ブリーディング
パワ=ポップです。中間部とラストの長めのギターソロもいい感じです。
4, Wailing Wall ウェイリング・ウォール
ピアノ弾き語りの「嘆きの壁」というタイトルらしくしんみりとした美しいバラードです。
5, The Range War ザ・レンジ・ウォー
意味深な内容です。階級闘争のことだと解釈していますが、この曲も素晴らしく良くできた曲です。
6, Chain Letter チェイン・レター
アコースティックギターでの弾き語りで始まり、バンドの音になります。自信をなくして気弱になっている人への応援歌です。
最後のところで信じていることを、ただ続けろ、続けろ、と繰り返します。
こう言うことを歌うんだったらこのジャケットデザインはやめていただけませんか、と思ってしまうのでした。
7, A Long Time, A Long Way to Go ア・ロング・タイム・ア・ロング・ウェイ・トゥ・ゴー
これまたホッとする名曲です。歌詞の内容は前の曲から続いているように感じます。
8, Boat on the Charles ボート・オン・ザ・チャールズ
1970年代のシンガー・ソングライター風にボソッと始まりますが、徐々に活気が出てきます。この曲もボートを漕ぎ出す、行くぞ、と言うポジティブな内容です。
9, Be Nice to Me ビー・ナイス・トゥ・ミー
この曲も大名曲だと思っています。
10, Hope I’m Around ホープ・アイム.アラウンド
続けてしっとりした感じの曲が続きます。この感じがまたたまらなく良いのです。
11, Parole パロール
タイトルは「仮釈放」と言う意味です。ハードな曲調のナンバーですがメロディがスッキリしているので個人的にはエルトン・ジョン風だと思っていました。ノリノリなギターソロも素晴らしい。
12, Remember Me リメンバー.ミー
最後は51秒の曲で、しんみりと、そして敬虔に「私を思い出してください」で終わるのです。
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