「かの偏執狂的個性派の音楽集団(といっても二人)によるアナログオーディオが極まった時代の傑作高音質盤です」Gaucho : Steely Dan / ガウチョ : スティーリー・ダン

 アメリカの偏執狂的超個性派バンド(褒めてます)、スティーリー・ダンが七枚目のオリジナル・アルバム「ガウチョ」をリリースしたのが1980年11月です。
現在でもスティーリー・ダンの代表作のみならず、名演奏、名録音、名音質の象徴的アルバムとして評価され続けています。

当時の世相として、音楽業界はテクノポップ、ニューウェイヴが最先端でした。
同時にAORとスタジアム系産業ロックも確立し、消費者の幅、年齢層が広がり音楽ビジネスは大金を回る時代に入っていました。

思い出すのはスーパートランプのアルバム「ブレックファスト・イン・アメリカ」で、突然大ブレイクしたのが象徴的でした。同じく同アルバムから第2弾としてシングルカットされた「ロジカル・ソング」なども相当聴き込んだ記憶があります。(あのときの熱狂的人気はどこに行ってしまったのでしょう)
ハードロック、メタル系はメインストリームから外れ、かなりマニアックな音楽となっておりました。ファンとしては肩身の狭い思いをしていたものです。(個人の感想です)

そういう中でスティーリー・ダンは大人向け、玄人好みのAORバンドとして「エイジャ」につづき3年ぶりのニューアルバムというニュースで一躍話題となっていました。

現在では3年ぶりのニューアルバムと聞いても特に違和感はありませんが、この時代は現役のミュージシャンは基本、1年に一枚くらいのペースでアルバムをリリースしていたものです。
例えばブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」から「闇に吠える街」のインターバルも3年ですが、記録的な空白期間みたいに言われていました。

プロフェッショナルな録音現場では多重録音も当たり前になっており、ものすごく高価な24トラックのテープレコーダーが業界標準としてもてはやされていた時代でした。
32チャンネルマルチトラックテープレコーダーというのもありましたが、ヨーロッパのどこそこのメーカーの24トラックが一番安定していて、音質が良い、業界標準などとまことしやかに言われていました。(真贋不明です)
そういうプロの録音現場ではアナログでの音質は磨きに磨かれていた時でした。

中でも「ガウチョ」の録音技術はレコーディング業界でも評判で、スタジオ関係の人に会うごとに誰しもこのアルバムを評価し、意識していたと記憶しています。

またコンシューマーオーディオの世界はというと、1980年といえばまだデジタル未開のCD出現前夜です。
プロオーディオ、レコーディング業界と同じようにアナログオーディオ界は成熟しており、音質を極めたと言われるような高価なアナログコンポーネントが発表されていました。

ポップス、ロック、ジャズファンとともにオーディオマニアもリファレンス用にこの「ガウチョ」を求めていました。

確かに「ガウチョ」は今聞いても素晴らしい楽曲と音質でまとめられており、時代を超えた名盤となっています。
リリース当時は私はまだ学生です。生活するのに精一杯でそうそうオーディオに凝るほどの余裕はありませんでした。
「ガウチョ」のLPレコードは買いましたが、当時はそんなに音質云々を意識して聞き込んだ記憶はありません。

それからしばらく経って最近、といってももう10年以上前になりますが、ハイレゾ音源を手に入れて聴いたときは「やっぱり『ガウチョ』は違う、音がタイトでリズムがとてつもなく素晴らしい」と再認識しました。

前作「エイジャ」も音質には定評があり、オーディオ機器のリファレンス音源としても使われていました。でも一聴するとわかりますが「ガウチョ」の方がよりサウンドの粒立ちが良く、キレの良い音に感じます。

ここ数年、自身のオーディオ環境はなるべく好みに合った音が出るようにせっせと努力、精進してきたものです。
そこでこの「ガウチョ」を聴いてまず驚くのが、リズム隊の音です。
もちろん全ての楽曲も完璧で素晴らしく、録音された音質も極上なのですが、最も印象的なのがベースとドラムスについてです。

通常の良い音ではエレキベースの輪郭がはっきりしていて、音程がわかり、他の楽器、とりわけ低音で音域の近いバスドラムとも分離して聞こえます。
ドラムもバスドラがはっきりと存在感を表します。そういうところも聴いていて楽しかったりします。
で、このアルバムなんですが、オーディオ用のスピーカーで聞くと1曲目からベースとドラムスが完全にシンクロしており、一体となって聞こえます。
こんなに明瞭度の高いサウンドにも関わらずです。

冒頭からしてバーナード・パーディーのしなるようなビートにもチャック・レイニーは一糸乱れず、まるで存在をなくすかの如くシンクロしています。
今のデジタルミキシング時代なら波形レベルからのアレンジ可能なので、こういう表現もできるかもしれません。
でも1970年代アナログミキシングであればミュージシャンの技術に任されます。そこはプロだからということかもしれませんが、驚異の演奏力です。

リズムについては、このアルバムでは新しく「ウエンデル」と名付けられた最新鋭リズムマシーンが投入されたということも話題でした。(商品にもなっているようです)
でも、全てのトラックでドラマーがクレジットされています。
エンジニアのエリオット・シャイナーによると「ヘイ・ナインティーン」「グラマー・プロフェッション」「マイ・ライバル」のベーシックトラックで使用したのもで「バビロン・シスターズ」「タイム・アウト・オブ・マインド」「サード・ワールド・マン」には使用されていないと言及しています。

というかこれ以上ないような実力と個性を持った、マシンに変わるには勿体無いくらいの当時の超一流ドラマーが集結しています。

全てのトラックも押し並べてそういう感じなので、いろいろと聴きどころが多いアルバムです。
例えばアンソニー・ジャクソンのベースはまた違います。ベースがバンドを引っ張っていきます。
トラック5「タイム・アウト・オブ・マインド」の中盤あたりから唯一ベースの存在が他と違うと感じられるパートになります。ベーシストの名前を見てみたらスティーリー・ダンのギタリスト、ウォルター・ベッカーさんでした。
なるほど、ギタリストの弾くベースです。

オーディオスピーカーとスタジオモニタースピーカーでは、聴くとまた景色が変わります。

そういう人間離れした技術などを感じながら聴いていくのもこのアルバムの正しい鑑賞の仕方です。
(個人の意見です)

1980年にリリースされたスタジオアルバム「ガウチョ」のご紹介です。
参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

Bitly

プロダクション

・ゲイリー・カッツ  プロデューサー
・ポール・ビショー  制作総指揮
・ロジャー・ニコルス  エグゼクティブプロデューサー、エグゼブティブエンジニア、オーバーダビングエンジニア、特殊効果
・エリオット・シャイナー  エンジニア、ミキシングエンジニア
・ビル・シュニー  エンジニア
・ジェリー・ガーシュバ  多重録音エンジニア
・ボブ・ルドウィグ  マスタリング・エンジニア

・アシスタント・エンジニア
Barbara Isaak、Tom Greto、Georgia Offrell、John “Doc” Dougherty、Carla Bandini、Craig Goetsch、Gerry Gabinelli、Rosa Howell、John Potoker、Marti Robertson、Linda Randazzo

曲目/演奏

1. Babylon Sisters    バビロン・シスターズ (5:49)

個人的にはドラムスのバーナード・パーディーとベースのチャック・レイニーを味わう曲だと思っています。
パーディー・シャッフルと名づけられたリズムはジェフ・ポーカロをはじめ、いろんなドラマーの指標となりました。曲自体はポップで聴きやすく感じますが、いろいろとひねりを感じます。スティーリー・ダンの代表曲の一つです。もちろんステイーリー・ダンらしく歌詞は意味不明です。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル
– バーナード・プリティ・パーディ / ドラムス

– チャック・レイニー / ベース
– スティーヴ・カーン / エレキギター
-ドン・グロルニック / エレクトリック・ピアノ&クラビネット
– ロブ・マウンジー / ホーン・アレンジメント
– トム・スコット / クラリネット 、アルト・サックス、テナー・サックス
– ランディ・ブレッカー / トランペット、フリューゲルホルン
– ウォルター・ケイン / バスクラリネット
– クラッシャー・ベネット / パーカッション

– ディーバ・グレイ / バッキング・ボーカル
– トニ・ワイン / バッキング・ボーカル
-ゴードン・グロディ / バッキング・ボーカル
– ラニ・グローブス / バッキング・ボーカル
– レスリー・ミラー / バッキング・ボーカル
– パティ・オースティン / バッキング・ボーカル 

2.Hey Nineteen    ヘイ・ナインティーン (5:06)

歳の差カップルについての歌みたいです。アレサ・フランクリンを知らない世代の女の子で一緒に踊ることもできないし、話も噛み合わないという内容です。
リズムがタイトで聴いていて極上の気分に浸れます。
ドラムのリック・マロッタはニューヨーク出身ですが70年代に西海岸を代表するスタジオミュージシャンとなりました。カーリー・サイモン、ジェームス・テイラー、ジョン・レノン、ジャクソン・ブラウン、リンダ・ロンスタッドなど大物ロック、ポップス系のミュージシャンのレコーディングに多数参加しています。スティーリー・ダンとは「幻想の摩天楼」「彩 : エイジャ」に続いて3作目の参加です。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ
– リック・マロッタ / ドラムス
– スティーヴ・ガッド / パーカッション
– ウォルター・ベッカー / ベース、ギター
– ヒュー・マクラッケン / ギター
– ジョージ・マージ / バスクラリネット
– ビクター・フェルドマン / パーカッション

– ザカリー・サンダース / バッキング・ボーカル
– フランク・フロイド / バッキング・ボーカル 

3. Glamour Profession    グラマー・プロフェッション (7:28)

アンソニー・ジャクソンの “歌うベース” がとても気持ちいい曲です。もちろんドラムのスティーヴ・ガットも相当です。この曲も含めて本当に洗練されたリズムがこのアルバムのキモです。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ 
– スティーヴ・ガッド / ドラムス
– アンソニー・ジャクソン / ベース
– スティーヴ・カーン / エレキギター
– ロブ・マウンジー / ピアノ
– トム・スコット / テナー・サックス 、ホーン・アレンジメント、リリコン
– マイケル・ブレッカー / テナーサックス
– ラルフ・マクドナルド / パーカッション

– レスリー・ミラー / バッキング・ボーカル
– ザカリー・サンダース / バッキング・ボーカル
– フランク・フロイド / バッキング・ボーカル
– ヴァレリー・シンプソン / バッキング・ボーカル 

4. Gaucho    ガウチョ (ベッカー、フェイゲン、キース・ジャレット) (5:30)

スローテンポでジャジーな曲です。「ガウチョ」とはスペイン人とインディアンの混血のことだそうです。南アメリカを感じさせます。このタイトル曲はフュージョンぽくてこの時代を感じさせる曲です。この曲もリズム隊は完璧です。
曲がキース・ジャレットの「Long As You Knou You`re Living Yours」に似過ぎているということになり、キース・ジャレットも追加でクレジットされました。なるほど聞けば納得です。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ
– ジェフ・ポーカロ / ドラムス
– ウォルター・ベッカー / ベース、ギター
– スティーヴ・カーン / エレキギター
– トム・スコット / テナー・サックス 、ホーン・アレンジメント
– ランディ・ブレッカー / トランペット
– クラッシャー・ベネット / パーカッション

– パティ・オースティン / バッキング・ボーカル
– レスリー・ミラー / バッキング・ボーカル
– ヴァレリー・シンプソン / バッキング・ボーカル 

5. Time Out Of Mind    タイム・アウト・オブ・マインド ( 4:11)

これだけは一つ不満があります。マーク・ノップラーのギターは確かに感じますが、おおっと思うのは最初だけで、あとにいつものようにストーリーを紡ぎ組み立てるようなギターソロもありません。ファンとしては勿体なかったと感じます。
アルバムの中では一番薄めの曲になってしまいました。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ
– リック・マロッタ / ドラムス
– ウォルター・ベッカー / ベース、ギター
– ヒュー・マクラッケン / ギター
– マーク・ノップラー / リードギター
– ロブ・マウンジー / ピアノ
– ロブ・マウンジー / ホーン・アレンジメント
– マイケル・ブレッカー / テナーサックス
– デヴィッド・トファニー /テナーサックス
– ロニー・キューバー / バリトンサックス
– デヴィッド・サンボーン / アルトサックス

– レスリー・ミラー / バッキング・ボーカル
– パティ・オースティン / バッキング・ボーカル
– マイケル・マクドナルド / バッキング・ボーカル

6. My Rival    マイ・ライバル (4:30)

西部劇みたいな世界を感じます。タイトなリズムと歪んだギターのカッティングが印象的です。リズム隊のドラマー、スティーヴ・ガットとベーシスト、アンソニー・ジャクソンはどんな曲でも対応できるんだなあと別の意味でも感心してしまいます。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ 
– スティーヴ・ガッド / ドラムス
– アンソニー・ジャクソン / ベース
– スティーヴ・カーン / エレキギター
– ハイラム・ブロック / ギター
– リック・デリンジャー / ギター
– パトリック・レビヨ / エレクトリック・ピアノ
– トム・スコット / テナー・サックス 、ホーン・アレンジメント、リリコン
– ランディ・ブレッカー / トランペット、フリューゲルホルン
– マイケル・ブレッカー / テナーサックス
– ウェイン・アンドレ / トロンボーン
– ラルフ・マクドナルド / パーカッション
– ニッキー・マレロ / ティンバレス
– ニッキー・マレロ / ティンバレス

– ザカリー・サンダース / バッキング・ボーカル
– フランク・フロイド / バッキング・ボーカル
– ヴァレリー・シンプソン / バッキング・ボーカル 

7. Third World Man    サード・ワールド・マン (5:18)

じっくり歌い上げる曲でラリー・カールトンのこれまた歌い上げるギターソロが聞けます。ベースのチャック・レイニーは1曲目とはまた違ってドラムに混ざらない独立したベース音を聴かせてくれます。

– ドナルド・フェイゲン / リード・ボーカル、シンセサイザー、エレクトリック・ピアノ
– スティーヴ・ガッド / ドラムス
– チャック・レイニー / ベース
– スティーヴ・カーン / エレキギター 、アコースティックギター
– ラリー・カールトン / リードギター
– ロブ・マウンジー / ピアノ (3-5)、シンセサイザー
– ジョー・サンプル / エレクトリック・ピアノ 

リリース情報

アートワーク: スザンヌ・ウォルシュ (デザイン&アートディレクション)、レネ・ブリ (写真)

リリース状況
LP MCA Records – MCA-6102 (1980、US)

CD MCA Records – MCAD 37220 (1984、US)
CD Mobile Fidelity Sound Lab – UDCD 545 (1991) 、米国) ロジャー ニコルズによるリマスター
CD MCA レコード – 088 112 055-2 (2000 年、米国) 上記と同じリマスター

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