

1986年6月30日にリリースされた「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」はイギリスのミュージシャン、スティーヴ・ウインウッドがアイランド・レーベルからリリースした四枚目のソロアルバムです。
前作「トーキング・バック・トゥ・ザ・ナイト」から4年ぶりとなります。
前々作「アーク・オブ・ダイヴァー」は好評でしたが「トーキング・・・」は「ヴァレリー」というヒット性のある曲もあり業界での評判は良かったものの、アルバム的には大きなセールスに結びつきませんでした。
「ヴァレリー」についてはこの「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」のリリース後の1987年にリミックスして再リリースされ、ディスコ(今ではクラブと言われます)を中心に大ヒットすることとなります。
(参考までに最後のところに1982バージョンと1987バージョンを添付しておきます。1987バージョンは踊れる、まことにディスコ向けアレンジです)
「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」までのスティーヴ・ウインウッドは、スペンサー・ディヴィス・グループやトラフィック、ブラインド・フェイスなどでバンド活動をしていました。
1977年からソロ活動がメインになります。
1980年のソロ2作目「アーク・オブ・ダイヴァー」がヒットし高評価だったとはいえ、日本においてはさほどビッグネームでもなく大きく話題に上る存在ではありませんでした。
超特大のシングルヒットもなく、スーパーギタリストでもない、どちらかといえば通好みのミュージシャンといった佇まいでした。(ロッド・ステュアートのように見た目の派手さもコマーシャル性もありませんでしたし)
しかしこの「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」は違いました。
日本を含め、全世界でヒットし、なんとこのアルバムから六枚もシングルが発売されることになります。
スペンサー・ディヴィス・グループやトラフィックという古くからのファンも。「おお、俺たちのウインウッドがまた戻ってきた!」と歓喜の声をあげる一方、「なんかちょっと時代に迎合しすぎじゃね」、と心配する向きもありました。(すいません、私です)
今から見れば時代に望まれ、必要とされるリズムをうまく取り入れて消化し、尚且つ昔からのスティーヴ・ウインウッドらしいR&B、ソウルっぽさ全開のヴォーカルも味わえるという作品となっています。

この時代において、これは面白い現象でした。
エリック・クラプトン、ボブ・ディラン、ローリング・ストーンズなど1960年代から70年代にかけて思いっきり名盤を連発し、ロックの歴史を作ったきたビッグアーティストたちは1980年代はみんな行き詰まっていました。
パンク・ニューウェイヴの台頭、ブラック・ミュージックもラップやヒップホップが主流となり、音楽のデジタル化によるメディアの移行なども影響してドラスティックに音楽業界が変化したためです。
もう主流とはかけ離れた「大御所だけど昔の人」というベテラン演歌歌手みたいな雰囲気になっており、リリースするアルバムもそれまでのように評価はされない状況だったのです。
ちなみに前述のアーティストが1980年代にリリースしたアルバムを紹介しておきますと
ザ・ローリング・ストーンズ
1983 「アンダーカバー」 、
1986「ダーティ・ワーク」、
1989「スティール・ホイールズ」
エリック・クラプトン
1983 「マネー・アンド・シガレッツ」、
1985 「ビハインド・ザ・サン」、
1986「オーガスト」
ボブ・ディラン
1985 「エンパイア・バーレスク」、
1986 「ノックアウト・ローデッド」、
1988「ダウン・イン・ザ・グルーヴ」
うわあ、これはいけません、ざっと挙げただけでも彼らの黒歴史感が満載です。
しかもみなさん1980年代にはこれ以外にもたくさんリリースされていて、その多作さがかえって焦っているようにも思えるほどでした。
というのもこういうロックの歴史を作ってきた大物ロックミュージシャンはほとんどが黒人音楽、ブルーズやR&Bの影響を受けていました。
しかしそういう音楽をベースにして1960年代から第一線で活躍しているミュージシャンにとって、このすべてが新しくなった、しかも応用してきた黒人音楽までも変わってしまった時代では、新鮮に受け入れられるものではありませんでした。
ここでスティーヴ・ウインウッド登場です。
前述の大物ロック・アーティストたちと同じベースを持ちながら、ここで第一線に返り咲いた、いやむしろここにピークを持ってきたのです。
ブラック・ミュージック界というか、音楽全体のリズムの主流がプリンスやマイケル・ジャクソン、トーキング・ヘッズなどの新しい世代のミュージシャンの出現、成功によって今までの泥臭いグルーヴではなくなってきていました。
そういう環境下でもスティーヴ・ウインウッドの作るサウンドは受け入れられ、大成功したのです。
というか彼の音楽歴でも1番ヒットした時代となりました。
この頃ヒットして盛り上がりを見せていたダリル・ホール&ジョン・オーツなどと一緒にブルー・アイド・ソウルとしても語られていました。
それというのもウインウッドの柔軟な個性とマルチインストメンタリストとしての器用さ、合わせて生来の音楽脳が時代に寄せても埋没しなかったからだろうと思われます。
(すごく平たく単純に考えれば他のアーティストと違って「打ち込みリズム」をちゃんと自分のものにできたから、とも言えますな)
一応断っておきますがクラプトン、ストーンズ、ディランともここで終わることはなく、特に2000年に近づいたくらいから質の高い作品を量産して見事に返り咲いています。
今なお若いミュージシャンの指標となっているような存在です。
ちなみにわたくし事として、最近なぜか1980年代のディランとストーンズにハマっています。
いうほど悪くない、どころかその時代でしかできなかったであろう1980年代のアルバム群は、まこと他に変え難いほど味わいがあることに気づいたのです。
(個人の感想です。間違っても今からディランやストーンズをこれから聴いてみようと思っている人が、真っ先に手をつけるべきアルバムではありません。かなり間違った印象がついてしまいそうです)
で、「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」です。
ピンボケ写真、という風情のジャケットデザインはイマイチ感があるにしても、今聞いてもまとまった名曲のオンパレードです。
サウンドは1980年代ならではの(めちゃ流行りました)ドラムにコンプレッサーやゲートリバーブを多用しているサウンドです。
そして打ち込みとナマのリズムをうまく使っています。
その昔は得意だったハモンドオルガンやアコースティックギターなどの音はあえてなくしているんだろうなあ、と思っていたのですが、最近聞き直してみたら、そんなに無機質な音でもありませんし、昔から持っていた音もしっかり出しています。
1960年代から第一線で活躍していたアーティストで、一番オリジナリティを確立して、どんな時代でも柔軟に対応できたのはスティーヴ・ウインウッドかもしれません。
若くして才能を高く評価されても天狗になるようなことはありませんでしたし、派手なステージアクションとかヒットを狙ってサウンドギミックに走ることもありませんでした。(すいません、私はそういうのも好きですが)
そんなところに彼の真面目な音楽感とか性格の良さを見るような気がします。
そしてこの2年後、最大ヒットとなる「ロール・ウィズ・イット」をヴァージン・レーベルからリリースすることになります。
アルバム「ロール・ウィズ・イット」のジャケットです。


アルバム「バック・イン・ザ・ハイ・ライフ」のご紹介です。


プロダクション
プロデューサー スティーヴ・ウインウッド、ラス・タイトルマン
プロダクション・コーディネーター ローラ・ロンクトー
上記アシスタント ジル・デルアバテ
マスタリング(スターリングサウンド NY) テッド・ジェンセン
アートディレクション ジェフリー・ケント・エアロフ
アートディレクション、カバーデザイン ジェリ・マクマナス
フォト アーサー・エルゴート
ネザータークドニック・スタジオ
・アディショナル・エンジニア
ノビー・クラーク
・上記アシステント
ショーン・チェナリー
パワーステーション
・エンジニア
ジェイソン・コルサロ
・アシスタント・エンジニア
ジョン・ゴールドバーガー、ロブ・イートン、ロイ・ヘンドリクソン、スティーヴ・リンコフ、シズコ・オリシゲ
・アディショナル・エンジニア
ブルース・ランプコフ、デイヴ・グリーンバーグ、ジム・ボイヤー、マルコム・ポラック
ライト・トラック
・アシスタント・エンジニア
スコット・マブチ
ジャイアント・サウンド
・アシスタント・エンジニア
クロード・スウィフティ・アキレー
・アディショナル・エンジニア
ジョン・ウルフソン
ユニーク・レコーディング
・ミキシング・エンジニア
トム・ロード=アルジ
・アシスタント・エンジニア
エド・ブルーダー、ジェフ・ロード=アルジ
・アディショナル・エンジニアリング
クリス・ロード=アルジ



曲目、演奏
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Higher Love ハイヤー・ラヴ
(スティーヴ・ウインウッド、ウィル・ジェニングス)
スティーヴ・ウインウッド リードヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、シンセサイザー、ドラム・マシーン・プログラミング、シーケンサー・プログラミング、
アンドリュー・トーマス PPGウェイブターム・シンセサイザー・プログラミング
ロブ・マウンジー シンセサイザー
フィリップ・セッセ シンセベース
ナイル・ロジャース リズムギター
エディ・マルティネス リードギター
ジョン・“JR”・ロビンソン ドラムソロ
キャロル・スティール タンバリン、コンガ
ジミー・ブラウロワー ドラムマシン・プログラミング
デヴィッド・フランク シンセホーン
チャカ・カーン バックヴォーカル
ナマのドラムと打ち込みをうまくミックスさせています。
1980年代を代表するサウンドであり、ナンバーワンヒットとなりました。
ここで歌われているのは異性間同士の恋ではなく、高尚な愛のことです。
2, Take It As It Comes テイク・イット・アズ・イット・カムズ
(スティーヴ・ウインウッド、ウィル・ジェニングス)
スティーヴ・ウインウッド リードヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、ギター、シーケンサー・プログラミング、キーボード、
ミッキー・カリー ドラム
キャロル・スティール タンバリン
ブラスセクション
ランディ・ブレッカー トランペット
トム・マローン トロンボーン
ジョージ・ヤング アルトサックス
ボブ・ミンツァ テナーサックス
ルイス.デル.ガット テナーサックス、バリトンサックス
ディヴィッド・フランク ホーンアレンジ
で、2曲目になると力強い勇壮なリズムなのに何故か「ありのままを受け入れる」というか「成り行きまかせ」という雑な歌になるんですね。
と言いつつもサウンドは色々凝りまくっています。ウインウッドのギターソロもなかなかのものです。
3, Freedom Overspill フリーダム・オーヴァースピル
(スティーヴ・ウインウッド、ジョージ・フレミング、ジェームス・フッカー)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、ドラムイ・マシーン・プログラミング、シーケンサー・プログラミング、ハモンド・オルガン、シンセベース、
エディ・マルチネス リズムギター
ジョー・ウォルシュ スライドギター
スティーヴ・フェローニ ドラム
キャロル・スティール パーlカッション
ジミー・ブラウロワー ドラムマシン・プログラミング
ブラスセクション
ランディ・ブレッカー トランペット
トム・マローン トロンボーン
ジョージ・ヤング アルトサックス
ボブ・ミンツァ テナーサックス
ルイス.デル.ガット テナーサックス、バリトンサックス
ディヴィッド・フランク ホーンアレンジ
重いリズムになりました。このアルバムからのセカンドシングルとしてもリリースされています。
ハモンドソロもあり、個人的に好きな曲です。
4, Back in the High Life Again バック・イン・ザ・ハイ・ライフ・アゲイン
(スティーヴ・ウインウッド、ウィル・ジェニングス)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、シンセサイザー、ドラム・マシーン・プログラミング、シンセサイザーピアノ、マンドリン、モーグベース、
ジョン・“JR”・ロビンソン ドラム
ジミー・ブラウロワー ドラムマシン・プログラミング
ジェームス・テイラー バックヴォーカル
シンプルなアレンジで大名曲です。センスの良さが光ります。
5枚目のシングルカットとしてビルボード・ホット100で13位とヒットしました。
5, The Finer Things ファイナー・シングス
(スティーヴ・ウインウッド、ウィル・ジェニングス)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、ドラム・マシーン・プログラミング、シーケンサー・プログラミング、キーボード、シンセソロ、
アンドリュー・トーマス PPGウェイブターム・シンセサイザー・プログラミング
ロビー・キルゴア シンセサイザー・アンド・シーケンサー・プログラミング
ロブ・マウンジー キーボード
ポール・ペスコ ギター
ジョン・“JR”・ロビンソン ドラム
キャロル・スティール コンガ
ジミー・ブラウロワー ドラムマシン・プログラミング
ジェームス・イングラム バックヴォーカル
ダン・ハートマン バックヴォーカル
このアルバムから4枚目のシングルとしてリリースされ、ビルボード・ホット100で9位まで上昇しました。
静かなサウンドでゆったりと歌い始めますがリズミカルに変化します。
3、4曲くらい繋げたような感じの構成ですが、展開の仕方が上手いので違和感なく進んでいきます。
「より良いものへと」というポジティヴな人生讃歌です。
6, Wake Me Up on Judgment Day ジャッジメント・デイ
(スティーヴ・ウインウッド、ウィル・ジェニングス)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、シンセサイザー、ドラム・マシーン・プログエラミング、シーケンサー・プログラミング、
アンドリュー・トーマス PPGウェイブターム・シンセサイザー・プログラミング
ロビー・キルゴア シンセサイザー
ナイル・ロジャース リズム・ギター
アイラ・シーゲル リードギター
ジョン・“JR”・ロビンソン ドラム
キャロル・スティール パーカッション
ジミー・ブラウロワー ドラムマシン・プログラミング
デヴィッド・フランク シンセホーン
ジョセフ・ブラウン バックヴォーカル
コニー・ハーヴェイ バックヴォーカル
マーク・スティーヴンス バックヴォーカル
聖書にある「審判の日」を今の時代に置き換えた内容です。
リズムが心地良く、フェイドアウトするのが惜しいくらいです。
本当にこのアルバムはいろんな面で凝っています。
7, Spilit Decision スピリット・デシジョン
(スティーヴ・ウインウッド、ジョー・ウォルシュ)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、シンセサイザー、ハモンド・オルガン、モーグ・ベース
ロビー・キルゴア シンセサイザー
ジョー・ウォルシュ ギター
ジョン・“JR”・ロビンソン ドラム
キャロル・スティール タンバリン
ジョセフ・ブラウン バックヴォーカル
コニー・ハーヴェイ バックヴォーカル
マーク・スティーヴンス バックヴォーカル
ジョー・ウォルシュのハードなギターで始まります。迷って不安定な状況を歌っています。
ハモンドも聞けてこのアルバムで一番、ロックバンドを感じるサウンドです。
どんなスタイルも何なくこなす憎いやつです。
8, My Love’s Leavin’ マイ・ラヴズ・リーヴィン
(スティーヴ・ウインウッド、ヴィヴィアン・スタンシャル)
スティーブ・ウインウッド リード・ヴォーカル、バッキング・ヴォーカル、ドラミウ・マシーン・プログラミング、キーボード、モーグ・ベース、シンセッソロ、
ロビー・キルゴア シンセ・ベル
ロブ・マウンジー シンセ・ストリングス
キャロル・スティール パーカッション
アリフ・マーディン シンセ・ストリングス・アレンジ
最後はしみじみと「愛はさってゆく」で終わります。
このアルバムは聴き込むほどに1本調子ではなく、いろんなところにこだわっているのがわかります。しかもこの安定感は歌唱力ともによほどの実力がないと無理だと思い知らされます。
そういえば若い頃、スティングとスティーヴ・ウインウッドの声は苦手と思っていた時代があったなあ、今はかえって大好きになってしまったけど。
1982 Valerie
1987 Valerie

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