「ソニー・ロリンズの真骨頂、ピアノレス・トリオという体脂肪率を落とし込んだバンド形態で挑戦する壮絶ライブ」A Night at the Village Vanguard : Sonny Rollins / ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード : ソニー・ロリンズ

 今となっては誰もが認めるジャズサックスの巨匠、モダンジャズの象徴とも言える存在がソニーロリンズです。

そのソニー・ロリンズの1957年リリースの初のライブ盤です。

レーベルはブルーノート、もちろんプロデューサーはアルフレッド・ライオン、録音はルディ・ヴァン・ゲルダーです。

まごうことなきジャズライブの名盤です。

レコーディング場所は、数々の名作ライブを生み出したニューヨークのクラブ「ヴィレッジ・ヴァンガード」、ここでの記念すべき最初のライブ作品でもあります。

この時ロリンズは絶頂期でした。
前年はモダンジャズの歴史的名作と言われる「サキソフォーン・コロッサス」をリリースしていますし、同年には3月にウエスト・コーストにて「ウェイ・アウト・ウエスト」を、ブルーノートでは「ソニー・ロリンズ Vol.1,2」を、リバーサイドでは11月に「ザ・サウンド・オブ・ソニー」を、といった具合にとんでもない名盤を乱発している時です。

神が降りてきたのか、いやきっと悪魔に心を売り渡してしまったに違いないとか、巷では囁かれていました。(妄想です)

そしていよいよ本当に演ってみたかったことをやる日が巡ってきました。
ピアノ、ギターなどの和音楽器を排した、ピアノレス・トリオと呼ばれるサックス、ベース、ドラムスだけでのライブアルバムです。

通常はジャズではホーン楽器のリーダー作を作る場合、シンプルな編成でもピアノトリオにホーンを足してワンホーン・カルテットみたいな編成にするのが普通です。
ギターでもいいのですが和音楽器が一つはないと、このように単音楽器3つだけではバンドとして豊穣な音楽を成立させるのが難しくなります。

しかしあえてそれに挑戦するとんでもない野郎がここに現れてしまいました。

「リズム隊と俺のサックスだけでどれだけの世界が作れるものか、ここらで直に俺が見せてやるぜ」という気概が伝わります。(個人の感想です)

最近のアルバム「ウェイ・アウト・ウエスト」もベースにレイ・ブラウン、ドラムにシェリー・マンを従えた同じ編成でした。
ただし、それはスタジオレコーディングです。ある程度は時間の制限がない状態のため、間合いも強弱も自分で組み立てて納得できるまでやり直しもできます。
しかしライブではそうはいきません。一歩間違えばお笑い芸人の最悪な状況と同じくダダスベリとなってしまいます。
そして気がめげてしまい、アドリブアイデアは出なくなり負のスパイラルに陥ることは目に見えています。(これも個人の感想です)

それで今回ロリンズはウエスト・コーストで演ったような洒落て軽妙なスタイルは封印しました。
ここではボクシングや格闘技ライジンのような真剣勝負の「ガチンコ・ストロングスタイル」に徹します。
そこは流石のソニー・ロリンズ、体力も運動神経も人並み以上に持っていました。

しかもそこまで自分を追い込んで苦労しないと気が済まないとは真正Mなのかと心配になってしまうほどです。

ライブ・レコーディングに合わせてメンバーが変わった方が新鮮な気持ちになり、アドリブにおける想像力などが高まると思ったのでしょう。自分を軸にした二つのバンドを作りました。

一つはレコーディング当日の午後用のセットでベースにドナルド・ベイリー、ドラムにピート・ラロッカというバンド、もう一つは夜用にベースにウィルバー・ウェア、ドラムにエルヴィン・ジョーンズというメンツです。

もちろんみんな長期戦に備えて打たれ強いメンバーです。
例えれば無人島に置き去りにされても難なく生きていけるようなタフさを持つサバイバルのエリートみたいな軍団なのです。(個人の感想です)

たとえばアルバムの1曲目には「オールド・デヴィル・ムーン」です。
開始20秒で観客は気付きました「ヤベェ、こいつら本気だ。悪魔になりきってる」「こっちもマジにならないと五体満足で家に帰れなくなるぞ」ということでロリンズ軍対観客のデスマッチが繰り広げられることになります。

2曲目は「朝日のようにさわやかに」を持ってきました。
観客の中にはまだ「ウェイ・アウト・ウエスト」に慣らされていて、もしかしたらロリンズが奏でるのは軽妙で思わずニヤニヤ、クスクスとなるような楽しく明るい爽やかな朝日を演ってくれると想像したかも知れません。
しかし出てきたのはニューヨークの下町ブロンクスの路地裏でやばい集団に絡まれ、死ぬほど殴られた上に身ぐるみ剥がされ、命からがらやっと救急車に助けだされたような朝でした。(妄想です)

というアルバムです。なので「ちょっとジャズでも聞いてブルーでアンニュイな気分に」とか「ファンキーに思わず腰で踊ってしまうような気分になりたい」なんて思っている人向けのアルバムではありません。
・ブルーズはありますが怒りと情念が渦巻いています。
・ファンキーですが汗と体臭が染み付いているヤツです。

なので今更こういってなんですが、これからジャズを、ソニー・ロリンズを聞いてみようという人がいきなり手に取るアルバムではありません。
無骨な音の塊の中に図太いブルーズとファンクネスを感じなければこのアルバムはもったいありません。

できたらハードバップのエネルギー、熱気、グルーヴを感じる脳が出来上がってから聞くことをお勧めします。

と言いながらも、もしかしたらいきなり聞いて「おおっ、なんだこれは、なんちゅうことをやってんだ、これってありなのか、」と思って一気に好きになる変な人もいるかも知れません。
考えてみれば私はそうでした。

この後、ロリンズは究極を求めるべく1985年にテナーサックスのみでのソロ・パフォーマンス・アルバム「ザ・ソロ・アルバム」を制作します。
ロリンズにとっては一度はトライしておかなければならないことでした。
賛否が分かれる作品ですが、56分10秒、1曲を一人で演奏した画期的なアルバムです。
それはソニー・ロリンズ55歳の夏でした。

アルバム「ア・ナイト・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」のご紹介です。

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演奏
1957年11月3日 アフタヌーンセット
ソニー・ロリンズ  テナーサックス
ドナルド・ベイリー  ベース
ピート・ラロッカ  ドラムス

1957年11月3日 イヴニングセット
ソニー・ロリンズ  テナーサックス
ウィルバー・ウェア  ベース
エルヴィン・ジョーンズ  ドラムス

オリジナル
アルフレッド・ライオン  プロデューサー
ルディ・ヴァン・ゲルダー  レコーディング・エンジニア
リード・マイルス  デザイン
フランシス・ウルフ  フォトグラフ
レーナード・フェザー  ライナーノーツ

リイシュー
マイケル・カスクーナ  プロデューサー
ロン・マクファスター  デジタル・トランスファー
マイケル・カスクーナ、レーナード・フェザー  ライナーノーツ

(なぜかドナルド・ベイリーのフォトがありません)

曲目(オリジナルアルバムの内容です)
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

1,   Old Devil Moon オールド・デヴィル・ムーン
(作 EYハールブルク、バートン・レーン)

1947年初演のミュージカル、「フィニアンの虹」の1曲です。
本来はロリンズお得意の軽く笑っていなすような曲ですが、ここではいつもと違って硬派なストロングスタイルで通します。

2,   Softly as a Morning Sunrise 朝日のようにさわやかに
(作 オスカー・ハマースタインⅡ、シグムント・ロンベルグ)

1928年のオペラ、「ニュー・ムーン」からの曲です。
低く静かにロリンズが脅しをかけてきます。ウィルバー・ウエアはベースソロで律儀に答えます。エルヴィン・ジョーンズは目を合わせないようにして避けてダンマリを決め込んでいますが、最後に挑発に乗ってしまいます。

3,   Striver’s Row ストライバーズ・ロウ
(作 ソニー・ロリンズ)

タイトルのストライバーズ・ロウとはニューヨークのハーレムにある黒人知識層や芸術家が集まっている地区のことです。
最初のイントロのドラムはどこからこんなリズムを持ってきたんだろうと思うくらい曲に合っていません。
でもサックスが入ってくると強引に合わせます。
曲の中間部あたりの短いドラムソロから、ギアを一段落としながらアクセルを一気に踏み込んだ高速フレーズのサックスが入ってくるところがジャズです。
そして最後の終わり方も面白い曲なんです。

4,   Sonnymoon for Two サニームーン・フォー・トゥー
(作 ソニー・ロリンズ)

ソニー・ロリンズ作曲です。いきなり張り倒されたような感じで始まります。
聴いているとソニー・ロリンズの何気ないファンキーさを感じます。

5,   A Night in Tunijia チュニジアの夜
(作 ディジー・ガレスピー、フランク・パパレリ)

モダンジャズ、ハードバップの大定番曲です。
コンプリート版では同じこの曲でピート・ラロッカとエルヴィン・ジョーンズが比べられます。
個性の違いがわかって面白いのです。
なんというかピートは優秀なジャズマンで、エルヴィンは化け物です。(褒めてます)

6,   I Can’t Get Started アイ・キャント・ゲット・スターテッド
(作 アイラ・ガーシュイン、バーノン・デューク)

サックスソロで始まります。珍しく最後までベースとドラムは寄り添うだけです。
1936年の曲ですがジャズ・スタンダードとなっており、デューク・エリントン、オスカー・ピーターソン、チャールズ・ミンガス、ビリー・ホリディ、フランク・シナトラなどいろんなミュージシャンが取り上げています。

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