まずアルバムの時代背景からです。
このシャーでーのデビューアルバムがリリースされたのは1984年6月でした。
1970年代後半から1980年代というと、テクノ、ニューウェイヴなどいろんなジャンルの音楽が登場してきた時期です。
テクノロジーの発達によってプロモーション映像も一般化しました。
ミュージシャンはシングル、アルバムリリース時にプロモーション・ビデオを制作するのが当たり前になった時代です。
日本でもMTVを軸とした音楽プローモーションビデオで構成する番組があり、「ベストヒットUSA」や「ポッパーズMTV」などで盛り上がっていました。
そんな時に現れたのがSade(シャーデー)です。
ヴォーカルのシャーデー・アデューを中心としたイギリス発のジャズっぽいソウルを演奏するバンドでした。
シャーデー・アデューはイギリス国籍ですが、見るからにエキゾチックな雰囲気です。1959年にナイジェリアで生まれ、イギリスへ移住したそうです。
アルバムのほとんどの曲に作詞、作曲でかかわっています。
それでこういう多国籍な感じのサウンドになっているのですね。
イギリスのソウルといえばちょっと前の1960年代から70年代にかけて、アメリカのサザン・ソウルにあやかってノーザン・ソウルというのが流行りましたが、1980年代のシャーデーはそれとはちょっと趣(おもむき)が違っています。
ゆっくりしたテンポのジャジーなソウル・ミュージックでした。
またシャーデーと同時期、1980年代にもイギリスのミュージシャンがアメリカに攻勢をかける現象が発生し、第2次ブリテッシュ・インヴェイションと呼ばれるようになりました。
テクノ、ニューウェイヴ等の新しいジャンルに加えてイギリス発の豪華なミュージシャンによるチャリティー・イベント「ドウ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」などを思い出します。
(アメリカは「USA・フォー・アフリカ」や「サン・シティ」で対抗することになります)
この流れは英米で同時に開催された「ライブ・エイド」で大団円を迎えるのでした。
第二次ブリティッシュ・インヴェイションの有名なところではデュラン・デュラン、ヒューマン・リーグ、カルチャー・クラブ、バナナラマなどがいました。
今思えば第2次ブリティッシュ・インヴェイションというのは第一次のビートルズに始まり、ローリング・ストーンズ、キンクス、ザ・フーみたいな強烈に後世に名を残すミュージシャンはあまりいません。
時代が変わって音楽の質も変わりました。大量消費に加え、今までになかった全く新しいものを創造する音楽から、より細かに分岐した個性の音楽へと変わってきたためと思われます。
またそれと反対に最大公約数の大量消費を狙ったデュラン・デュラン、ジャーニー、スティクス、REOスピードワゴンなどの産業ロックと呼ばれたバンドもありました。
こちらはアルバムセールスはすごかったものの、他の音楽ジャンルや後続への影響という点ではポップス的な尺度でしか歴史に名をのこすことになりませんでした。
とはいえ第2次ブリティッシュ・インヴェンションにもエルヴィス・コステロやポリス、ダイアー・ストレイツなど、その後の音楽の流れを変えていくような影響力を持つミュージシャンも現れています。
さてさて、その頃1980年代の日本はまさにバブル景気の真っ盛りという時でした。
ある仕事で社用車に乗って六本木に行った時、街にある車がほとんどBMW、ベンツ、ポルシェなどで、国産ファミリーカーに乗っている私なんぞは逆に目立っていた状況だったのを思い出します。
職場には若手男子社員みんなが憧れていた、ちょっと年上の素敵なお姉様がいました。
休憩室で立ち話をしていた時、珍しく「最近ソウル・ミュージックも好きなのよ、シャーディーとか」なんて言いながら会話に加わってきました。
もちろん私は「そんなチャラいもん聞いとらんとホンマモンの(コテコテで暑苦しい)ジェームス・ブラウンやウィルソン・ピケットを聴かんかい」と・・・なんて言うはずがありません。
「そうですか、シャーディー、いいですよね」
と思い切り相槌を打って大人の対応というものを教えていただきました(?)
(この頃ジェームス・ブラウンはガチやばいヤツで、拳銃持って警察相手にカーチェイスやって逮捕されるような時期だったしなあ)
当時はシャーデーにはほとんど興味がなかったのですが、だいぶ経ってから居酒屋で音楽談義に盛り上がっていた時に、ある知り合いが
「シャーディーってルックスだけじゃないんだよ。サウンドが結構凝ってんだよ。特にベースなんかドンピシャのタイム感で、展開も普通じゃなかったりですごいもんだよ」
と熱く語っていました。
それを聞いてようやくシャーデーの聴き方がわかった次第であります。
そう言う視点がで聞くとなるほどよくできたサウンドです。
もっといい音で聴いたらもっともっといい感じかもな、と思った20代でありました。
シャーデーはシンプルなバックの演奏でヴォーカルを活かすスタイルですが、よく聴くとアレンジの多彩さとか、シンプルがゆえの音選びのセンスの良さなどが感じられます。
スローなリズムがほとんどにもかかわらず、ダルダルにもユルユルにもならずにシャキッと構えてヴォーカルを支えています。
今聞いてもアコースティックなバンド演奏ということもあり、そんなに古臭いサウンドには聞こえません。
(でもなんか低音域などには80年代っぽいところを感じますけどね)
デビューアルバムは1983年にロンドンのパワー・プラント・スタジオから始まって、6週間かけて制作されました。
「スムース・オペレーター」など4曲がシングルカットされMTVを中心にヒットし、アルバムは全英アルバムチャートで2位、全米ビルボード200で5位となりました。
上々の滑り出しです。
1985年のブリット・アワードで「最優秀ブリティッシュ・アルバム」を受賞しました。
またイギリス人女性ボーカリストによるデビュー・アルバムとしては史上最高の売上を記録したそうです。
その後も評価は落ちることなくローリング・ストーン誌が選んだ「歴代最高のアルバム500選」(2020年度版)で200位に選ばれています。
ある意味、シンプルゆえに時代に関係なく、いつまでも残るサウンドです。
アルバム「ダイヤモンド・ライフ」のご紹介です。
曲目
*参考までにyouytube音源をリンクさせていただきます。
1, Smooth Operator スムース・オペレーター
(シャーデー・アデュー、レイ・セント・ジョン)
3枚目のシングルカットで、全英シングルチャートで19位、アメリカでは初のトップ10入りして5位まで上がり、この曲が世界でブレイクスルー・シングルとなりました。
今ではレコーディング後に制作サイドで編集してリズムや音程をまとめるのが普通ですが、この時代ですのでこのタイム感はなかなかのものがあります。
2, Your Love is King ユア・ラヴ・イズ・キング
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
ステュアート・マシューマンのイナたいサックスで始まります。
シングルカットされて、イギリスでは一番売れたシングルとなりました。
3, Hang on to Your Love ハング・オン・トゥ・ユア・ラヴ
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
アメリカではファースト・シングルとしてリリースされました。
スキャットが印象的で曲全体はファンキーなベースが引っ張っていきます。
ギターのカッティングやパーカッションのアクセントもセンスがいいと思います。
4, Frankie’s First Affair フランキーズ・ファースト・アフェアー
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
ちょっと今までの違った感じのポップな曲です。
音数は少ないもののキーボードが曲の印象を決めています。
珍しくシャーデーのヴォーカルも歌い上げている感じです。
5, When Am I Going to Make a Living メイク・ア・リヴィング
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
直訳すると「いつになったら生活費を稼げるようになる?」という生活感のある詩なのです。
この曲もベースが印象的です。
シャーデーはこの曲を、クリーニング店から服を受け取った後、クリーニングの伝票の裏に書きました。
彼女はお金がなく、「いつになったら生活していけるんだろう」と書き留めたのです
—スチュアート・マシューマン
プライドパレードの頃、ターンパイク・レーン駅から歩いていた時のことを覚えています。
土砂降りで、びしょ濡れになり、腹が立って、惨めな気分でした。
ペンを取り出して、びしょ濡れの封筒に「いつになったら生活できるんだろう」と書き始めました。
半分くらい書いたところで、ペンが動かなくなったのです。
今では、あの歌は私たちのアンセムだ。
— シャーデー・アデュー、『ザ・フェイス』誌にて、1984年4月号
節約生活なんてしたくない。「いつになったら生活できるんだろう」っていう曲のテーマはまさにそれなんです。
毎日必死に生活費をやりくりするのは嫌なんです。
億万長者になりたいわけじゃない。ただ、普通に暮らしたいだけなんです。
— シャーデー・アデュー、『レコード・ミラー』誌にて、1984年5月号
シャーデーもお金がなくて困窮した時代があったのですね。
6, Cherry Pie チェリー・パイ
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン、アンドリュー・ヘイル、ポール・S・デンマン)
破局の歌です。
ダンサブルなアレンジの曲です。
ライブでは「Cherry Pie」を演奏していました。
スタジオでレコーディングした時は、アレンジとベースラインが少し違っていました。
ロビンと一緒にスタジオに入った時、その場で新しいアレンジを考え出しました。
この曲はミキシングが全てでした。
ディレイがたくさんかかっていました。
ワウペダルを使うのが楽しみでした。
マーヴィン・ゲイが大好きだったので、ワウペダルを手に入れなければなりませんでした。
マーヴィン・ゲイと共演したワウ・ワウ・ワトソンのような音を出したかったんです。
— スチュアート・マシューマン、レッドブル・ミュージック・アカデミーにて、2014年
7, Sally サリー
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
退廃的なサウンドにも感じます。
ニューヨークのアンダーグラウンドで過酷な生活をしている男たちを救おうとする女性の歌です。
8, I Will Be Your Friend アイ・ウィル・ビー・ユア・フレンド
(シャーデー・アデュー、スチュアート・マシューマン)
タイトル通り、うまくいってない人を助けようとする内容です。
リズムも明るめのサウンドです。
9, Why Can’t We Live Together ホワイ・キャント・ウイ・リヴ・トゥゲザー
(ティミー・トーマス)
最後の曲はアメリカの音楽家ティミー・トーマスが1972年に書いてヒットしたナンバーです。
記録によるとリズムマシンを使用した最初のヒット曲だったそうです。
1971にJ.J.ケイルがリズムボックスを使用した「ナチュラリー」をリリースしていますが、あれはヒットしたことにはなっていないのですね。(泣)
戦争とか移民問題を彷彿させる詩は40年以上経った今でも何も変わっていないような気がします。
シャーデーもここではより、というかもうありえないようなシンプルなアレンジでカバーしています。原曲のティミー・トーマスもそうですが、このバック演奏で歌い切るシャーデーもまた最高です。
オリジナルです。
演奏
Sade
・シャーデー・アデュ
ヴォーカル
・ステュアート・マシューマン
サックス、ギター
・アンドリュー・ヘイル
キーボード
・ポール・S・デンマン
ベース
ゲスト・ミュージシャン
・デイヴ・アーリー
ドラム、パーカッション
・マーティン・ディッチャム
パーカッション
・ポール・クック
ドラム
・ゴードン・マシューマン
トランペット
テクニカル
・ロビン・ミラー
プロデューサー
・マイク・ベラー
プロダクション・エンジニアリング
・ベン・ローガン
エンジニアリング
アートワーク
・クリス・ロバーツ
フォト
・グラハム・スミス
スリーブデザイン
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