「豊穣なアメリカ南部トラディショナル・ミュージックをアップデートし、再構築して紹介する音楽の伝道者」Into The Purple Valley : Ry Cooder / 紫の峡谷 : ライ・クーダー

 ライ・クーダーは特にこれといった必殺のロックスタンダードを残しているわけでもなく、ていうかそれほどヒットチャートの上位に食い込むようなアーティストではありません。
一般的には渋く、通好みの音楽を演る人と認識されています。

そういう我が道をいくミュージシャンですが、ブルーズ、フォーク、ロックにハマればハマるほど無視できない存在になってくる人です。
利益追求だけではない、音楽に対する愛情とか探究など別の視点を持った音楽家というのはある意味貴重で強い存在です。

そういう彼の豊穣な音楽を聴いているとただ心地よいだけではなく、本を読んだりした時や、博物館や美術館に行って自分なりの新しい知識などを発見した時のような感覚を覚えます。

ライ・クーダーのクリエイトする音楽はバンドの編成とか使用楽器で一応はロック・ミュージックとされています。

ただし普通のロックミュージシャンとは違って最初からブルーズだけではないアメリカの伝統音音楽のアップデート、再構築を考えていました。

それまでのロックミュージシャンが考えてもみなかっただろうと思われるジャンル、アメリカ南部のケイジャン、ザディコ、テックスメックスなどの音楽に焦点を当てていきます。

デビュー当時からすでにそうでしたがそのうちに南米音楽、琉球音楽、アフリカ音楽とワールドワイドに広がっていきます。

しかもライ・クーダーの音楽はなんというか土着型なのです。
スタインベックの著書「怒りの葡萄」にあるような大恐慌時代のプア・ホワイトと呼ばれた人たちの日常とか、ホーボーと呼ばれた列車の無賃乗車を繰り返しながら放浪する人たちとか古くから伝わる開拓時代の無法者の歌とかを紹介してくれます。
それもなんだか形式だけを真似るような薄っぺらいものではなく、いろんな面で研究の深さが感じられるのです。

例を取るとギターのチューニングひとつにしてもカントリー、ブルーズからハワイアン、メキシカン、琉球音階にいたるまで造詣が深いことが伺われます。

彼の活動を見ているとメインストリームの音楽とは別にこういう人も絶対必要だなと思わせてくれます。

本名はライランド・ピーター・クーダーといい、1947年3月15日にロサンゼルスで生まれました。
3歳の時からすでにギターに親しんでいたそうです。
4歳の時に誤って左目にナイフを突き刺してしまい、義眼となってしまいます。
サンタモニカの高校を卒業後、オレゴン州ポートランドのリード大学に短期間通って音楽活動を始めます。

ピックアップ・トリオと言われるスタジオミュージシャンのグループに入り、ビル・モンローやドク・ワトソンと演奏活動をしていたということなのですので、すでに相当な演奏テクニックを持っていたと思われます。

1960年代後半になるとタジ・マハールやエド・キャシディらと共にライジング・サンズで活動したりとかローリング・ストーンズの「レット・イット・ブリード」のセッションに参加したり、リトル・フィートの1stアルバムに参加したりして経験を積んでいきました。

1970年代に入るとソロ・アーティストとしてデビューします。1stアルバム「ライ・クーダー」が1970年12月、そして1972年2月にこの「イントゥ・ザ・パープル・ヴァレー : 紫の峡谷」がリリースされます。

1stアルバムももちろん素晴らしいのですが、この2ndアルバムはよりシンプル、かつ本当にやりたかったことが実現できたように感じられて最高なのです。

収録曲を見てもほとんどが古い曲のカバーですが、ただそれだけにとどまらずライ・クーダーの個性とかどうやったら時代にあったアレンジができるかなど、探究心の深さが垣間見れて本当に最敬礼したくなるようなつくりとなっています。

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演奏

ライ・クーダー  ギター、マンドリン、ボーカル

ヴァン・ダイク・パークス キーボード
グロリア・ジョーンズ ボーカル

クラウディア・レニアー ボーカル

ジョージ・ボハノン ホルン

ジョン・クラヴィオット – ドラムス

ジョー・レーン・デイヴィス – ホーン

ジム・ディッキンソン ピアノ

クリス・エスリッジ ベース

ミルト・ホランド パーカッション

ジェリー・ジュモンビール サックス

フリッツ・リッチモンド ウォッシュタブ・ベース

ドナ・ウォッシュバーン – ボーカル

ドナ・ワイズ ボーカル

アイク・ウィリアムズ   ホーン

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

1,  HOW CAN YOU KEEP ON MOVING / キャン・ユー・キープ・オン・ムーヴィング
(作 アグネス・シス・カニンガム)

明るい曲調で始まります。
アコースティックギターによるスライドのソロがなんとも味わいがあります。
作者のアグネス・シス・カニンガムは女性でウディ・ガスリーやピート・シーガーと同じく時事系フォークを歌う人でタイトル曲は1959年にニュー・ロスト・シティ・ランブラーズでヒットしました。

2,  BILLY THE KID / ビリー・ザ・キッド
(トラディショナル)

ビリー・ザ・キッドは有名な西部開拓時代の実在した無法者です。お尋ね者のガンマンだった彼は生涯で21人殺害し、21歳で射殺されました。ビリー・ザ・キッドのことはいろんな内容で昔から歌い継がれてきました。
ここではライ・クーダーの乾いたエレキギターのソロがまたいい感じです。

3,  MONEY HONEY / マニー・ハニー
(作 ジェシー・ストーン)

1953年にクラウド・マクファッターでヒットした曲です。ジェシー・ストーンは「シェイク・ラトル・アンド・ロール」のヒットで有名なR&Bシンガー、ソングライターです。
掛け合いもあり、マンドリンも大活躍のご機嫌な曲です。ここでもスライドギターのソロが登場です。

4,  F.D.R. IN TRINIDAD / トリニダードのF.D.R.
(作 フィッツ・マクリーン)

アコースティックギター主体のシンプルなアレンジです。
1936年にルーズベルト大統領がトリニダードを訪問したのを記念してフン族のアティラ(レイモンド・ケベド)によって広められたカリプソの歌だそうです。

5,  TEARDROPS WILL FALL / ティアドロップス・ウィル・フォール
(作 ジェリー・ディッキー・ドゥー・グラナハン、マリオン・スミス)

じっくりと聞かせます。個人的にイチオシの名曲です。オリジナルは1958年にディッキー・ドゥー・アンド・ザ・ドンツによってヒットしました。

6,  DENOMINATION BLUES / デノミ・ブルース
(作 ジョージ・ワシントン・フィリップス)

ワシントン・フィリップスが1927年にレコーディングした曲で、ゴスペル・ブルーズです。
シロフォンの音とユニークな歌い出しとブンチャカなホーンで和やかながら面白いアレンジです。

7,  ON A MONDAY / オン・ア・マンデー
(作 レッドベリー)

先週の月曜日、私は逮捕されました
火曜日、私は刑務所に閉じ込められました
水曜日、私の裁判が証明されました
木曜日、誰も私の保釈金に応じませんでした
ほぼ完了
はい、もうすべてです、ほぼ完了です。という歌詞です。

いかにもアメリカン・クラシックな感じで不幸なことも笑い飛ばすようなアレンジです。

8,  HEY PORTER / ヘイ・ポーター
(作 ジョニー・キャッシュ)

1954年にリリースされたジョニー・キャッシュの曲です。やりきれない感じのブルーズを感じる曲です。

9,  GREAT DREAM FROM HEAVEN / 天国からの夢
(作 ジョゼフ・スペンス)

作者のジョセフ・スペンスはバハマ出身の歌手、ギタリストです。シンプルながらじっくり弾きこむ感じの曲です。

10, TAXES ON THE FARMER FEEDS US ALL / タックス・オン・ザ・ファーマー
(トラディショナル)

農家の苦労を歌った生活感のある歌詞で「農民に課せられた税金で私たちみんなは養われている、農夫は男だ」という自虐的な歌詞です。
ここでもスライドギターのソロが映えます。

11, VIGILANTE MAN / 自警団員
(作 ウディ・ガスリー)

この渋い感じがなんとも言えません。この曲を聴いて、スライドギターを目指したものでした。
オリジナルのウディ・ガスリーのバージョンはギター弾き語り+ハーモニカで演奏しています。

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