これはビーチボーイズのみならず、アメリカンロックのみならず、軽音楽のすべての歴史において最重要、最高傑作の一つとされる「ペット・サウンズ」という1966年5月にリリースされたアルバムについてのご紹介です。
ビーチボーイズとしては11枚目のオリジナルアルバムとなります。
タイトルに合わせて自虐的に動物と戯れているジャケットも有名です。
デビューアルバムの「サーフィン・サファリ」が1962年10月ですので、4年弱で11枚のアルバムとはすごいペースです。
しかも普通のポップス歌手と同じように曲の作り手が他にいるとか、スタンダードやカバーを主体にしていたわけではありません。
当時のアメリカの音楽界はオリジナルの曲を作って歌う人やバンドもただのミュージシャンで、アーティストとまで言われる立場ではありません。
ヒット曲を量産して稼げるうちにできるだけ稼いで、数年で飽きられたら捨てる、という消耗品的な扱いでした。
ビーチボーイズはとりあえずその路線でデビューします。
カリフォルニアのビーチとサーフィン、ホットロッドにハイスクール・ライフを謳って一躍有名になりました。
(ここから妄想です)
そこへおりからのイギリス大旋風、ブリティッシュ・インベンションがやってきました。
最初はまずアメリカ側はビーチボーイズとモータウンで対抗していました。
しかし相手もなかなかの勢いです。その中でももっとも厄介なのがビートルズでした。
こともあろうにあいつらは1965年に「ラバー・ソウル」という「偽物のソウルで悪いか」とばかりのとんでもないものをつくりやがったのです。
「へへっ、俺たちはもう子供騙しのラブソングなんか演んないもんね」とわざわざ言ってきました。
そこで、「ちっきしょう、ふざけやがって。アメリカの音楽を盗んでしゃぶり尽くした上に感謝の挨拶も無しかい。わかったぜ、受けてやろうじゃねえか」と言って立ち上がったのがビーチボーイズの長男、ブライアン・ウィルソンです。
実は彼自身も本来の自分ではない陽気なアメリカンを演じるのに限界を感じていました。
本来はロンドンの曇り空が好きなようなイギリス体質なんです。
他の兄弟は適当にカリフォルニア・ライフ楽しんでいますが、生来オタク気質のブライアンは最近ではほぼ引きこもり状態です。
しかしアメリカでビートルズとガチンコ勝負できるのは実は自分だけだということが本能的にわかっていました。
アメリカではつい最近、1965年に「ザ・バーズ」がデビューして活躍していました。
業界ではビートルズにぶつけるのはバーズが最適と思われていました。
バーズはマッシュルームカットでルックス的にもビートルズやストーンズに対抗できます。リードヴォーカルのロジャー・マッギンとジョン・レノンはなんとなく見てくれが似ていますし、うまくいけばマッシュルームカットはバーズのオリジナルとまで歴史を塗り替えようと目論んでいました。
モータウンの一団はというと「ま、でも、うちら客層が違うから。うまく棲み分けできそうだし」と対イギリス抗争に乗り気ではありません。
真面目に考え始めるのは少し後のマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーが出てきてからです。
しかしブライアン・ウィルソンはわかっていました。
「ビートルズに対抗するにはボブ・ディランもザ・バーズも今ひとつ足りないものがある。それを持っているのは実はアメリカには俺しかいない」と妙な自信を持っていました。
そして「ペット・サウンズ」に取り組みます。
この時代、ビートルズはイギリス用とアメリカ用にアルバムの曲を入れ替えていました。
アメリカ人はアメリカ盤の「ラバー・ソウル」を聞いて、「なんだ、これだったらこちらにはバーズがいるぜ」、と安心していました。
アメリカ盤は「夢の人」「ノルウェーの森」と始まる穏やかなアルバムです。しかもビートルズはバーズの真似をしているのをさとられないように、アメリカ盤からはそっと「イフ・アイ・ニード・サムワン」を外してました。
でもブライアンは本当のイギリス盤ラバー・ソウルの、「ドライブ・マイ・カー」「ノルウェーの森」「ユー・ウォント・シー・ミー」とくるとんでもない展開を知ってしまったのです。
ビートルズの本性は「夢の人」みたいなロマンチックものではなく“姉ちゃん、俺とドライブしようぜ”とリッケンバッカーのベースに換えてゴリゴリ迫ってくるしたたかな奴らなんです。
これを知ったブライアン・ジョンソンだけが「ジョンとポールの野郎、姑息なやり方でアメリカをコケにしやがって」とイキリたち、「引きこもっている場合じゃねえ。サーフィンやホットロッドにかまけている軽薄な兄弟は置いといて、俺は気合を入れて『ペットサウンズ』を仕上げるぜ」と本腰入れてリリースしました。
舐めてかかっていたバーズもこのガチンコ対決を見て目が覚めます。
この後はディランの威を借りたり、モッズの格好をパクったりするのをやめました。山にこもり技を磨き、ラーガロックやカントリーロックというオリジナルの必殺技を習得していきます。
というのが「ペット・サウンズ」の作られた背景です。
(妄想終わります)
「ペット・サウンズ」はリリース当時、アメリカではそれほど評価されず、売り上げは伸びませんでした。ビルボードで10位止まりの状態です。といえば結構なヒットと思えますが、ビーチボーイズの1960年代初期のことを考えるとレコード会社的には物足りなかったようです。
でも逆にイギリスでは2位まで上昇しました。イギリスの方が受けたことについてはなんとなくわかる気がします。
これにまたビートルズは刺激を受け、「リヴォルヴァー(3ヶ月後)」経由の「サージャント・ペパーズ」へと発展していきます。ボブ・ディランも「ブロンド・オン・ブロンド(1ヶ月後)」をリリースしました。
そして時を経過するごとに「ペット・サウンズ」の評価は上がっていきます。
現在では、例えば2020年ローリングストーン誌の選ぶ最も偉大なアルバムにおいて堂々2位です。
ちなみに1位はマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」、3位はジョニ・ミッチェルの「ブルー」4位がスティーヴィー・ワンダーの「キーオブライフ」、5位がビートルズの「アビーロード」です。
そのほかロック、ポップスにおいて歴史的重要作とか歴史的名作など、いろんな切り口からの評価においても「ペット・サウンズ」は必ず上位に名を連ねています。
必ず一度は触れてみるべき素晴らしいアルバムです。
アルバム「ペット・サウンズ」のご紹介です。
演奏
ザ・ビーチボーイズ
・アル・ジャーディーン セカンドテナー/ヴァリトンハーモニー・ヴォーカル
・ブルース・ジョンストン 1st, 2ndテナーハーモニー・ヴォーカル
・マイク・ラブ ベースハーモニー・ヴォーカル
・ブライアン・ウィルソン ヴォーカル、ベース、オルガン、ピアノ
・カール・ウィルソン ギター、セカンドテナー/ヴォーカル
・デニス・ウィルソン ドラムス、ヴァリトンハーモニー・ヴォーカル
ゲスト
・トニー・アッシャー ピアノ Tr.2
・スティーヴ・コートホフ タンバリン Tr.3
・テリー・メルチャー タンバリン Tr.3,8
・マリリン・ウィルソン イントロ追加ヴォーカル Tr.2
・トニー タンバリン Tr.7
・シド・シャープ・ストリングス
ほか「レッキング・クルー」と呼ばれるセッションミュージシャン集団(40人を超えるため個別名は割愛させていただきます。ちなみにグレン・キャンベル、バーニー・ケッセル、デレク・アンド・ドミノスで有名なジム・ゴードンなどもいます。)
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
曲目
- Wouldn’t It Be Nice 素敵じゃないか
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー、マイク・ラブ
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン、マイク・ラブ
柔らかなサウンドに乗って、静かに始まりますが、妙に期待が高まってくる曲です。
終わりの部分のコーラスといい、全てが完璧な名曲です。 - You Still Believe In Me 僕を信じて
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン
情景が見えてくるような感傷的な雰囲気の曲です。展開が独特で残ります。
イントロはピアノの弦をヘアピンで弾いて演奏したそうです。 - That’s Not Me ザッツ・ノット・ミー
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン、マイク・ラブ
若干今までのバラードを感じる始まりですが前曲と同じく、たたみ掛けるような展開です。ここまで聞くとアルバム全体の雰囲気がわかります。
このトラックはアルバムで唯一バンドメンバーのみでレコーディングされました。 - Don’t Talk (Put Your Head On My Shoulder) ドント・トーク
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン
シンプルながら味わい深い曲です。ただ当時のリスナーはこういう曲はビーチボーイズらしいと思わなかったと感じます。理解されるのに時間がかかりました。
ブライアン・ウィルソンをして「今まで作った曲のうちで最も複雑なものの一つ」と言わしめています。 - I’m Waiting For The Day 待ったこの日
作 : ブライアン・ウィルソン、マイク・ラブ
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン
若干明るめ、リズミカルではあるものの次第にこの曲も湿気を感じます。終わり近くのサウンドがかっこいいと思います。
ジャズのコードでドゥーワップの進行、ティンパニ、イングリッシュホルン、フルート、ストリングスセクションの使用という曲です。 - Let’s Go Away For Awhile 少しの間
作 : ブライアン・ウィルソン
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン、マイク・ラブ
インストです。摩訶不思議な雰囲気を醸し出します。
作者のブライアンは「今まででこの曲が一番完璧で最高」という評価をしていました。 - Sloop John B スループ・ジョン・B
トラディショナル アレンジ ブライアン・ウィルソン
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン、マイク・ラブ
ここにきてやっと、ポップな曲が出てきました。元はカリブ海付近のトラディショナルだそうです。
普通にシングルカットすればヒットしそうなメロディです。 - God Only Knows 神のみぞ知る
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン、カール・ウィルソン、ブルース・ジョンストン
続いてまたイントロから名曲感満載のナンバーです。この曲についてはポール・マッカートニーも驚愕の賛辞を残しています。ビートルズの「サージャンと・ペパーズ」に繋がったと言われています。
業界関係者の評価も一番高い曲です。 - I Know There’s An Answer 救いの道
作 : ブライアン・ウィルソン、テリー・サッチェン、マイク・ラブ
リードヴォーカル マイク・ラブ、アル・ジャーディーン、ブライアン・ウィルソン
歌詞は深いものがありますが、これも名曲です。ここまでくるといやというほどアルバムの完成度がわかります。 - Here Today ヒア・トゥデイ
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル マイク・ラブ
これもアルバムに合ったメロディを持つ名曲です。終盤の凄さがたまりません。 - I Just Wasn’t Made For These Times 駄目な僕
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン
プログレ風味も感じます。70年台の先取りです。
タイトルを直訳すると「私はこの時代のために作られていないだけ」というとても深いものがあります。
いつの世代でもロックを聴いている人には刺さる言葉です。 - Pet Sounds ペット・サウンズ
作 : ブライアン・ウィルソン
はいこれはワールドミュージック、フュージョン、クロスオーバーを感じます。これも70年台先取りのインストです。
聞き込むほどによくできていると感心させられます。 - Caroline No キャロライン・ノー
作 : ブライアン・ウィルソン、トニー・アッシャー
リードヴォーカル ブライアン・ウィルソン
無実の喪失という内容です。最初は「Carol I Know」だったのですがトニー・アッシャーが「Caroline No」と聴き間違えて「すごい深い言葉だ」と言ったのでこうなったとか。
最後らしく、繊細で感傷的な曲で終わります。
最後の音響効果はとっても不気味です。
通して聴くと本当に美しいアルバムです。
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