「伝統音楽とオルタナティブの融合、Tボーン・バーネットを知っていますか。そして日本と海外の基本的な音の違いについて。」Proof Through the Night : T Bone Burnett / プルーフ・スルー・ザ・ナイト : Tボーン・バーネット

 えー、またまたダメモトでお伺いしますが、みなさん、Tボーン・バーネットをご存知でしょうか。
最近またエルヴィス・コステロと「コワード・ブラザーズ」名義でアルバムをリリースしましたので一部ロックファンは名前を聞いたことくらいはあるとと思います。

Tボーン・バーネットは1970年代から粛々と活動していますが特にヒットシングルもなく、名盤と言われるアルバムも残していません。
という知る人ぞ知る存在ではあるのですが、わたくしはこの人は現代の軽音楽界において超重要人物だと思っています。
もしかしたらだいぶ時間が経って評価される人かもしれません。

この人は音楽への造詣も深く、音作りとレコーディングにもすごいこだわりを持っています。
私はTボーン・バーネットを聴いていると日本と英語圏でのオーディオ音質の違いまで考えさせられます。(後で話します)
人に紹介するよりも心の奥に残しておきたいと思えるような存在なのですが、まとめる意味でもここでご紹介させていただきたく思います。

まず生い立ちから説明させてもらいますね。
Tボーン・バーネットは本名ジョセフ・ヘンリー・Tボーン・バーネット・3世といい1948年1月14日、ミズーリ州セントルイスに生まれ、テキサス州フォートワースで育ちました。
一人っ子でした。
幼い頃からゴルフを習っていて7歳の時にはテキサスクリスチャン大学のコースでプレーしていたそうです。
あっ、余計なことを言ってしまいました。そんなことを言うと変なマセガキのイメージになってしまいます。

両親がジャズを聴いていたせいで音楽に目覚めます。
ラジオでペギー・リー、ハンク・ウイリアムズ、ビートルズ、バディ・ホリーの影響を受け、ジョニー・キャッシュを崇拝しました。そしてハウリン・ウルフ、スキップ・ジェイムス、スタンレー・ブラザーズ、ジミー・リードの音楽に魅了されます。

エド・サリバン・ショーでビートルズを見て衝撃を受け、ギターを手にしてガレージバンドをつくります。
1965年に高校を卒業するとラジオ局の地下にあるレコーディングスタジオ、サウンド・シティに屯(たむろ)するようになり、そこでレコーディングというものに魅了されました。
1966年には曲を書いて提供したり、プロデュースをするようになります。

短期間テキサスクリスチャン大学に通いましたが、中退してA&Rエージェントとして活動します。
(A&Rエージェントとは簡単にいえばアーティストの発掘、契約、育成などをする仕事です)

両親は高校の時に離婚し、一緒に生活していた父親も1967年に亡くなっています。

そういうゴルフに興じるお坊ちゃんからいきなり天涯孤独の身という激動の十代を過ごしたのでした。


1972年にヘンリー・バーネット名義でロサンゼルスに移り「ザ・B-52・バンド・&・ファビュラス・スカイラークス」というアルバムをリリースしましたがさっぱりだったようです。
1975年、76年にはかの有名なボブ・ディランのローリング・サンダー・レビューのツアーに加わりました。
1980年代に入ると生来の才能を発揮していきます。
2000年代にかけてエルヴィス・コステロ、ロバート・プラントとアリソン・クラウス、エルトン・ジョン、ジョン・メレンキャンプ、カサンドラ・ウィルソン、グレッグ・オールマン、ロイ・オービソンなど、映画は「オー・ブラザー」や「ウォーク・ザ・ライン」などのサウンドトラックをプロデュースしていくことになります。


そういうプロデューサーとしてもいい仕事をする人な訳ですが、本人も曲を書き、歌を歌い、演奏もします。
割とマルチに楽器をこなす人のようですが一応ギターが中心です。

彼の音楽はフォーク、ブルーズ、カントリー、ブルーグラスなどのトラディショナルな音楽がベースにあることがわかります。
そしてそれらをなんと言いますか、よりオルタナティブな感覚でアレンジして表現しています。

ソロアルバムを数枚リリースしていますがもちろん(?)大ヒットしたものはありません。(いい曲あるんですけどねえ)

私がTボーン・バーネットを聞き始めたのは2006年のベストアルバム「Twenty Twenty – The Essential T Bone Burnett」からです。
なぜかアルバムジャケットに惹かれたからでした。
勲章をつけた軍服の男が手錠をかけられていますが、顔を写していないので表面的なことだけでは無いような、とかくいろんな意味にとれる絵です。(個人の感想です)
これは面白い音楽に違いないと確信しました。そして聴いて新しい世界を感じたものです。

バーネットは1992年の「The Criminal Under My Hat」あたりからジャケットデザインがとっても素敵になりました、というよりそれまでは残念なデザインが多すぎました。

ちなみにその前はというと(残念なアルバムジャケットシリーズです)

1986年「T Bone Burnett」

えー、襟が大きすぎませんか。髪型とサングラスと衣装とセピアなモノトーンが全体にミスマッチです。ちょっと勘違いしたモッズにしか見えません。もっと購買意欲が掻き立てられるようなデザインが欲しいです。

1984年「Behind the Trap Door」

目がイっちゃってます。怖すぎです。ホラー映画のポスターみたいです。これを普通の人がいきなり見たら購買意欲なんかなくなってしまいます。特に女性からはこういうの部屋にあるだけでイヤとまで言われそうです。

1983年「Proof Through the Night」 本作です。

もしかして3年前と同じ上着ですか。それとも襟が大きい服がお好きなんでしょうか。モノトーンでもいいんですけど被写体になっているご本人が普通すぎてアーティストのオーラが一切感じられません。他よりマシですが全体的にメリハリが欲しいところです。
(でも最近慣れてきて、これでギターでも抱えていれば・・・くらいになってきました)

1982年「Trap Door」

ご本人かも知れませんが、粗くしてあるのでわかりません。あまりにミュージシャンらしくない風体です。田舎のそばかすのある純朴な少年にしか見えません。一番罪深いことはジャケットを見てもどういう内容の音楽なのか全くわからないことです。

などと挙げていけばキリがありません。しかし内容は全て極上という、・・・ホント・・残念っす。

Tボーン・バーネットの音へのこだわりについて
実はバーネットのアルバムにはもう一つ驚くべきことがあります。

それは再生音質です。

基本的にサウンドはアコースティックな楽器やエレキギター、ベースなど、ロックやカントリーでよく使用される楽器で演奏されています。
打ち込みリズムや電子楽器はほとんど使用されていない世界です。
そこで再生される音はスッキリした音質ながらも低音は迫力があり、各楽器の定位感が素晴らしくダイナミックで各楽器の演奏者の距離までも感じられます。
ここは是非いいオーディオシステムで感じていただきたいところです。


バーネットの音へのこだわりはすごくて、2008年にCode(コード)という音の規格を提案しました。(ΧΟΔΕとも表現されます)
高忠実度オーディオDVDビデオディスクのことです。
平たく言えば音質向上のためにCDの企画(サンプリング44.1kHz,16ビット)を上回る96kHz,24ビットで提供しようというものです。
メディアがCDでは容量的に無理なのでDVDでやろうとしたようです。
ただ世の中はメディアを捨ててハイレゾデータ配信が一般的になってしまったので、Codeが広がることはありませんでした。
ただこれはあくまでスペックだけの話であって、中身の音響特性がどうゆう規格になっているのかまでは確認できません。

バーネットは1992年から映画音楽を担当するようになって、THXやDolbyという音まで関係する規格があることを意識したものと思われます。
映画の世界では特にサラウンドが一般的になって以降、シネマ・コンプレックスなどきちんと音響調整された映画館でないと映写できないようにまでなってきました。

思えば昭和の時代、日本の田舎の映画館などは細長いスピーカーが2つあるだけの酷いものが普通でしたけどね。映画の音が云々と言われ始めたのは1970年代に「大地震」という映画が登場して以降だと思います。
まだバーネットを意識していない頃のこと、2000年に公開の映画「オー・ブラザー」を見た時に感じたのは、音楽の素晴らしさと共に素晴らしい音質で録ってあるということでした。ハンマーの音とかめちゃリアルです。思わずサウンドトラックを買いました。

話を戻しまして、バーネットはオーディオにもアーティストが表現しようと思ったことを忠実に伝えるにはそれなりの規格が必要だと思ったようです。
その時期以降にリマスターされた音しか知らないのですが、バーネットのアルバムは全てが極上の音質です。

(突然ですが1992年のアルバム「ザ・クリミナル・アンダー・マイ・オウン・ハット」のジャケットです)


そういう音を聴いていると日本の音と海外、特にヨーロッパ、アメリカの音の違いを考えさせられます。

それはどういうことかと言いますと。
もともと、電気拡声する目的とは人の声の情報を拡声することが第一目的でした。
ということで、ここで日本語と英語やフランス語との違いをわかっていなくてはなりません。

英語やフランス語は言葉の中の「サシスセソ」に関する部分にいろんな情報が入っていると言われます。
ニュアンスとか感情ということです。

一方日本語は母音「アイウエオ」が言葉の中心となります。
はい、ここで日本語は中域をメインで、英語、フランス語などはそれより高い部分の情報も重要となります。

(突然ですが2006年のアルバム「ザ・トゥルー・ファルス・アイデンティティ」のジャケットです)


そしてもう一つ、低音の重要性です。
日本には古来より低音の文化がないと言われてきました。
確かに雅楽や民謡を考えると低音があまりありません。大太鼓は空気を揺らすような低音ですが、単音であり音程はありません。

それに比べてヨーロッパでは昔から低音の文化がありました。

それは現在も脈々と受け継がれ、例えば今でも最小単位で3人編成といえば中域の和音楽器、ギターやピアノにプラスしてリズムを取るドラムと低域を支えるベースというのが一般的です。
ロックバンドでもスリーピースバンドとなるとなぜかギター、ベース、ドラムであり、そんなにベースは重要なのかと子供の時には思ってました。(そういう私は日本人です)

日本で3人楽団となると弦楽器と笛などのお囃子と太鼓というイメージになります。
そういえばジャズ映画「ブルー・ジャイアント」を見た時、バンド編成がサックス、ピアノ、ドラムスだったのでハッとしました。
ある意味あれが日本的な感覚のバンドかも知れません。

ということで話をまとめると、オーディオの傾向として海外の音は低音と高音が好きなドンシャリな音であり、日本は中域をいかに綺麗に再生するかという音に感じます。
そういうことがオーディオ機器製造から音楽ソフトに至るまで浸透しているのです。
これはどちらが優れているとかダメとかいうことではなくてそういう文化の違いなんです。

そこらへんまで思いを馳せると、よりオーディオリスニング、日本語でいうと音楽鑑賞が深く楽しめるようになります。
(個人の感想です)

長くなってしまいましたが、そういうことまで考えさせてくれたTボーン・バーネットさんなのでした。

アルバム「プルーフ・スルー・ザ・ナイト」のご紹介です。
ピート・タウンゼントとライ・クーダーと尺八の吉澤正和さんが違和感なく収められているというなかなかの世界です。

演奏

Tボーン・バーネット  ヴォーカル、ギター
デヴィッド・マンスフィールド  ギター

デヴィッド・マイナー  ベース
ジェリー・マロッタ  ドラム
ライ・クーダー  ギター(Tr.9)
スタン・リンチ  ドラム、パーカッション、キーボード、ヴォーカル
ミック・ロンソン  ギター
リチャード・トンプソン  ギター、マンドリン
ピート・タウンゼント  ギター
吉澤正和  尺八
ウィリアムス・ブラザーズ  ヴォーカル

ジェフ・アイリック  プロデューサー

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

1,   The Murder Weapon  ザ・マーダー・ウェポン
 (featuring Masakazu Yoshizawa & Mick Ronson)

尺八の音で始まります。同じくライクーダーも映画「アラモ・ベイ」などで尺八を使用していました。時期的にはバーネットの方がちょっと先だと思います。
打楽器の低音が素晴らしい音をしています。低音は音像の中心に置くものですが、あえて左に寄せています。確かにこの跳ねる低音が真ん中にあったら聞きにくくなってしまいますね。

2,   Fatally Beautiful  ファッタリー・ビューティフル
 (featuring Pete Townshend)

ミディアムテンポの曲になります。サビの部分はパワーポップ風。全体的にリズムの立体感がすばらしいと思います。
歌詞は美しく生まれたために欲に晒(さら)され、結果的に不幸な人生を送らなければならなかった女性の話です。

3,   After All These Years アフター・オール・ジーズ・イヤーズ 

アコースティックギターがめちゃリアルにレコーディングされています。アメリカンポップの弾き語りという感じですがビリー・ジョエルの曲に似ています。何年経っても初恋の女性は忘れられくて後悔するというほとんどの男性に当てはまる歌です。

4,   Baby Fall Down  ベイビー・フォール・ダウン
 (featuring Steven Soles)

1980年代ポップを感じさせるナンバーです。ここでも細かな音のこだわりが見えます。

5,   The Sixties  ザ・シックスティーズ
 (featuring Mick Ronson & Pete Townshend)

アコースティックギターでボブ・ディラン風に始まります。歌詞のディラン風です。途中からリズムとユニゾンコーラスも入ってパンク、ニューウェイヴになってきます。

6,   Stunned  スタンド
 (featuring Andy Williams & Stan Lynch)

エネルギッシュに歌ういい曲ですがブルース・スプリングスティーンに近いスタイルです。安定のアメリカンロック。ドラムはトム・ペティ・アンド・ハートブレイカーズのスタン・リンチです。アレンジも素晴らしく痒いところに手が届いているのです。

7,   Pressure  プレッシャー
 (featuring Mick Ronson)

カントリーベースのロックンロールといった感じです。歌詞は重たい内容ですが、サウンドは重くなっていません。歌い方がクラッシュっぽい感じですけどあえてそれを狙ってそうです。

8,   Hula Hoop  フラ・フープ
 (Written by T-Bone Burnett/John Fleming/Roscoe West)

エスニックな感じを取り入れたノスタルジックな曲調という感じです。単調にならないように途中のブレイクで不安定さを遊んでいます。

9,   When the Night Falls  フェン・ザ・ナイト・フォールズ
 (featuring Ry Cooder)

スローな曲でこの時代のライ・クーダーの雰囲気が生きています。

10,  Hefner and Disney  ヘフナー・アンド・ディズニー
 (featuring Masakazu Yoshizawa & Pete Townshend)

語りの曲です。映像的でドラマチックです。ダイアー・ストレイツみたいな感じです。安直にディズニーの話かと思ったら違いました。亡命したロシア人の話なんですが歌詞内容は難解です。でも音楽に引き込まれます。

11,  Shut it Tight  シャット・イット・タイト
 (featuring Richard Thompson)

最後は伝統的なカントリースタイルで終わります。古い伝統を否定しない、その良さを現代に再構築してくれる人なんです。

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