

「スモーキン・アット・ザ・ハーフ・ノート」は1965年にリリースされたジャズ・ギターの巨匠ウエス・モンゴメリーとウイントン・ケリー・トリオによるアルバムです。
タイトルを見るとハーフ・ノートのライブということになるのですが、なぜか出てきたものはLPのA面2曲がハーフノートのライブ、B面3曲はイングルウッド・クリフスにあるルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオ・ライブという仕様でした。
当初は表題から見て「Wynton Kelly Trio + Wes Montgomery」という、「ウイントン・ケリーのピアノトリオにギターのウエス・モンゴメリーが客演」といった形だったかもしれませんが、今ではウエス・モンゴメリーのリーダーアルバムとして認知されています。
ウエス・モンゴメリーはオクターブ奏法を操って一躍ジャズ・ギターに革命を起こしました。
この頃になると、リバーサイド・レーベルで10枚のリーダーアルバムをリリースしてヴァーブに移籍し、ここでも既に4枚ほどリリースしており、すでにギタリストとしてはもちろんのこと、ジャズ・アーティストとしても評価は確立されていました。
ジャズ・ギターにおいては今でも1、2を争うほどの影響力を持っています。

この時はまだCTIの悪魔クリード・テイラーにだまくらかされる前です。
(CTIファンの皆様、誠にすみません、「インクレディブル・ジャズ・ギター」からの成り行き上こうなっております。白状するとCTIのジム・ホールの「アランフェス」とか割と好きです)
そして共演はピアノのウイントン・ケリー率いるトリオです。
ウイントン・ケリーもまた今までジャズ界を牽引してきたジャズ・ピアノの巨匠であり、1951年からすでにリーダーアルバムをリリースしている名プレイヤーです。
マイルス・ディヴィスやジョン・コルトレーン、ソニー・ロリンズなどこの時代のいろんな高名なジャズ・ミュージシャンに重宝されていました。
ウエスとも付き合いは古く、以前にもこれまた名盤「フルハウス」などで共演しています。
この人はいろんな意味で視野が広く器用です。
マイルスやコリトレーンがアルバム中に1曲だけケリーを参加させたりしているのを見ると、「ここは絶対ウイントン・ケリーのピアノ」と思わせる何かを持っていました。
マイルス・ディヴィスをしてウイントン・ケリーを「レッド・ガーランドとビル・エヴァンスのハイブリッド」と評しました。

そういうミュージシャンによる共演なので名盤にならないわけがありません。
このアルバムも、特にA面のオープニングを飾る「ノー・ブルース」は後々伝説となるほどの名演となっています。
誰もがこの調子なら全部ハーフノートのライブで固めてくれ、と思うところです。
しかしこの当時、ヴァーブのプロデューサーはかの、ウエスを地獄の契約をさせたクリード・テイラーです。
彼の意向によってこの仕様になってしまいました。
(ほら、悪魔の面目躍如です。)
と言いながらもわたしにもこの悪魔の所業もわからないでもない、と思わせることがありました。
このオリジナルアルバムのリリース後、23年経った1988年「Smokin’ at the Half Note Vol.2」が同じデザインの赤いジャケットでリリースされたのです。

「Vol.2」と言いながらもオリジナルのA面2曲「ノー・ブルース」と「イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ」から始まるダブリの状態です。
さらにケリーのソロが今まで通りカットされていたりするようです。
聴いていると演奏自体はいいのですがなんか違和感を覚えたのです。
あくまで私の持っているCDでの印象ですが、まずトラック1と2、「ノー・ブルース」と「イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ」はオリジナルと同じくウエスのギターは左チャンネルから聞こえるのですが、トラック3以降は右チャンネルから出てきます。
定位が違っていたりするのはこの時代は12、24、48などのマルチチャンネルは無理だとしてもステレオ再生が普及し始めている時代です。
レコーディングも4チャンネルくらいのマルチ録音は普通だったと思われます。
なので後でリミックス可能です。
せめてそれくらいは揃えてくれんもんかね・・・と思いながらも各曲を聴いていて後半に行くほど変に感じます。
・トラック5、「Portrait Of Jennie」
ギターの音量が何か不自然に小さい。
・トラック7、「Oh, You Crazy Moon」
トレモロが効果的、でも 後半にかけて音が歪み始める。
・トラック8、「Four On Six」
歪みが多い、特に和音で音が大きくなると顕著になる。 なぜかフェイドアウトして終わる。
・トラック9、「Misty」
音的には問題なし。これだけギターの定位がセンターになっている。ただしサウンドだけ見るとこの曲が一番綺麗。
ウエスの場合、エレキギターの指弾きです。(ピックを使用しません)
特にオクターブ奏法で複数弦を押弦したりミュートしたりしながらのプレイとなると擦音も大きくなり歪みも感じやすくなるといえばそうなのですが、そういう音とは違います。
音の歪みは波形のピークでクリップするような音のため、ギターアンプのオーバードライブではなくレコーディング回路の問題だと思えるものでした。
おそらく会場内はちゃんとした音で鳴っていて、レコーディングミキサーのギター用マイクの入力チャンネルの、例えば回路電圧低下とかヘッドアンプの動作不良などがあったのではないか、というところです。
そういう録音機材のトラブルで満足できる音源がなかったのかもしれません。
なので金の亡者クリード・テイラー(偏見です)も2曲を残してヴァン・ゲルダー・スタジオで録り直したのかも。
でもそうはいってもハーフノートのは数日間出演していたわけだし録り直しは効いたはずです。
「まあしかし、この時代のいい加減さで最低限の日数でしか機材とスタッフを用意していなかったのかもなあ。
でもハーフノートでのライブというアルバムをリリースする契約だったという大人の事情でタイトルは変更できなかった。
なのでこういう片面ライブ、しかも2曲だけ、片面は3曲のスタジオライブ録音という歪(いびつ)な形にせざるを得なかったのかもなあ」
などと勝手に邪推していたのです。
ある時、気になってググっていたら「ジャズ喫茶『松和』マスターのひとりごと」というブログがあり、詳細に語られていました。
それには「赤ジャケVol.2」は1965年の6月24日(2曲)、25日(3曲)、8月13日(3曲)、9月17日(2曲)という収録状態なのだということが書いてあります。

(ジャズ好きの方は一度ご覧になってください、マニアックな情報が満載です)
それによりますと「Oh, You Crazy Moon」と「Four On Six」は両方とも8月13日、同じ日にレコーディングされているようです。
きっとこの日は機材トラブルに見舞われたのです。(知らんけど)
そしてさらには2005年になって「Smokin’ at The Half Note (Expanded Edition)」なるものがリリースされることになります。
「エキスパンデッド・エディション」はオリジナルアルバムの6曲にハーフノートでのライブが6曲が追加されていて、しかもちゃんとリマスターされており、トーンが揃っていて統一感があります。
すでにCDで探すのは難しそうですがQobuzやOTOTOYでダウンロードやサブスクで聴けます。
大まかにウエスのギターは左、ウイントンのピアノは右といった定位です。
ちなみに「オリジナルの青ジャケ」はギター左、ピアノセンター、右はドラムといった感じです。
「赤ジャケVol.2」だけギターが右に定位しているんですねえ。
総合すると「赤ジャケVol.2」はなんともザツな寄せ集めに感じます。
ということで「オリジナル青ジャケ」か「エキスパンデッド・エディション」がおすすめです。
ウエス・モンゴメリー・プラス・ウイントン・ケリー・トリオの世界にに浸れます。
しかしまあ、なんと言いますか、こんなオタク話を聞きたい人が世の中にどれだけいるのでしょうか。
最後に
クロスロードでウエス・モンゴメリーに悪魔の契約をさせ、CTIに送り込んだと言われているその張本人(私が言ってるだけです)クリード・テイラー氏も2022年8月22日に93歳で亡くなりました。
なんと、クリード・テイラー氏は「ブルーノート」と並ぶジャズレーベル、「インパルス!」の創設者でもありました。
・・・インパルスの時はジキル博士だったようです。
(はい、認知のゆがみはもう治りません)

アルバム「スモーキン・アット・ザ・ハーフ・ノート」のご紹介です。

演奏
ウエス・モンゴメリー ギター
ウイントン・ケリー ピアノ
ポール・チェンバース コントラバス
ジミー・コブ ドラム
プロダクション
ルディ・ヴァン・ゲルダー エンジニア
ヴァル・ヴァレンティン エンジニアリング・ディレクター

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
(エキスパンデッド・エディションです。オリジナルはトラック5までとなります)
1, No Blues ノー・ブルース
(マイルス・ディヴィス)
マイルス・ディヴィス作のブルーズです。
1961年の「マイルス・ディヴィス・アット・カーネギー・ホール」で演奏していて、その時のバックが同じウイントン・ケリー・トリオです。
決まったテーマがあるブルーズではないので、エリック・クラプトンやB.B.キングのブルーズとはちょっとニュアンスが違います。
私にとってこの曲は何度聴いても飽きない、聴くたびに新しい発見があるという恐ろしい曲です。
2, If You Could See Me Now イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ
(タッド・ダメロン、カール・シグマン)
1946年にピアニスト、タッド・ダメロンがジャズ・ヴォーカルのサラ・ヴォーンのために書いたジャズ・スタンダードです。
ゆったりとウイントン・ケリーのカクテル・ピアノ風に始まり、後半ウエスがギターで静かに、情感豊かに歌い上げます。
そして締めはまたピアノに戻るのです。
3, Unit7 ユニット7
(サム・ジョーンズ)
ベーシストのサム・ジョーンズの書いた曲です。メロディがはっきりしている歌ものみたいなポップな曲です。
リバーサイド・レーベルのアルバム「ダウン・ホーム」のオープニング・ナンバーです。
ここからルディ・ヴァン・ゲルダー・スタジオでのスタジオ・ライブとなります。
4, Four On Six フォ=・オン・シックス
(ウエス・モンゴメリー)
リバーサイドでのデビュー・アルバム「インクレディブル・ジャズ・ギター」に収録されていたウエスの代表曲の一つです。
ピアノソロ、ベースのアルコ奏法ソロ、ドラムソロも聴けます。
ピアノのバックに回った時のウエスもいいです。
いつ聴いてもウエスのリズム感はすごいと思います。
5, What’s New ? ホワッツ・ニュー?
(ボブ・ハガート、ジョニー・バーク)
1939年にボブ・ハガードが作曲し、ジョニー・バークが作詞したポップスでしたが、今では有名なジャズ・スタンダードです。
ウエスはここではシングルトーンを中心にメロディを紡いでいきます。
バックのウイントン・ケリーにも繊細な歌心を感じます。
いろんなミュージシャンが取り上げていて名演が多いのですが、個人的にはブルーノートでジャッキー・マクリーンがアルトサックスで演ってる速いバージョンも忘れられません。

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