「いつの時代でも色褪せないミンガス・ミュージックの出発点、ジャズを変えた名盤」Pithecanthropus Erectus : Charles Mingus / 直立猿人 : チャールズ・ミンガス

 1956年、この時代のジャズの本流などとは関係ないところで1枚の歴史に残る作品がアトランティック・レコードからリリースされました。
タイトルからして秀逸なチャールズ・ミンガスの「直立猿人」です。
すでに聞く前からイメージが掻き立てられます。

この時代にジャズでこういうアルバムタイトルにする人なんて滅多にいませんでした。
この時一番ヒップな音楽はハードバップです。ここから一気にモダンジャズは広がりを見せることになりますがそれに隠れて、いや隠れてはいません、「直立猿人」は屹立したのです。

作者であるチャールズ・ミンガスは基本ベーシストですが、オーケストラアレンジやピアノも達者です。
エネルギッシュな性格らしくスタジオアルバムでも結構周りを煽ったり、鼓舞したりする声がよく録音されています。
この人が有名なのは音楽的資質がすばらしいこともありますが、行動がユニークで個性的なことです。マックス・ローチ等と共に黒人差別とか公民権運動にも積極的に態度を示して活動していました。

最も有名なエピソードは「フォーバス知事の寓話」というタイトルの曲を発表したことです。
これは “リトルロック・ナイン” とか “リトルロック危機” と言われ、1957年にアーカンソー州知事だったフォーバスが合衆国最高裁判決に従わず、9人の黒人高校生が統合によって決まったリトルロック中央高校に通うのを州兵を動員して阻止しようとした事件です。

コロンビア・レコードはこの曲を歌詞いりでリリースするのを拒否したため、ミンガスは別レーベルのキャンディドから「オリジナル・フォーバス知事の寓話」としてリリースしました。

1950年代にこういうスタイルを通すのは命懸けだったのだろうと思います。
目をつけられたら別件逮捕でもなんでもありで白人警官の暴力による理不尽な傷害致死などもまかり通っていた時代です。
1970年代以降に安全地帯からイキがっているロック野郎とはちょっと違いますね。(そういうのも好きなんですけど)

ミンガスは1922年4月22日、アリゾナで生まれてロサンゼルス育ちです。いかつい顔と風体でウエスト・コーストの香りはしません。
活動拠点はニューヨークが中心でした。ミンガス・ワークショップなるものも主催して後進の指導にも当たっていました。
この「直立猿人」もチャールズ・ミンガス・ジャズ・ワークショップという名義になっています。
リーダーとしてまとめた作品の中では初期の最重要作となります。
「このアルバムがコードやアレンジを文字に起こすのではなく、ミュージシャンに耳でアレンジを教えた最初のアルバムだった」と答えています。
なんとなくめんどくさい人の片鱗が見えますね。きっとメモを取ることなんかも禁止していたのではないでしょうか。天才とは得手してそういうものです。

ミンガスの音楽はこの時代、ジャズの主流となっていたハードバップの形式、テーマがあって各自がソロを取り、最後にテーマに戻ってまとめて終わる、というようなものではありません。
強いていえばデューク・エリントンみたいなビッグバンドジャズを小編成で演っている感じです。
これがまたシンプルであるが故に時代を超越した個性を感じます。

そういえばミンガス・アー・ウムというアルバムに「デュークへの公開書簡」という曲が入ってます。
最初タイトルを見た時は「ケンカ売っとんのか」と思いましたが、聞いてみると曲調はそうでもありません。
いや、もしかしたらエリントンを十分に聞き込むと「あ、ケンカ売ってるわ」となるのかも知れません。今後の課題とします。
(ただし、この時代のジャズマンで、というか黒人ミュージシャンはマイルスなども含めてデューク・エリントンを好意的に評価しない人はいないように思えます)

最初にこのアルバムを聴いたのは20代の頃でした。素直な感想として「これってプログレじゃね」と思ったものです。
何より一番びっくりしたのはそういう前衛的な音楽が、1956年にすでにあったということです。
世の中はエルヴィス・プレスリーがデビューしてチャック・ベリーなどが大活躍している時代なのです。それに比べればなんという革新的な音楽なのでしょう。
聞いていても古くささなど一切感じませんでした。
これを知ってしまうとロックばかり聴いている場合ではないという感じになったものです。

当然ジャンルを超えてリスペクトされており、ハル・ウィルナーの企画、プロデュースによる「Weird Nightmare: Meditation on Mingus」という1992年のトリビュート・アルバムがあります。
ニューヨークのジャズ・ミュージシャンらとともにロック界からエルヴィス・コステロ、キース・リチャーズ、チャーリー・ワッツ、ロビー・ロバートソン、レイ・ディヴィス、Dr.ジョン、などが名前を連ねています。
ロックミュージシャンからもリスペクトされていることはわかります。

ただアルバムを聞いてみて、正直このアルバムは自分のミンガスのイメージとは違いました。

ミンガスは1960年に「ブルーズ・アンド・ルーツ」というこれまた渋くて奥深くて素晴らしいアルバムをリリースしています。そこに「私はスウィングして生まれて、幼い頃は教会で手を叩いていたが、大人になったのでスウィング以外のこともするのが好きになった。でもブルースはスウィング以上のことができる」と語っています。
他にも素晴らしいアルバムをたくさん残しています。

アルバム「直立猿人」のご紹介です。

Bitly
Bitly

演奏

チャールズ・ミンガス ベース    
ジャッキー・マクリーン アルトサックス
J.R.モンテローズ テナーサックス 
マル・ウォルドロン ピアノ
ウィリー・ジョーンズ ドラムス 

プロデューサー  ネスヒ・アーティガン
レコーディング・エンジニア  トム・ダウド  
レコーディング・エンジニア  ハル・ラスティグ 

アトランティック・レコードのプロデューサーといえばアーメット・アーティガンが有名ですが、ネスヒ・アーティガンはアーメットの兄だそうです。 

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。


1. Pithecanthropus Erectus 直立猿人

始まりました。
ライナーには
“人類の隆盛から、「求めていた人々の必然的な解放を彼自身が実現できなかったことによる最終的な没落まで」を描いているという。奴隷にすること、そして偽りの安全に頼ろうとする彼の貪欲さ。」この曲のタイトルは、発見当時、これまでに発見された最古の人類化石であったジャワ原人の化石にちなんでいる”
と書かれています。

しかしそういうことを考えなくても音楽を聴いているだけでイメージが勝手に膨らみます。
そういえばこのところピテカントロプスという名称は聞かないなあと思っていたら、最近はピテカントロプス属は廃止され、ホモ・エレクトスという名称になっているようです。ジャワ原人もその属性です。私たちの祖先、ホモ・サピエンスと共存していた時代もあったようですが、淘汰されてホモ・サピエンスのみ生き残りました。

そういうことに思いを馳せながら聴くのもまたイメージが広がります。

1980年代に「気分はグルービー」というロックバンドをテーマにした漫画があって、そのバンド名が「ピテカントロプス・エレクトス」でした。というのを誰かご存知か。
さらに東京都大田区蒲田の池上線沿いに「直立猿人」というジャズ喫茶があります。(昔から気になっていますが、まだ行けてません)

2. A Foggy Day 霧深き日

ジョージ・ガーシュイン作のスタンダードです。交通渋滞している様子とか交通整理の笛、クラクションで苛立っている様子が手に取るようにわかります。サイレンの音も聞こえます。事故渋滞でしょうか。
フランク・シナトラからウィリー・ネルソンまでいろんな人が取り上げています。マイルスもこの曲を演ろうとしていましたが、ミンガスの演奏をきいて辞めたそうです。

3. Profile of Jackie プロフィール・オブ・ジャッキー

メロディアスなピアノの旋律で始まり、ドラムが入るとあれ?と思う瞬間があります。その後はだんだんとまとまっていきます。アルトとテナーの合わさったぞくっとする瞬間があります。
1分45秒(曲の中間部)あたりから摩訶不思議なリズムの刻みが始まります。ベタベタなアレンジには絶対しないという強い意志を感じます。

4. Love Chant ラブ・チャント

リズム、ハーモニー、音階含めいろんなバリエーションが入っており、さらには伝統的な手法もあります。組曲風の対策なので聴き込むほどに味が出てくる演奏です。
押して、引いて、跳ねて、沈む、ベースだけ聴いていてもフレーズの組み立て方などすごいものだと感じます。
最後は全員で最初に戻って締めます。でもドラムがまだ足りないとでもいうようなアピールをしている感じです。


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