このアルバムはトランペット奏者リー・モーガンが1964年7月にジャズの名門、ブルーノート・レーベルからリリースした彼の代表作です。
このアルバムはセールス的に大成功し、倒産寸前だったブルー・ノートを建て直したとまで言われています。
といっても音楽全体から見ればビルボード・チャートの25位まで上がった程度なんですが、ジャズの売り上げとしては破格の大ヒットでした。
ヒットの要因はなんといってもアルバムタイトルである1曲目のナンバーです。
覚えやすいポップなメロディと緩急をつけたリズムの展開やブレイクの使用、醸し出されるファンキーさで心地よく踊れるものでした。
発売当初はジャズにロックのリズムを取り入れたという触れ込みだったのですが、今の耳では到底ロックには聞こえません。
では魅力がないかと言われればそうではありません。
この頃のアコースティック・ジャズのフォーマットではこれ以上ないくらいの極上品です。
もうこれは時代を超えたファンキージャズの頂点の一つと感じられます。
今聞いても古臭いとか時代遅れの音とは感じられず、素直にいい曲だなあと思えるのはすごいことです。
ここらあたりからブルーノートのファンキージャズ路線は1曲目にとりあえずはコマーシャルな曲、フレーズが覚えやすくてかっこいい曲、できたらシングルカットして売れそうな曲を持ってきて、“よしこれで掴みはOK” として次の曲からミュージシャンの本来やってみたいことを追求する、みたいな展開が多くなります。(ブルーノートに限らずですが)
で2曲目以降は大したことはないかと言われればそういうことはありません。
もちろん「サイドワインダー」ほどのわかりやすさはありませんが、ハードバップとしてはこれの曲も全て極上です。
確かに「サイドワインダー」はポップ、ロック、ファンクの感覚で聞けますが、そこはあくまでブルーノートです。
ジャズの視点でも鑑賞しないともったいないのです。
たとえば2曲目としてハードバップにエキゾチック感をプラスしたような「トーテム・ポール」に行くといきなり落差が大きすぎるような気もします。
昔は「ゲイリーズ・ノートブック」の方が繋がりが良いように思っていました。
しかしピアノトリオに凝っていた時にふと思ったのですが、フロントのトランペッター、リー・モーガン目線で聞いていると2曲目の落差がとっても気になるところですが、実はピアニストのバリー・ハリス目線で聴くと結構うまくつながります。
リー・モーガンについて説明しておきます。
1938年7月10日にペンシルヴァニア州フィラデルフィアで生まれました。
4人兄弟の末っ子でした。
ジョン・コルトレーンやマイルス・デイヴィスとは一回り若い世代です。
ビブラフォンやサックスも演奏できたようですが、13歳の誕生日に姉のアーネスティンからトランペットをプレゼントされてトランペットに励むようになります。
師匠となるのはクリフォード・ブラウンで何度かレッスンも受けたそうです。
しかも何ともすごいことに10代の頃からジョン・コルトレーン、ウエイン・ショーター、デイジー・ガレスピー、ハンク・モブレーなどとレコーディングをしてアート・ブレイキー・アンド・ジャズ・メッセンジャーズに加わります。
なんとも苦労話が入る余地がないほどの天才でした。
この辺はジャズを知るほどに驚嘆の度合いが増えていきます。
ジャズ・メッセンジャーズの「モーニン」をリリースするなど一番脂が乗っていた時期に参加していますし、ベニー・ゴルソン脱退の後任にウエイン・ショーターを入れることをブレイキーに説得した・・などのことからも並外れた感覚を持っていたのだとわかります。
その後、人気も落ち着いてきて音楽活動はそれなりに順調と思われていましたが、1972年2月19日の早朝にニューヨーク、イーストヴィレッジのジャズクラブ、「スラッグス・サルーン」で内縁の妻に銃殺されてしまいました。
即死ではなかったのですがニューヨークは大雪で救急車の到着が遅れ失血死、享年33歳でした。
天才とは早逝するものかと改めて感じる事件です。
このアルバムの聞きどころはもちろんリー・モーガンのトランペットではあるわけですが、他にも聞きどころがたくさんあります。
まずボブ・クランショウのベースがまたいいのです。
ここ数年、改めて気がついたことがあります。ブルーノートの音質は当初からジャズ・マニア、オーディオ・マニアの間では定評があるものだったのですが、ふと「サイドワインダー」を聞き直してみたら結構な低音があることを再認識したのです。
その昔、お金も時間もなかった頃はオーディオにさほど凝る時間もなく聴きたい音楽を貪るような状態でした。
お金をかけるのは置いておいて、そこそこ機材やケーブルなどこだわってオーディオをセッティングするようになってブルーノートを聞いてみると昔とは音の景色が違ってきました。
昔から「ブルーノートの音はホーンとかは迫力があっていいけど低域がもうちょっと欲しいよな。といってもフェンダーのプレシジョン・ベースとかジャズ・ベースなどと違ってコントラバスの音だから限界があるのかもな」、と思っていました。
しかし愛着を持って音を追求した現在、ブルーノートの音は違って聞こえるようになりました。
低域が十分に鳴っているのです。
「サイドワインダー」のうねるベースはコントラバスの音とは思えないくらいの迫力です。
3曲目の「ゲイリーズ・ノートブック」では揺蕩う(たゆたう)ような低音も聞けます。
慌てて他のブルーノートのアルバムも確認してみる私なのでした。
そしてもう一人、アルバム全体を通してピアニストのバリー・ハリスの貢献度が大きいと思うのは私だけでしょうか?
ピアノのバリー・ハリスさんはブルーノートではリーダー作もなく、ほとんど聞かない名前です。
また一般的にも特に超大物ピアニストと言われることもなく、歴史に名を残すようなアルバムはありません。
しかしながらリズムのタメがいい塩梅で、クールで歌心あるピアノを弾く人です。
もちろん大御所ジョー・ヘンダーソンもビリー・ヒギンズも負けずにいい感じです。
などとサイドメンにも思いを馳せながらきくのがまたオツなアルバムなのです。
アルバム「サイドワインダー」のご紹介です。
演奏
リー・モーガン トランペット
ジョー・ヘンダーソン テナーサックス
バリー・ハリス ピアノ
ボブ・クランショウ コントラバス
ビリー・ヒギンズ ドラムス
アルフレッド・ライオン プロデューサー
ルディ.ヴァン・ゲルダー レコーディング・エンジニア
フランシス・ウルフ フォト
リード・マイルス デザイン
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, The Sidewinder ザ・サイドワインダー
ニューオリンズ・ファンクなどのバックビートが好きな人にはかなりハマるリズムです。
サイドワインダーとは西部劇(死語ですね)などでよく登場するガラガラヘビのことで、テレビアニメで見た悪漢の名前をとったと聞いた記憶があります。
普通の人がジャズの入り口として聞くのもよし、ファンキーなグルーブに身を委ねたい時に聞くのもよし、ヴァン・ゲルダーのレコーディング・サウンドを研究するのもよし、という大名曲です。
2, Totem Pole トーテム・ポール
エキゾチックなムードをたたえた曲です。サイドワインダーで高揚した気分をクールダウンさせてくれます。ハードバップ・フォーマットの演奏としては聞きどころも多いのです。
3, Gary’s Notebook ゲイリーズ・ノートブック
これもブルーズベースのハードバップな曲です。変則ワルツっぽいリズムです。
長いテーマを精巧に組み上げていくところが実にかっこよくおすすめです。
ビリーとボブのリズムセクションとバリー・ハリスもいい味出してます。
4, Boy, What a Night ボーイ、ホワッツ・ア・ナイト
ここでも印象的なピアノで始まります。
曲の構成は前のゲイリーズ・ノートブックと同じですがリズムが違うので印象が違ってきます。
ジョー・ヘンダーソンも気合いの入ったソロ、というかなんか新しいことを試そうとしているようなソロで応戦します。
続いてのバリー・ハリスのソロはなんというか、彼の人柄が伝わります。
5, Hocus Pocus ホーカス・ポーカス
複雑な構成の曲です。
リー・モーガンのチャレンジャー精神を感じます。
タイトルのホーカス・ポーカスとは「誤魔化し」「インチキ」「ペテン」という意味だそうです。
ここでもバリー・ハリスさんが出てくると何故か安心するのです。
考えてみたら私にとってはこの絶妙なタメ具合がいいのですな。
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