

「ザ・リバー」は1980年10月17日にリリースされたブルース・スプリングスティーンの5枚目のスタジオアルバムです。
1975年の「明日なき暴走」の成功とその後の訴訟トラブルなどでのブランクがあり、「闇に吠える街」で3年ぶりに復帰しました。
そして2年後、いよいよ満を持しての2枚組大作の登場です。
このアルバムで自身初めてのビルボード・ヒットチャートでトップになり、本国アメリカでは押しも押されぬ大スターとなりました。
この硬軟とりまぜた、というか動と静をうまく絡めた構成は大当たりでした。
当時はまだアナログレコードしかなく、LP2枚組というのは裏表でA,B,C,Dと4面に分かれます。
構成は大体のところ元気な曲で始まってナイーヴな曲で終わるという感じです。
CDになるとこの辺の高低差はなかなか感じられないのでまた違った印象になるのかもしれません。
それまでのアルバムについては、3枚目の世界的ヒットとなった「明日なき暴走」は動のエネルギー、1作前の「闇に吠える街」はどちらかといえば静のエネルギーという感じの作りでした。
この2枚組は結構その両極に振り切った曲が詰まっています。
それが功を奏してかスケールのでかい、それでいてナイーヴで弱者視点を持った反骨のロックミュージシャンというイメージが固まりました。
この後ブルース・スプリングスティーンは「ネブラスカ」というめっちゃ陰の方向に振り切った弾き語りアルバムをリリースして、そのあとはモンスターヒットの「ボーン・イン・ザ・USA」と続きます。
リアルタイムで聴いていた身としては「ボーン・イン・ザ・USA」以前と以後ではスプリングスティーンのイメージが全然変わります。
ブルース・スプリングスティーンはこの「ザ・リバー」で欧米においてはビッグネームとなっていました。
しかし日本ではまだまだマイナーで一部の人に支持されるロック・ミュージシャンといった印象でした。
ロックといえばミューウェイヴ系が主流といった感じです。
そこへ世界的に社会現象を引き起こす「ボーン・イン・ザ・USA」で一気にブレイクしました。
漫画から映画から政治まで影響を与えていました。
日本でも今までロックを聴いたことがない人でも知る存在になってしまったのでした。

これにはいろんな功罪があります。
元々精神的な波が大きかったブルース・スプリングスティーン本人もその反動に悩まされたようです。
紆余曲折を経て徐々に立ち直って現在の老成したロックミュージシャンとなっていきます。
とあれこの「ザ・リバー」のころのスプリングスティーンはアメリカの繊細で怒れる若者を代弁するロッカーでした。
初期の2作「アズベリー・パークからの挨拶」と「青春の叫び」は結構面白いアルバムではあるもののまだ焦点が定まっていない印象です。
しかし「明日なき暴走」「闇に吠える街」とじっくりと時間をかけて構成を練り作り込んだアルバムとなっていきます。
この「ザ・リバー」でははライブ感覚で録音したことが感じられます。
敢えてガレージバンドっぽく録った音作りとなっています。
歌詞の内容はいつもながらのリアルな生活を扱ったものが多く、家庭、家族、結婚などについて、そして政治情勢や理不尽な状況に振り回される人々を描いています。
その人物描写の元になったのはフランネリー・オコーナー(1925年3月25日 – 1964年8月3日)というアメリカ南部出身の女性作家の影響だそうです。
ブルース・スプリングスティーンは前作の「闇にほえる街ツアー」でEストリート・バンドとうまくこなれて、これまで以上に波長が合い、深い絆が生まれました。
そして続く「ザ・リバー」の構成はライブ感覚にしたいと考えました。
こう答えています。
「爆発的な音楽を作りたかった。バンドの楽しさと、僕が伝えたいストーリーを組み合わせたアルバムにしたかった。それらを組み合わせ、僕たちが観客の前で何をしたのか、より大きな全体像を描く方法を見つけたかったんだ。」
レコーディングは1979年の3月からニュージャージーのスプリングスティーンの自宅スタジオで始められました。
バンドをまとめるためにハーモニー・ヴォーカルを使用する点でザ・バーズを参考にしたそうです。
(ウエスト・コーストのバーズのハーモニーとは全然爽やかさが違うでねえか、などと無粋なことを言ってはいけません)
元々は2枚組のアルバムではなく1枚の「タイズ・ザッツ・バインド」というアルバムをリリースする予定でした。
しかし周囲も含めて納得いくものができず、最終的には2枚組の「ザ・リバー」としてリリースされることになります。
2015年になって「ザ・リバー」のリマスターとともに未発表のアルバム「タイズ・ザット・バインド」とアウトテイクや制作ドキュメンタリーDVD、ザ・リバー・ツアーの音源などを収めたボックスセットがリリースされます。
私も持ってはいませんがyoutubeで確認できます。
(何ていい時代でしょう。最後部にリンクを貼らせていただきます)
ブルース・スプリングスティーンみたいに生活密着型の泥臭いロックというものは今の時代、特に流行るとは思えません。
ただ、スプリングスティーンの描く世界は若者の普遍的なテーマなので各個人には鋭く刺さるものがあります。
忘れられることなく、今後も残り続けると思います。

アルバム「ザ・リバー」のご紹介です。

演奏
ブルース・スプリングスティーン ヴォーカル、ギター、ハーモニカ、ピアノ
<Eストリート・バンド>
ロイ・ビタン ピアノ、オルガン、バックヴォーカル(Tr.14,19)
クラレンス・クレモンズ サックス、パーカッション、バックヴォーカル
ダニー・フェデリシ オルガン、グロッケンシュピール(Tr.6)
ギャリー・タレント ベースギター
スティーヴ・ヴァン・ザント アコースティックギター、エレキギター、ハーモニーヴォーカル、バックヴォーカル
マックス・ワインバーグ ドラムス
ゲスト・ミュージシャン
フロー&エディー バックヴォーカル(Tr.6)
テクニカル
制作
ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ランドー、スティーヴン・ヴァン・ザント
エンジニア ニール・ドーフスマン
ミキシング チャック・プロトキン、トビー・スコット
エンジニアリング・アシスタント
ジェフ・ヘンドリクソン、ギャリー・リンドフス、ダナ・ビスビー、レイモンド・ウィルハード、ジェームス・ファーバー
デジタル・オペレーター ジム・バウアーライン
マスタリング ケン・ペリー
エンジニア(Tr.19) ジミー・アイオヴィン
ミキシング(Tr.1,6) ボブ・クリアマウンテン
アートディレクション、デザイン、フォト ジミー・ワクテル
表紙写真他 フランク・ステファンコ
フォト
ジョエル・バーンスタイン、アマンダ・フリック、デヴィッド・ガー、バリー・ゴールデンバーグ





曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, The Ties That Bind タイズ・ザット・バインド
タイトルは「絆」という意味です。アップテンポでライブ感溢れるサウンドです。Eストリート・バンドらしくゴキゲンなサックス・ソロが登場します。
ライブバージョンです。
2, Sherry Darling 愛しのシェリー
歓声が入ります。ユニゾンのコーラス含め明らかにライブの状況を想定、再現した曲です。後半に行くに従ってヴォーカルに気が入って上ずるようになるのがスプリングスティーンらしいところです。
ライブバージョンです。
3, Jackson Cage ジャクソン刑務所
刑務所に収監された女性の日々の葛藤です。1980年代初頭のアメリカは不況の真っ只中でその状況を歌っているとされます。
ライブバージョンです。
4, Two Hearts 二つの鼓動
辛いこともあるけれど、気持ちを切り替えることが必要、そして周りの人には愛情を持って、という意味かな。
ライブバージョンです。
5, Independence Day 独立の日
内省的なバラードです。アメリカの独立記念日のことを歌っているのではなく、息子が父親を失って自立するということを歌っています。
レコードではA面が終わります。
ライブバージョンです。
6, Hungry Heart ハングリー・ハート
完全無欠のヒットシングルです。フォー・シーズンズの「ドーン(ゴー・アウェイ)」のピアノのリフが元ネタみたいです。本来はラモーンズのために書かれたナンバーだそうです。
ライブバージョンです。
7, Out in the Street 表通りにとびだして
ライブで好評の、シングルヒットしそうなよくできたナンバーです。
ライブバージョンです。
8, Crush on You クラッシュ・オン・ユー
パンクな曲です。タイトルは「あなたに夢中」という意味で、ギターメインの「サム・ガールズ」期のローリング・ストーンズ風でもあります。
ライブバージョンです。
9, You Can Look (But You Better Not Touch) ユー・キャン・ルック
「見るだけにして触らないほうがいい」と歌うパンク風、ロカビリー風、クラッシュみたいな曲です。
10, I Wanna Marry You アイ・ウォナ・マリー・ユー
どストレートなタイトルで、ノスタルジックな曲です。
ライブバージョンです。
11, The River ザ・リバー
切々とアメリカの労働者階級を歌っています。
妹とその夫をテーマにしているそうです。レコードではB面のラストを飾るナンバーです。
ライブバージョンです。
12, Point Blank ポイント・ブランク
レコードのC面は重苦しいナンバーで始まります。恋人が至近距離から撃たれたという内容です。
ライブバージョンです。
13, Cadillac Ranch キャディラック・ランチ
タイトルはテキサス州アマリロにある1974年に作られたキャデラック10台を立てて半分埋めた状態のモニュメントです。アート作品ということになっていますが普通の人からすれば高級車を10台埋めてしまう「バカなことやってる、これがロックだ」としか思えません。そういうことを歌っているように感じます。

(Wikipediaからの引用です)
ライブバージョンです。
14, I’m a Rocker アイム・ア・ロッカー
ピアノのリフで始まります。「007」「バットモービル」「シークレット・エージェント・マン」「刑事コロンボ」「刑事コジャック」窓が出てきます。何が言いたいかは察します。
ライブバージョンです。
15, Fade Away 消えゆく男
切々と歌われる失恋ソングです。
16, Stolen Car 盗んだ車
刹那に生きる若者を歌っています。レコードではC面のエンディングです。
17, Ramrod 恋のラムロッド・ロック
オールディーズ・ロックンロールです。レコードではD面のオープニングです。
ライブバージョンです。
18, The Price You Pay ザ・プライス・ユー・ペイ
「君が支払う代償」とは? 「ハングリー・ハート」にウェット感を追加したような感じの曲です。
19, Drive All Night ドライブ・オール・ナイト
静かなバラードです。あなたとの関係が戻るなら何でもすると歌います。
20, Wreck on the Highway 恋のハイウェイ
引き続きバラードで幕を閉じます。高速道路で事故に遭遇して救急車を呼ぶという内容です。
ブルース・スプリングスティーンの歌うバラードはリアルで痛いんだよなあ、と聴く度に思います。(間違っても可哀想なほど浮いている「イタい」ではありません)
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