

ご紹介するアルバム「バック・トゥ.ザ・バーズ=邦題 : 未来への回帰」はロック界の奇才トッド・ラングレンが1978年にリリースした初のライブアルバムです。
トッドは1970年に「Runt」でソロデビューして以来、このアルバムまでに8枚のスタジオ・アルバムをリリースしていました。
そして9枚目となるのがこのライブアルバムです。
今となっては8年で8枚ものオリジナルアルバムをリリースしたとなると、相当な多作に感じますが、この時代は軽音楽のアルバムは消耗品扱いだったので、推しなべてこういう感じでした。
最新のスタジオアルバムとしてはこの年の5月にリリースされた「ミンク・ホロウの世捨て人」(何気にすごいタイトルです)でしたが、このアルバムからの選曲はありません。
しかしながら初期からの代表曲をまとめたベスト的な意味合いを持ったライブ盤でもあり、高い評価を受けることになります。
といっても当時はいつものトッドらしく、業界内では高評価、ただしチャートアクションはそれほどでも、という感じだったわけですが。
タイトルの「Back to the Bars」について昔から思っていたことがあります。
「Bar」とはカウンター酒場という意味もありますが、邪魔もの、障害という意味や法廷、被告席という意味もあります。
もしかしたらカーティス・メイフィールドの「バック・トゥ・ザ・ワールド」を意識していたのでは、と感じていました。
(個人の感想です)
トッド・ラングレンという人はロック界においても相当に特異な立ち位置です。
ポップでメロディアスな曲が多い、にも関わらず誰もが知っているような大ヒット曲、スタンダード曲はありません。
しかし多才でマルチプレイヤーでもあり、レコードプロデュースなどのエンジニア的な側面も持っているシンガー・ソングライターです。
トッドのプロデュースしたアルバムも自身の作品や自前のバンド、ユートピアの作品はもちろんのこと
グランド・ファンク・レイルロード
「ウイアー・アン・アメリカン・バンド」
「シャイニン・オン」
ザ・バンド
「ステージ・フライト」(エンジニアとして)
ニューヨーク・ドールズ
「ニューヨーク・ドールズ」
XTC
「スカイラーキング」
他にもポール・バターフィールド・ブルース・バンドやサイケデリック・ファーズなどなどたくさんあります。
ブルースロック、ハードロックからパンク、ニューウェイヴまでジャンル無用に取り組めるところがまたすごいというか、器用というか、・・・いやきっとただの変人です。

「ラント、ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン」のところでも触れましたが1970年代は歴史に残るロックのライブアルバムがたくさんリリースされた時代でした。
私の記憶ではこのアルバムもミュージック・ライフや音楽戦果などの音楽情報誌で盛んに広告が載っていました。
当時は日本では売れていないけどアメリカ、イギリスでは相当売れているんだろうなあ、と思っていましたが、そんなことはありません。
レコード会社も相当に力を入れていたことは、今までにないロックなジャケットデザインでも明らかです。
数々のロック名盤のジャケットデザインを残した芸術集団、ヒプノシスによるものが採用さtれました。
トッドのアルバムのジャケットは自分の顔をアップしたものが多いのですが、その全てにおいて “かっこいい” と思えるものはなく、どちらかといえば “気持ち悪い” と評されるものがほとんどです。
極め付けは1990年代、それまでのシングルを集めた「シングルズ」というコンピレーション・アルバムをリリースしたのですが、そのジャケットはトッドの顔のイラストであるにも関わらず気持ちの悪い絵でした。

普通ミュージシャン、アーティストと言われる人種は極端なナルシストが多く、見た目を実物以上によく見せようとするのが当たり前なのですが、本当に一流のナルシストはボブ・ディランとかこのトッドのようにあえて実物より下げて見せるものかもしれません。
そういうのに比べればこの「バック・トゥ・ザ・バーズ」のジャケットは画期的なまでにロックっぽくかっこいいものでしたが、残念ながらそれほどのチャートアクションはありませんでした。
1970年代に大ヒットしたロックアルバムを輩出しているディープ.パープルやキッスやピーター・フランプトンやウイングスほどの売り上げとはいかなかったのです。
というより比べるのも申し訳ない感じですね。
なんだかんだ言ってもメジャーになれない趣味的な人でした。
当時、最新のスタジオアルバム「ハーミット・オブ・ミンク・ホロウ」でも自分を「ホロウ=世捨て人」扱いですから。
かといって中身が悪いかといえばそうではありません。
ライブといえどもそんなに演奏や歌い方が荒くなったり雑になったりはしていません。
むしろうまいというかこなれているというか各ナンバーともスタジオバージョンと比べて遜色ありません。
ここでもトッドならではの生演奏に対するアレンジの才を感じさせます。
というかライブなのでスタジオみたいに変なギミックを使えないのでバンド・サウンドになる分、メロディがはっきりしてストレートなので聞きやすかったりします。
バックはトッドのバンド、ユートピアの面々も顔を揃えていますし、最後のナンバー「ハロー、イッツ・ミー」ではゲストのスティーヴィー・ニックスやリック・デリンジャー、スペンサー・ディヴィス、ホール&オーツを加えて大団円です。
ここまでのことができるのに、なぜにトッド・ラングレンは超大物アーティストになれなかったのかを考えてみましょう。
このアルバムもそうですがトッドの作る曲は何気にポップでメロディアスです。
そして何よりちょっと変わっています。
プロのポップスの作曲家が手がけるようなベタベタなメロディではありません。
最初に聴いたときは流れにちょっと突っかかりを感じさせたりします。
ここの部分を受け入れられるともうトッド・ラングレン・サウンドの虜です。
聴き込むほどに名曲だと思うようになってしまいます。
もしかしたらジョン・レノンとかポール・マッカートニーとか、スティーヴィー・ワンダーなどと肩を並べるくらいの天才なのではと思うようになってしまったら、もう貴兄はお終いです。
(この辺はフランク・ザッパと共通する感覚かもしれません)
トッド・ラングレンの音楽は時代に関係なく評価されていく人だと思います。
実際に彼を評価しているのはミュージシャンやエンジニアなどが多いのです。
そして彼のアルバムは今聴いても不思議とそんなに古臭さを感じさせません。
あっ、そこの貴方、「そりゃそうだよ。だってトッド・ラングレンには時代を象徴するような大ヒット曲なんてないし」なんて思ってますね。

アルバム「未来への回帰」のご紹介です。

演奏
Tr.1-5、16-20 (「ハロー・イッツ・ミー」を除く)
・トッド・ラングレン
ヴォーカル、ギター、ピアノ
<ユートピア>
・ロジャー・パウエル
キーボード・シンセサイザー、ヴォーカル
・カシム・サルトン
ベース、ヴォーカル
・ジョン・ウィルコックス
ドラム、ヴォーカル
Tr.6-15
・トッド・ラングレン リードヴォーカル、ギター
・ムーギー・クリングマン ピアノ
・ジョン・シーグラー ベース
・ジョン・ウィルコックス ドラム、ヴォーカル
<ハロー・ピープル>
・グレッグ・ゲデス リードヴォーカル、バックヴォーカル
・ボビー・セディタ リズムギター、サックス、ヴォーカル
・ND スマート ドラム(Tr.7)、ヴォーカル
ゲスト・アーティスト
・スペンサー・ディヴィス ハーモニカ(Tr.7)
・ラルフ・シュケット オルガン(Tr.15)
・リック・デリンジャー ギター(Tr.20)
・「ハロー・イッツ・ミー」のゲスト・ヴォーカル
スティーヴィー・ニックス、ダリル・ホール、ジョン・オーツ、カシム・サルトン、スペンサー・ディヴィス
テクニカル・ノート
・ヒプノシス スリーブデザインと写真
<ライブ写真>
リチャード・クリーマー、チャック・プリン、ケビン・リッカー、マイケル・リッカー
・ロブ・ディヴィス ギター・エンジニア
・ポール・レスター ライナー・ノーツ
・トム・エドモンズ ミキシング
・トッド・ラングレン プロデュース、ミキシング



曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Real Man 内なる心の輝き
ソロ6枚目「未来神」からです。「未来神」とはなかなか趣のあるタイトルですが、この「イニシエーション」という単語は1990年代の終わりに日本のカルト宗教が起こしたテロ事件で別の意味で有名になりました。
オリジナルはゆっくりした感じですが、ここではオープニングにふさわしく力強くノリの良いアレンジとなっています。
2, Love of the Common Man 一般人の恋愛
1976年のソロ6作目「フェイスフル」からです。
オリジナルはアコースティックギターをうまく使ったウエストコースト風、ライブではビートを強調したアレンジです。
3, The Verve To Love 愛する事の動詞
続いてこれも「フェイスフル」からです。
スローテンポのバラードで細かいこと言うとキーボードのアレンジがライブならではなんです。
4, Love in Action ラヴ・イン・アクション
1977年リリースのユートピアの3枚目のアルバム「ウプス、ロング・プラネット」からです。
ノー天気なアメリカンロックと言えばそうなんですが、バンドを固めるにはこういうナンバーが必要なんだよなあ。
5, A Dream Goes On Forever 愛は果てしなく
1974年リリースのソロ5作目「トッド」に収録されているナンバーです。
オリジナルはコーラスのようにヴォーカルに絡むキーボードが印象的ですが、ライブではピアノ弾き語りで演ってます。
6, Sometimes I Don’t Know What I Feel 何をどうしたらいいんだろう
1973年、ソロ3作目「魔法使いは真のスター」からのナンバーです。
オリジナルは音がよせては返すというなんともうねりのあるサウンドが印象的ですが、ライブらしくストレートなアレンジでせめてきます。
7, The Range War ザ・レンジ・ウォー
ソロ2作目の「ラント、ザ・バラッド・オブ・トッド・ラングレン 」に収録されたいたナンバーです。
いつ聴いても素晴らしく完璧で良い曲だと思います。歌詞は難解です。
8, Black and White ブラック・アンド・ホワイト
1976年のソロ6作目「フェイスフル」からです。
トッド流のハードロックです。
9, The Last Ride 識別のドライブ
1974年リリースのソロ5作目「トッド」に収録されているナンバーです。
打って変わって重苦しいオペラ調で、ライブでは幾分シンプルでドラマチックなアレンジとなっていて、泣きのギターが堪能できます。
10, Cliche 決まり文句
1976年のソロ6作目「フェイスフル」からです。
スタジオ版ではストリングスなどが加わって次第に音が厚くなっていきますが、ライブは生ギター1本で通します。
11, Don’t You Ever Learn? いつになったらわかるの?
「トッド」に収録されているナンバーで、印象的なイントロと共にトッドのプログレッシブな世界に引き込まれます。
12, Never Never Land ネヴァー・ネヴァー・ランド
「魔法使いは真のスター」に収録されているトッドにしたら珍しいブロードウェイ・ミュージカルのカバーを歌い上げます。
13, Black Maria ブラック・マリア
ソロ3作目「サムシング/エニシング?」からです。スタジオ・バージョンよりハードに飛ばします。
14, Zen Archer ゼン・アーチャー
ソロ4作目「魔法使いは真のスター」からです。古き時代のラグ調の曲です。
15, Medley メドレー
ここから3曲も「魔法使いは真のスター」のメドレーからです。
・I’m So Proud アイム・ソー・プラウド
ノーザン・ソウルの巨匠、カーティス・メイフィールド作の名曲のカバーです。
・Ooh Baby Baby ウー・ベイビー・ベイビー
モータウンのミラクルズのカバーでこれも誰もが知ってる名曲です。
・La la Means ラ・ラは愛の言葉
R&Bグループ、ザ・デルフォニックスの1967年ヒットのカバーです。これもほとんどの人が聞いたことがあるようなヒット曲です。
・I Saw the Light 瞳の中の愛
アルバム「サムシング/エニシング?」のオープニング曲です。トッドによるとモータウンを見習って1位になる曲を冒頭に持ってきたとのことです。ヒットしましたがトップ10にはかろうじて入りませんでした。
スタジオ盤では「ラ・ラは愛の言葉」の次にドナルド・ストーボールの「クール・ジャーク」というアップテンポのR&Bのカバーとなっています。
16, It Wouldn’t Have Made Any Difference 所詮は同じこと
3枚目のアルバム「サムシング/エニシング?」に収録されていました。これも名曲度が高いと思っています。
17, Eastern Intrigue 東方の陰謀
ソロ6枚目「未来神」からです。不思議な曲調でいろんな宗教神が登場します。よくこれをライブで・・・と思ってしまいます。
18, Initiation 未来神
同じく6枚目のアルバムのタイトルナンバーです。スタジオ・バージョンよりもアップテンポで攻めてます。
19, Could’t I Just Tell You 伝えずにいられない
「サムシング/エニシング?」からのブリティッシュを感じさせるハード・ドライヴィング・ナンバーです。
20, Hello It’s Me ハロー・イッツ・ミー
同じく「サムシング/エニシング?」からのヒット曲で、豪華なゲストと一緒に大団円です。

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