私にとって天才的メロディメイカーといえば、真っ先に思い浮かぶのがエルトン・ジョンです。
ポール・マッカートニーやジョン・レノン、スティーヴィー・ワンダーなどももちろん天才ですが、エルトン・ジョンの場合は楽曲のメロディから内面にあるナイーヴでコンプレックスの塊みたいなところが曝け出されているように感じるのです。
他の天才たちとは違うあまりに優しい、繊細な部分に触れているように感じるからかもしれません。
それはなんか危うい世界でもあって、ちょっと間違ったら精神的に不安定な方向へ行って壊れそうとか、閉じて引きこもってしまうのでは、なんて思ってしまいます。
しかもそういう人に限って、人前では本心とは真逆の思いっきり奇抜な格好をしたり、横柄に見える態度を取ったりするものなのです。なんてそんなことまで感じさせます。
そういうエルトン・ジョンが1975年の絶頂期にリリースしたのが「キャプテン・ファンタスティック・アンド・ブラウン・ダート・カウボーイ=邦題 : キャプテン・ファンタスティック」です。
内容は作曲家エルトン・ジョンが「キャプテン・ファンタスティック」であり、アメリカに憧れる作詞家バーニー・トゥーピンが「ブラウン・ダート・カウボーイ」として描かれています。
エルトン・ジョンがブレイクするまでを描いたような物語になっています。
言ってしまえばトータル・コンセプト・アルバムです。
でもビートルズの「サージャント・ペパーズ」とかザ・フーの「トミー」とかピンク・フロイドの「ウォール」みたいな大作で大袈裟なものではなく、至って普通の、私小説的な内容です。
近いものといえばザ・キンクス1969年の「アーサー、もしくは大英帝国の衰退もしくは滅亡」くらいのスケールです。
でもエルトン・ジョンはちゃんと自分に向き合っているのに対し、レイ・ディヴィスのはタイトルは壮大だけどカーペット職人だった従兄弟の話というナナメに構え、皮肉っぽさ満載ですからねえ・・・。
この「キャプテン・ファンタスティック」、メロディと感情表現だけでここまで印象深い作品になってしまいました。
流石エルトン・ジョン、真の天才ならではの完成度です。
アルバムジャケットも凝っていて、カバーはポップアートのアラン・アルドリッジがデザインしたもので、オランダ人画家のヒエロニムス・ボスのルネッサンス絵画「快楽の園」からイメージしているとのことです。
大ヒットシングルが入っているわけでも、他のコンセプトアルバムみたいに壮大な世界を描いたものでもないにも関わらず、それでも売れに売れました。
エルトンもこのアルバムについては思い入れが強いようで、2006年のインタビューで
「キャプテン・ファンタスティックは商業的要素が全くなかったからおそらく私の最高傑作だと常々思ってきた」
と答えています。
また内容についても
「最初から最後まで、流れに沿って書かれた。失敗を受け入れる、あるいは失敗しないように必死に努力する物語として。私たちはその物語を生きたのさ」
と答えています。
今までと違ってエルトンとしてはここでじっくりと丁寧に、満足いくまで自分が演りたいこと、表現したいことができたアルバムでした。
それまでのように1、2週間で、しかもスタジオで作曲しながらレコーディングするといった慌ただしいものではありません。
レコーディングはコロラド州ネダーランドのロッキー山脈沿いの牧場に建てられたカリブー・ランチ・スタジオで、1ヶ月くらいの十分な時間をかけて行われました。
(最終ミキシングはロンドンのマーキー・クラブ・スタジオです)
惜しむらくはこのアルバムを最後にエルトン・ジョン・バンドのオリジナル・ラインアップだった
ギターのディビー・ジョンストン、
ベースのディー・マレー、
ドラムのナイジェル・オルソン
の1970年代最後の参加アルバムとなってしまいました。
1976年の「ブルー・ムーヴス」以降バーニーとも離れていましたが、嬉しいことに1980年のアルバム「21 at 33」でバーニー・トーピン含めまたこの時のメンバーが参加することになります。
そしてまた売り上げ含めて上昇気流に乗っていくのです。
改めて、相性というものはいい仕事をするための重要なファクターなのですね。
(エルトン・ジョンの場合は特に)
このアルバムが発売された時のことをなぜか覚えています。
中学生の時でした。
FMラジオから女性アナウンサーの声で「エルトン・ジョンの新しいアルバムが発売になりました。アメリカではなんと史上初の予約段階でゴールドディスクとなっていて、発売と同時にヒットチャート1位となっています」。と紹介されていました。
なんと発売2週間前に予約でゴールドディスクとなり、リリース後1週間で140万枚を売り上げ、7週間ヒットチャートの1位にいました。
1993年3月にはRIAAによりプラチナ、およびトリプルプラチナの認定を受けることになります。
今からしているとホント1975年はロックの豊作の年です。
ブルース・スプリングスティーン「明日なき暴走」、
クイーン「オペラ座の夜」、
ボブ・ディラン「血の轍」、
ジェフ・ベック「ブロウ・バイ・ブロウ」、
レッド・ツェッペリン「フィジカル・グラフィティ」、
ピンク・フロイド「炎」
などとんでもないロックアルバムが量産された年なのでした。
今年リリース50周年ということで「キャプテン・ファンタスティック」のアニバーサリー・エディションがリリースされました。
さすがはエルトン・ジョン、時代を超えたメロディメイカーです。
アルバム「キャプテン・ファンタスティック」のご紹介です。
演奏
エルトン・ジョン
リードヴォーカル、アコースティック・ピアノ(Tr.1,2,3,5,6,7,9,10)、フェンダー・ローズ(Tr.1,4,5,8)、クラビネット(Tr.4,6)、ARPストリングアンサンブル(Tr.5)、ハープシコード(Tr.9,10)、メロトロン(Tr.9,10)、ハーモニーヴォーカル(Tr.7,8)
デイヴィッド・ヘンチェル ARPシンセサイザー(Tr.9,10)
ディビー・ジョンストン
アコースティック・ギター(Tr.1,5-10)、エレクトリック・ギター(Tr.1-4,6,9,10)、マンドリン(Tr.1)、レスリーギター(Tr.5)、バックヴォーカル(Tr.3,5-10)
ディー・マレー ベースギター、バックヴォーカル(Tr.3,5-10)
ナイジェル・オルソン ドラム、バックヴォーカル(Tr.3,5-10)
レイ・クーパー
シェイカー(Tr.1,5,8)、コンガ(Tr.1,3,4,9,10)、ゴング(Tr.1)、ジョーボーン’Tr.1)、タンバリン(Tr.1-6,9,10)、ベル(Tr.3,9,10)、シンバル(Tr.5)、トライアングル(Tr.7,8)、ボンゴ(Tr.8)
ジーン・ペイジ オーケストラ・アレンジ
プロダクション
プロデューサー ガス・ダッジョン
エンジニア ジェフ・ゲルシオ
アシスタント・エンジニア マーク・グエルシオ
リミックス ガス.・ダッジョン、フィル・ダン
リマスター トニー・カズンズ
5.1ミックス グレッグ・ペニー
デジタル・トランスファー リッキー・グラハム
アート・ディレクション、グラフィック・コンセプト
デイヴィッド・ラーカム、バーニー・トーピン
カバー・デザイン・イラスト
アラン・アルドリッジ、ハリー・ウィーロック
ブックレット・イラスト
アラン・アルドリッジ、ジョン・ヘア
パッケージ・デザイン デイヴィッド・ラーカム
インナースリーヴフォト テリー・オニール
ブックレットフォト
サム・エマーソン、デイヴィッド・ラーカム、アンソニー・ロウ、マイケル・ロス・イアン・ヴォーン
ライナー・ノーツ
ジョン・トプラー、ポール・ガンバッチーニ(デラックス・エディション)
曲目(全ての曲はエルトン・ジョン・およびバーニー・トーピンによって作詞、作曲されました)
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy キャプテン・ファンタスティックとブラウン・ダート・カウボーイ(エルトン、バーニーの華麗な夢)
派手なジャケットデザインとは反対に訥々とアコースティックなサウンドが始まります。ドラムとベースが加わるとなんとも言えないエルトン・ジョンらしいサウンドの世界です。キャプテン・ファンタスティックとブラウン・ダート・カウボーイが出会うまでが語られます。
最後は
“We’ve thrown in the towel too many times
Out for the count and when we’re down
Captain Fantastic and the Brown Dirt Cowboy
From the end of the world to your town”
「俺たちは何度もダウンして、何回もタオルを投げてきた。
キャプテン・ファンタスティックとブラウン・ダート・カウボーイ。
でも世界の果てからあんたのところまで行くぜ」
で、終わります。
2, Tower of Babel バベルの塔
またまた暗ーい感じで始まります。歌詞ももちろん暗いです。ドラムとベースが加わって徐々に熱量が上がってきます。ギターソロがドラマチックです。
日本人にはバベルの塔と言っても聖書に出てくる大きな塔というくらいしかイメージできませんが、それでも最後の
“In the tower of Babel
Watch them dig their graves
‘Cause Jesus don’t save the guys
In the tower of Babel, no, no, no”
「バベルの塔で彼らは自分たちの墓を掘っている。
だってイエスは男たちを救わない
バベルの塔、ノー、ノー、ノー」
なんとも胸に染み入る詩です。
3, Bitter Fingers 苦しみの指先
ツアーに明け暮れ、曲作りに忙殺される生活を歌っています。
ピアノ弾き語り風の綺麗な曲で始まりますがロックンロールに変わります。
完成された演奏が素晴らしいです。
4, Tell Me When the Whistle Blows 汽笛が鳴ったら教えて
R&B調の曲です。ヴォーカル、リズム、ストリングスアレンジ等、この曲もすごく完成されています。
故郷に帰る汽車を待っている。でも「長い間、行方不明の少年。あなたは家に帰るただの厄介者」と謳われます。
5, Someone Saved My Life Tonight 僕を救ったプリマドンナ
エルトン・ジョンのリンダ・ウッドロウとの破綻した婚約と、それに関連する1968年のの自殺未遂を描いた反自伝的な物語です。
誰でも身に覚えがあると思いますが、エルトン・ジョン自身も人付き合いの下手なことを歌っているように感じます。
全米ポップシングルチャートで4位まで上がりました。ドラマチックに盛り上がるエルトンならではのメロディ、名曲です。
ライブバージョンです。
6, (Gotta Get a) Meal Ticket ミール・チケット
LPレコードでB面の開始です。一番の激しいロックンロールです。ハードにドライブしたギターソロがあります。個人的にはもっと弾きまくってもいいかと。
内容は社会の底辺で生活する、食事の配給券を手に入れなければ、という歌です。
7, Better Off Dead 僕に迫る自殺の誘惑
タイトル通り「死んだ方がマシ」というなんともな内容で、ある意味これもエルトンらしい世界です。ピアノ弾き語りで始まります。今ではありえないショートディレを使ったリズムのエフェクトも出てきます。
8, Writing ライティング(歓びの歌をつくる時)
エルトンとバニーの曲を作るプロセスを描いています。
やっと重い雰囲気から明るい世界に変わります。徹頭徹尾この明るいサウンドが帰ってエルトンの闇を・・・
9, We All Fall in Love Sometimes 幼き恋の日々
良きに解釈すれば、誰でも経験のある初恋の苦い思い出の歌です。
エルトン・ジョンの同性愛を歌っているとも言われています。
10, Curtains ベールの中の思い出
最後はしみじみとした歌なのでした。
「この古い案山子を昔から知っている。彼は私の歌だった。喜びも悲しみも・・・」と続きます。
ここでオリジナルアルバムは終了し、次からはボーナストラックです。
11, Lucy in the Sky with Diamonds ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド
この時期、エルトンはジョン・レノンと親密でした。お互いに繊細で似た感性をしていたのだろうと思えます。ただしジョンは奔放な悪ガキ体質であったのに対し、エルトンはいじめられっ子体質だったような気がします。(個人の見解です)
12, One Day at a Time ワン・デイ
これもジョン・レノンの作です。アルバム「マインド・ゲームス」に収録されており、エルトンのカバーもいい感じです。
13, Philadelphia Freedom フィラデルフィア・フリーダム
この曲はシングル曲でLPレコードには入っていません。
この曲があると本来のアルバムの良さが失われる、こんな軽い感じのナンバーは不要、という評価もあります。
しかしさすがはこの時期のエルトン・ジョン、大名曲です。
あまりに名曲ゆえ、私としてはこの曲でリセットされ、また新しい気持ちでアルバムを楽しめるものとなっています。
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