アート・ペッパーはアメリカ西海岸を代表するジャズミュージシャンです。
この人は一見すると“伊達男で遊び人”みたいに見えます。しかし彼の演奏するサックスの音は綺麗で繊細でもの悲しく、なんとも優しい感情が湧き上がります。
ずっと聴いていると、この人はただのエエカッコシイとは思えません。音が人柄を表しているようです。
そこが表現者として人を惹きつける要因なのだろうと思います。
アートは1925年9月1日にカリフォルニア州ガーデナに誕生しました。両親は二人ともアルコール依存症で大変だったようです。14歳で家出しました。(相当、苦労してますね)
17歳でベニー・カーターと共にプロとして音楽活動を開始し、その後スタン・ケントン・オーケストラの一員に加わります。1943年に徴兵されるまでツアーに参加していました。
そして1952年から本格的に録音を開始します。(本格リリースは1956年ですが)
1982年6月15日に56歳亡くなるまで50枚を超えるリーダーアルバムと40枚を超えるアルバムに参加しました。
評論家スコット・ヤノウはアートが亡くなった時、「世界の偉大なるアルト奏者になるという目標を達成した」と言っています。
彼の人生は順風満帆とは程遠いものでした。
ジャズミュージシャンにはありがちですが、薬物依存で1954年、1960年、1961年、1964年と4回ほど薬物関連の懲役刑を受けて、各1年から3年ほど音楽活動は中断しています。
そういうなんとも“おもいっきり破滅型の人”なんですが、生い立ちを思うと私なんぞでは想像できないような葛藤があったのだと思います。
しかしながら亡くなるまで高いミュージシャンシップを維持し、音楽の品質を落とさなかったとも言われています。
そういう本物のアーティストです。
アートはアメリカ西海岸を拠点とするミュージシャンでした。
時代的にアートが活躍する1950年代あたりになると、モダンジャズと呼ばれるようになっていきます。
それは大きく分けてニューヨークを拠点とする東海岸のジャズ(イースト・コースト・ジャズ)と、ロサンゼルスを拠点とする西海岸ジャズ(ウエスト・コースト・ジャズ)です。
またこの頃からレコードが爆発的に普及します。
それはラジオで聴くとかクラブに行くとも違い、生活の中でいつでも好きな時間に自由に、繰り返し音楽が聴けるというまさに革命的な出来事でした。
またこのモダンジャズの時代に合わせるように録音技術も発達して音質が格段によくなり、音楽の技術、熱気、興奮、感情などをリアルに記録することができるようになりました。
それに合わせてポップス、ジャズは今までにないような勢いで広がっていきます。
そうやって情報量が多くなるほど一人一人の個性や技法もわかるようになります。
音楽マニアやオーディオマニアが出てくるようになり、レコード業界、オーディオ、電気製品業界はより活気を増してきます。
東海岸ジャズ(イースト・コースト・ジャズ)はブルーノート、プレスティッジ、リバーサイドなどのレーベルに代表されます。
黒人のファンキーとかブルーズ感みたいなことが主体となります。ハードバップの名盤とはイースト・コースト中心で録音されたものが多いようなイメージです。
反対に西海岸ジャズ(ウエスト・コースト・ジャズ)は白人主体で内容は小粋で繊細とか、明るく豪快な中にもブルーズが滲み出るような雰囲気という面があります。
代表的なところではデイヴ・ブルーベックの「テイク・ファイヴ」やチェット・ベイカーやアート・ペッパーに代表されるクールでスタイリッシュなジャズというところです。(付け加えると刹那で破滅型というイメージです)
有名レーベルとしてはコンテンポラリー、パシフィックなどがあります。
ただし、絶対そうだと決めつけられるものでもありません。クール・ジャズの発端だったマイルス・デイヴィスはニューヨークのミュージシャンですし、見た目にもいかつく豪胆で、お世辞にもおしゃれでクールとは言い難いチャールズ・ミンガスはロサンゼルスで育った西海岸の人だったりします。
共通しているブルーズ感覚はもちろんどちらのジャズにも感じられます。
そういう中でもこのウエスト・コーストを代表するアート・ペッパーの存在は特別です。
紹介する57年リリースの「モダーン ・アート」は7枚目のリーダーアルバムとなります。
アート・ペッパーらしい繊細なアルトサックスの音と彼流のブルーズ で始まり、彼流のブルーズで終わります。疲れた1日の終わりに聞くととっても癒される愛聴盤です。
タイトルがダブルミーニングで完全に2つの違う意味を指しているところにも小洒落たセンスを感じるのです。
演奏
アート・ペッパー アルトサックス
ラス・フリーマン ピアノ
ベン・タッカー ベース
チャック・フローレス ドラムス
曲目
*参考までに最後部にyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Blues In ブルーズ・イン
最初と最後の「ブルーズ・イン」「ブルーズ・アウト」はベースのベン・タッカーとのデュオです。アルトサックス の本当に綺麗な音が堪能できます。
2, Bewitched 奥様は魔女
(Richard Rodgers, Lorenz Hart)
年配の人はみんな知ってそうな美しいメロディのスタンダードです。
3, When You’re Smiling フェン・ユー・アー・スマイリング
(Larry Shay, Mark Fisher, Joe Goodwin)
これもメロディの綺麗な曲です。
4, Cool Bunny クール・バニー
早いテンポの曲ですが余裕を感じます。改めてピアノの音が独特だなぁと感じます。
5, Dianne’s Dilemma ダイアンのジレンマ
これも軽快なテンポで進みます。ちょっと変わっているテーマをピアノとアルトサックス のメロディで奏でます。
6, Stompin’ At The Savoy サヴォイでストンプ
(Edgar Sampspn, Chick Webb, Benny Goodman, Andy Razaf)
これもスタンダードナンバーです。クールで丁寧な演奏です。
7, What This Thing Called Love? 恋とは何かご存知ない
(Cole Porter)
コール・ポーターの作曲したスタンダードナンバーです。
8, Blues Out ブルーズ・アウト
アルバムの締めは1曲目と対のアート・ペッパーのブルーズで終わります。
孤高のスタイリスト、アート・ペッパー。何よりもきらびやかで艶のあるサックスの音に癒されます。
東海岸、ニューヨークで当時マイルス・デイヴィスに鍛えられていた猛者どもとコラボした「アート・ペッパー・ミーツ・ザ・リズム・セクション」もおすすめです。マイルスの繊細さとはまた違います。
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