

「ボーン・イン・ザ・USA」は1984年6月4日にリリースされたブルース・スプリングスティーンの7枚目のスタジオ・アルバムです。
このアルバムについてはリリースされた当時、リアルタイムでスプリングスティーンを聞いていたので、状況はよく覚えています。
日本でも前評判から上々で、誰もがこれはものものすごいヒットするのを確信していました。
そしてリリースされると社会現象と言われるくらいにヒットしました。
スプリングスティーンは時の人、スーパースターとなり、音楽以外のメディアでも取り上げられていました。
アルバムは英米を含む9カ国で首位となり、さらに7枚のシングルがカットされ、7枚ともにトップ10ヒットとなりました。
(この時期、取り憑かれたように多作で、90曲近くレコーディングされていたらしい)
私の周りにもこのアルバムを体験してロックに目覚めてしまった後輩が数人現れたほどです。
「ボーン・イン・ザ・USA」は世界中で新しいロック讃歌として熱狂的に支持されました。
しかしながら当時、私は天邪鬼だったのです。
前々作「ザ・リバー」まではとっても好きなミュージシャンだったのですが、前作「ネブラスカ」を聴いて「もしかしてヤバい方向へ行ってね?」と思っていました。
その「ネブラスカ」の思い出といえばこういうトラウマが・・・
その昔、銀座にソニービルというソニーのビルがありました。
そこにソニーのオーディオ視聴ルームがあり、ある時友達に誘われたのです。
「今度ソニーから画期的な平面スピーカーなるものが発売されるらしい、視聴会があるから付き合わないか」
と言われて昼飯を餌についていきました。
そこで視聴用にかけられていたのが「ネブラスカ」だったのです。
スプリングスティーンが自宅でTASCAMの4chカセットテープレコーダーに録音した音源です。
これ試聴会で使うなんて・・絶対間違ってますよね。
その頃はもうスティーリー・ダンも「ガウチョ」をリリースしていたし、イーグルスとかジャクソン・ブラウンとかリンダ・ロンシュタットとかビリー・ジョエルとか、ピンク・フロイドとか、それなりのいい音源は他にいっぱいあったはずなのに・・・なんならシャーディーあたりもデビューした頃です。
オーディオ若輩者だった私でさえ「なんか歪んでいるし、これいい音なのか。というかこれってスピーカーのせいか?」と素直に思っていました。
「ネブラスカ」のサウンドの異質さを感じるための試聴会ならいざ知らず、新作スピーカーの試聴会にはちょっと、という感じです。
ただし、「ネブラスカ」も音はあえてチープにしてありますが、内容は素晴らしく評価は高いものがあります。
たとえば収録曲の「ハイウェイ・パトロールマン」は1991年にこの曲にインスパイアされたショーン・ペンが監督となって「インディアン・ランナー」として映画化されました。
ちなみに「ハイウェイ・パトロールマン」とは警察官が持つ拳銃S&Wの41マグナムの愛称です。
ジョニー・キャッシュもこのアルバム「ネブラスカ」から「ハイウェイ・パトロールマン」と、「ボーン・イン・ザ・USA」から「アイム・オン・ファイア」をカバーしています。
(アメリカの漢(おとこ)のお墨付きということです)
ともあれ当時、ブルース・スプリングスティーンについては一連の流れからして手放しで喜べない状況でした。
世の中の経済はバブルに向かって突き進んでいった時代です。
浮かれる世間とは反対にこのあたりからスプリングスティーンを聴かなくなっていきました。
しかし20年以上経ってからまた転機が訪れます。
2009年リリースの「ワーキング・オン・ア・ドリーム」に収録された「アウトロー・ピート」を聴いて衝撃を受け、忘れられなくなってアルバムを手に入れました。
それを機会にさらには過去のアルバムも遡って集めました。
「ボーン・イン・ザ・USA」以降、ブランクがあってリリースした「トンネル・オブ・ラブ」からもスプリングスティーンは素晴らしいアルバムをリリースしていたのをやっと知ったのでした。

それから40年経過した2025年、スプリングスティーンの伝記映画「デリバー・ミー・フロム・ノーウェア」が公開され、それをみた60過ぎのおっさん(私です)の認識が変わりました。
スプリングスティーンのアルバムを20枚近く持っているにも関わらず、このおっさんは悲しいくらいに何にもわかっていなかったのです。
「ネブラスカ」と「ボーン・イン・ザ・USA」のつながり、スプリングスティーンの心の葛藤、などを考えれえばまた聴き方、接し方も違ってきます。
MTVなどで感じたあの太ってきた姿も鬱病からくるものだったんですね。
「ボーン・イン・ザ・USA」で終盤に歌われる “I’m a Cool Rockin’ Daddy in the USA”「俺はアメリカのイカしたロッキン・ダディなのさ」 というのも本当の意味がやっとわかりました。
一時思っていた、“売れに売れてチヤホヤされて怠惰な生活を送り、ハングリーさを忘れてしまった豚野郎”ではなかったのです。
(さすがに言い過ぎです)
この映画について言わせてもらうと、なかなか良くできているストーリー(半分実話)です。
見終わってふと
「やっぱり、アーティストとは自分中心で、付き合った女性の生活とか失った時間なんていうことには考えないものなんだなあ。でもそれくらいでないと普通の人以上の音楽表現なんてできないんだろうなあ」
と思った次第です。
そういうふうには生きられない自分の器がよくわかります。
このアルバム「ボーン・イン・ザ・USA」で大成功してスーパースターの仲間入りをしたスプリングスティーンです。
「We Are the World」にもロック代表みたいな感じで出演しました。
しかしその後、精神的な苦境もあって立ち直りに時間がかかりましたが、徐々にまた過激さと心を抉(えぐ)るような曲の詰まったアルバムをリリースしていきます。
だいぶ歳をとってからは「30代の頃から自分は精神的に不安定なやつだった」と公言するようになりました。
ということは今は安定しているということなんでしょう。
年齢を重ねて顔つきも精悍になってきました。
政治的な発言も多く、ロック・ミュージシャンには多い民主党支持を表明しています。
(そこはイマイチわからないところです)
2012年にスティーヴン・ヴァン・ザントはインタビューで「私が知っている中で唯一ドラッグをやらなかった男だ」と答えていました。
珍しくクリーンな男だったのです。
今でも音楽活動は続けています。
2020年には「レター・トゥ・ユー」がチャート2位まで上昇し、60年間(10年周期で)トップ5アルバムをリリースし続けた唯一人のアーティストとなりました。

アルバム「ボーン・イン・ザ・USA」のご紹介です。


演奏
ブルース・スプリングスティーン リードヴォーカル、ギター
<Eストリート・バンド>
ロイ・ビタン シンセサイザー、ピアノ、バックヴォーカル
クラレンス・クレモンズ サックス、パーカッション、バックヴォーカル
ダニー・フェデリン ハモンドオルガン、グロッケンシュピール、ピアノ
ギャリー・タレント ベースギター、バックヴォーカル
スティーヴン・ヴァン・ザント アジョースティックギター、マンドリン、ハーモニーヴォーカル
マックス・ワインバーグ ドラムス、バックヴォーカル
ゲスト・ミュージシャン
リッチー・ラ・バンバ・ローゼンバーグ バックヴォーカル(Tr.2,7)
ルース・ジャクソン バックヴォーカル(Tr.12)
制作
・プロデューサー
ブルース・スプリングスティーン、ジョン・ランドゥ、チャック・プロトキン、スティーヴン・ヴァン・ザント
・エンジニア
トニー・スコット
・ミキシング
ボブ・クリアナウンテン
・アシスタント・エンジニア
ジョン・ダベンポート、ジェフ・ヘンドリクソン、ブルース・ランプコフ、ビリー・ストラウス、ゾーイ・ヤナキス
・マスタリング
ボブ・ルドウィグ
・エンジニア(Tr.2)
ビル・シェニマン
・アートディレクション、デザイン、カバーデザイン
アンドレア・クライン
・フォト
アーニー・リーボヴィッツ
・追加撮影
デヴィット・ガー


曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Born in the USA ボーン・イン・ザ・USA
1曲目からいきなりハイ・ボルテージです。力技で持っていかれます。
コードはBとEの2つのみです。
バスドラムの入り方、フレーズや、曲が始まって50秒あたりからベースが入ってくるところなど実に計算されてロックのカタルシスを感じます。
いやバンド全員が本能的にロックのノリがわかっているところがまたすごいと素直に思います。
シングルカットもされました。
悲痛な抗議の歌なのですが、当時の日本では割と「アメリカ讃歌」と思っている人も多かった感じです。
2, Cover Me カバー・ミー
割とシンプルでノスタルジックなリズムのロックンロールです。
「厳しい時代を生きていく」宣言です。
アルバムから2枚目のシングルカットとなりました。
3, Darlington County ダーリントン・カウンティ
ロックな曲が続きます。
ニューヨークからサウスカロライナのダーリントン郡へドライヴする歌です。
まだ911前で健在だったワールド・トレード・センターも歌詞に出てきますが、深い意味はわかりません。
4 Working on the Highway ワーキング・オン・ザ・ハイウェイ
ロカビリー調のナンバーです。
この頃、ネオ・ロカビリー・ブームもありストレイ・キャッツも全盛でした。
5, Downbound Train ダウンバウンド・トレイン
スローテンポのロックでバラード風です。
シングルカットはされていませんがこのアルバムの中でも非常に評価の高い曲で、不況で職を失う内容はアルバム「ネブラスカ」と同じ雰囲です。
Downbound Train = 下り列車=都落ち、ということか。
6, I’m on Fire アイム・オン・ファイアー
4枚目のシングルとしてもリリースされ、なんかすごいタイトルですが焦燥感を感じている歌です。
セッションの比較的初めの方でレコーディングされ、スプリングスティーンが初めてシンセサイザーを使用した曲だそうです。
内容はジョニー・キャッシュにインスパイアさえて作ったそうですが、逆にジョニー・キャッシュも後にこの曲をカバーすることになりました。
7, No Surrender ノー・サレンダー
これまたロックなタイトルで、サウンドも完全無欠なロックです。
ただシンプルすぎるのでコンサートでは盛り上がるのですが、ボーン・イン・ザ・USAツアーではだんだんと演奏しなくなっていったそうです。飽きたのでしょうか?
内容は悪ガキのロックンロール賛歌です。
その後のツアーではまたセットリストに復活します。
8, Bobby Jean ボビー・ジーン
スプリングスティーンらしいロック・バラードです。
クラレンス・クレモンズのサックスもいい調子です。
9, I’m Goin’ Down アイム・ゴーイング・ダウン
これも「ワーキング・オン・ザ・ハイウェイ」同様、ちょっとロカビリーっぽいナンバーです。
6枚目のシングルとなりました。
個人的にトム・ペティ&ハートブレイカーズを彷彿します。(特にイントロ)
10, Glory Days グローリー・デイズ
個人的にとってもアメリカっぽいタイトルだと思うのです。
5枚目のシングルカットとなりました。
11, Dancing in the Dark ダンシング・イン・ザ・ダーク
アルバムからのファースト・シングルです。
ポップでメロディアス、別に悪い曲ではないのですが、個人的にミュージックビデオのせいで・・・
12, My Hometown マイ・ホームタウン
シンセサイザーが印象的なバラードで、「ネブラスカ」と同じ世界を築いています。
スプリングスティーンらしい名曲です。
これもシングルになっています。(7枚目)
ついでに思いっきりヘヴィーな(重たいということです)「ネブラスカ」もいかが?

コメント