「1960年代後半から始まった1975年までの『エレクトリック・マイルス』期の頂点と言われる名盤がこれです」Agharta : Miles Davis / アガルタ : マイルス・デイヴィス

 さて、マイルス・デイヴィスでございます。

私の自分に勝手に与えた課題「オペレーション・電気マイルス」も佳境に入って参りました。
未だ私にとってマイルス・ディヴィスとは眼前に立ちはだかる大きなお山です。
もちろん障害などではありません。
ある種、気合が入りチャレンジ精神を掻き立ててくれます。

なんとか踏破して極めてやろうと思うのですが、これがどうしてなかなかの難敵です。
追いかけるほどにより遠くに、より深くなっていきます。

もちろんマイルスほどの音楽家となれば一家言持ってらっしゃる人が世界中うじゃうじゃいそうなことは容易に想像できます。
そのあたりになると、こと音楽に限っては雑食性である私にとっては怖い世界ではございます。

道を極め、ある域に達したものでないとジャズを、コルトレーンを、マイルスを語ってはならぬ。
10年や20年くらいマイルスを聞いてきたからといって訳知り顔で語るとは何事か、とされてきた感もある昨今なのでございます。

でもなんと言いますか、マイルスは面白いのです。
得体の知れない面白さをい持っています。
この面白さを一部の人の特権にしてしまう訳にはいきません。

とはいっても私は他の人以上にマイルスを理解しているわけでも、聞き込んでいるわけでもありません。

実際「クールの誕生」は三十代の頃聴いて、「あ、これ、そのうち時間ができたらまたゆっくりじっくり聴いてみよう」と思ったまま今になってしまいましたし、「ラバーバンド」に至っては買ってから「あっ、すいません、これ・・・大丈夫です」と一度しか聴いていません。
素直に「今聞きたい音じゃない」と思いました。

でもきっと、そのうちわかる日が来ると思っています。

マイルスとはそういう人です。
どの時代のアルバムもいつ聴いても新たな発見がありますし、実際、二十代で聴く「リラクシン」と五十代で聴く「リラクシン」は聴きどころが全く違っておりました。

そしてなんといっても一番面白いのは「エレクトリック・マイルス」の時代です。

1968年の「マイルス・イン・ザ・スカイ」からマイルスはアコースティック・ジャズから離れてエレクトリック・サウンドを取り入れていきました。
いろんな変遷を経て体調不良による引退(復帰するので長期休養です)となる「アガルタ」および同日収録の「パンゲア」までがそう呼ばれる時代となります。

最初はスタジオアルバムを元にこの時期を追いかけようとしました。
そのほうがマイルスの望むサウンドがはっきり現れていると考えたからです。

で、それでいくとマイルスの意思を持ったスタジオアルバムというのは「オン・ザ・コーナー」で終わりです。
その後、引退(長期休養)までには「ビッグ・ファン」「ゲット・アップ・ウィズ・イット」「ウォーター・ベイビーズ」と続きますが、これらは全て今までの音源をまとめた編集盤です。
(と言っても拝聴するに値しないとか統一性の無い寄せ集めということではありません。何せマイルスの音楽です。価値など無い訳がありません。拝聴するのはもっと王道のアルバムを聴き込んで、より深く味わいたいと思った時なのです)

マイルスは「オン・ザ・コーナー」以降、1975年の引退までに上記の三枚のコンピレーション・アルバムと「イン・コンサート」「ダーク・メイガス」「アガルタ」「パンゲア」という四枚のライブアルバムをオフィシャルな形でリリースしています。

この時期のコンサート活動は盛んで海賊版も含めると夥しい数に上ります。
「マイルスは経済的に破綻しかけていて、手っ取り早く金になるコンサートばかりしていた」という説を聞いたことがあります。
真偽は不明ですが、そういう事情も一因ではあったのかも知れません。
でもマイルスは所詮エエカッコシーですので、そういった意味で評価の下がることはしないような気もします。

スタイリストですのでチャレンジして失敗するとかならまだサマにもなろうかと。
マイルス的にはあとで倍返しで挽回してみせるからOK、ノー・プロブレムと考えると思われます。
しかし短絡的で下世話な金とか色恋もので評価を落とすのはスタイリストとしてのマイルスに反するので、そこは絶対に回避すると思うのです。

とあれこの時代、マイルスは取り憑かれたようにライブをして、この新しいジャズに取り組んでいきました。
そこには不滅のマイルスの音が残っています。

その一つ、象徴的なアルバムがこの「アガルタ」です。
アガルタとは東洋の神話に出てくる地下のユートピア都市のことだそうです。
CBSソニーによって考案されました。

ライブの模様はマイルスの15年来の付き合いのあるプロデューサー、テオ・マセロの監督のもと日本のCBSソニー・レーベルのスタッフによってレコーディングされました。

わたくしは正直、このアルバムを聴くのが怖かったのです。
なぜならあの「オン・ザ・コーナー」の後です。
あのアルバムは、名盤と紹介しといて今更なんですが、完全に自分のものにはなっていませんでした。
すごいとは思うものの好きか、しょっちゅう聴いているのかと言われればなかなかうんとは言えません。
聴いてみようと思うのは1年に1回くらいのものです。

歴史的な価値、創作的な素晴らしさは認めるものの音楽として心から楽しめるアルバムではありませんでした。

してこれはその後のライブなのです。
さっぱり意味不明で良さがわかるまで50年くらいかかるかも知れません。

「またここで新たな難題を抱え込むのか」などと自分のM体質を呪いながら「アガルタ」に挑戦です。

このアルバムは1975年2月1日、大阪フェスティバルホールでの昼公演(といっても午後4時くらいからだったらしい)の記録です。
ちなみに夜公演は「パンゲア」として翌年にリリースされることになります。
これまたLP二枚組で2曲、一枚目「ジンバブエ」、二枚目「ゴンドワナ」というなんともオンエアとかプロモーション無視の潔い内容です。
もちろんこちらも聞き応えマックスです。
マイルスのファンだったら必聴のアルバムです。

ちなみに「アガルタ」のジャケットデザインはサンタナなどでも有名な、かの横尾忠則氏の格調高く凝ったデザインです。
それに比べれば「パンゲア」は手抜き感がハンパ・・・などといってはいけません。
今までの「ダーク・メイガス」や「ブラック・ビューティー」みたいなタイトルのかっこよさに反比例するような雑なデザイン?に比べればまだ日本らしい山があったりとマシなんです。
(きっと「赤富士」です)

(上記、「ダーク・メイガス」「ブラック・ビューティー」のジャケットです)

緊張の面持ちで「アガルタ」聴きはじめた途端、思いました。

「あれ、これって、かって知ったる、聴きなれた感覚」
そうです。またぞろ怖い世界を見せられるかと思ったら1曲目「アガルタへのプレリュード」は結構すんなりと耳に入ってきました。

この推進力のある力強いビートは体が知っているファンクです。
次の「メイーシャ」はボサノヴァチックで癒されます。優しく繊細で綺麗な曲です。

CD二枚目の「インタールード」から「ジャック・ジョンソンのテーマ」も実験的ではあるけれど、なんとも耳に体に浸透するのが早く聴きやすい、没入しやすいサウンドになっています。

「そうか、もしかしたら今までのアルバム『イン・ザ・スカイ』『サイレント・ウェイ』、『ビッチズ・ブリュー』『ジャック・ジョンソン』、『オン・ザ・コーナー』など全部、『アガルタ』と『パンゲア』を楽しむための基礎トレーニングだったのか」

はい、わたしは大馬鹿者です。(んなワケねーだろ、と突っ込まれそうです) 

当のマイルスはこの時期、体調が最悪の状態でした。
赤血球の異常による関節痛、交通事故で痛めた足首、手術の後遺症による股関節の痛みは重症で声帯結節も発祥して、痛み止めのためコカインおよびモルヒネに依存していました。
48歳のマイルスはそれでも3週間に及ぶ日本ツアーに乗り出し、エネルギッシュにパフォーマンスをしました。

この後、アメリカに帰国して3ヶ月間入院しました。
そして1975年9月5日、セントラルパークの公演中にマイルスは痛みを訴えて離脱し、コンサートは突如終了、マイルスは長期の静養に入ります。

そしてマイルスはこの時代にしては長期休養後、1981年7月に「ザ・マン・ウィズ・ザ・ホーン」で音楽界に舞い戻ります。(今の時代、5、6年のブランクは珍しくもありませんが当時は違いました)

今度のはタイトな作りのアルバムでした。休養期間の5年は音楽の中心がパンク、テクノ、ニューウェイヴ、ヒップホップと変化している時です。
当然ながらマイルスは今までの音楽を引き摺ることなく、何事もなかったように新しい世界を啓示して前進するのでした。

このライブアルバムはリリース当初は酷評の嵐でした。
1970年代のマイルスの二枚組LPで最も批判されたものとされました。

有名なところでは
ヴィレッジ・ヴォイスでゲイリー・ディギンズは

“誠に『嘆かわしい』レコードで彼の音楽的存在を主張することに失敗した”
とレビューしました。

ニューヨーク・タイムスのロバート・パーマーが

“長時間にわたる杜撰なワンコード・ジャム、支離滅裂なサウンド、そして非の打ちどころのない日本のエンジニアリングで明らかにされた陳腐な品質によって台無しにされた”
と評しました。
(軽く殺意すら湧きあがる評論です)

しかし、時とともに評価が変わってきます。

ボストン・グローブのネイサン・コブは

“それは『極めて広大なリズムの基盤、そして電子ジャズロックの未知の水域を通じてほかをリードする』マイルスの「70年代のある種の火災旋風」”
と評し、

ダウンビート誌のギルモアは

“バンドはサイド1と3の猛烈なスピードのセグメントで最高のパフォーマンスを行なった。
そこでのコージーの凶暴な即興演奏は、デイヴィスの悲しげなトランペットの演奏で補われた感のあるより遅いパッセージでは不足していた。驚くほどエモーショナルな次元を達成した”

レスター・バングスは

“「アガルタ」を断定的に評価するのは難し過ぎたものの、当時リリースされたほとんどの他の音楽よりも魅力的であることを見いだした”
とし、

フォノグラフ・レコードに

“デイヴィスの新しい音楽は、かつての明るい「エモーショナルな才能」が「強大な、恐らく耐え難い苦しみ」で打ち砕かれた彼の心の産物だったが、「それをのり越えた魂」は決して破壊されることなく、興味深いことに「自身の暗い寒さの中でユニークにより明るく輝くばかりで、残るのは、ただの宇宙だけである”
と書いた。

マイルスの伝記作家ジャック・チェンバースは

“彼のほかのエレクトリック・アルバムのほとんどよりも、はるかに優れていることを立証したと考えた。「メイーシャ」と「ジャック・ジョンソン」のセグメントは、デイヴィスがコントロールを失ったと多くが考えた音楽的な力の、魔法のような集中をもたらした”

ペンギン・ジャズ・ガイドのリチャード・クックとブライアン・モートンは2006年に

“エフェクトペダルは、実際には、彼がアルバムで驚くほど冒険的な演奏を達成するのを助け、「調和的な静的ラインで満ち引きをつくり出し、マイルスがシングル・ノートで巨大なメリスマ的変奏を構成することを可能にした”
と書いた。

クックは、

“それをデイヴィスの最高の作品のなかでも「ビッチズ・ブリュー」で探求し始めた音楽の頂点とした。彼の見解では、「雄大な」サウンドと規模を有するだけでなく、『アガルタ』は「偉大なバンド・レコード」であり、「デイヴィスは、たとえ細部を伝えるだけの貢献であったとしても、メンバーから並はずれたパフォーマンスを引き出すきっかけを与えた”

ロバート・クリストガウ

“「ジャック・ジョンソン」以来の最高の音楽”

ヘンリー・カイザー 

“ジャズのエレクトリック時代の最高のアンサンブル・パフォーマンス”

スティーヴ・ホルチェ 

“「砕ける美の瞬間と魂を引き裂く熱情」を刻むためにアルバムの「ヒーローたち」を指揮するデイヴィス”
と評した。

2002年、オール・ミュージック・ジャズ・ガイドのトム・ジュレックは、

“このアルバムは議論の余地なく「これまででもっとも偉大なエレクトリック・ファンクロック・ジャズのレコード」と評価し、録音された音楽の規範として「アガルタ」に及ぶものはない”
と断言した。

ベーシストのマイケル・ヘンダーソンは当時のことを

“日本人は非常に美しかった。スーツとネクタイでやってきたんだ。で、我々は100万台のアンプで連中を吹っ飛ばし続けた”

最後にマイルス・デイヴィスの言葉、リズムとドラムを強調したサウンドについて

“ディープなアフリカもの、ディープなアフリカ系アメリカ人のグルーヴに定着した”

(ほら、聴いてみたくなったでしょ)

アルバム「アガルタ」のご紹介です。

Amazon | アガルタ - マイルス・デイビス | マイルス・デイビス | ジャズ | ミュージック
アガルタ - マイルス・デイビスがジャズストアでいつでもお買い得。当日お急ぎ便対象商品は、当日お届け可能です。アマゾン配送商品は、通常配送無料(一部除く)。
Amazon | パンゲア - マイルス・デイビス | マイルス・デイビス | ジャズ | ミュージック
パンゲア - マイルス・デイビスがジャズストアでいつでもお買い得。当日お急ぎ便対象商品は、当日お届け可能です。アマゾン配送商品は、通常配送無料(一部除く)。

演奏
マイルス・デイヴィス  トランペット、オルガン
ソニー・フォーチューン  アルト、ソプラノサキソフォン、フルート
マイケル・ヘンダーソン  フェンダー・ベース
ピート・コージー  ギター、シンセサイザー、パーカッション
アル・フォスター  ドラムス
レジー・ルーカス  ギター
ジェームス・エムトゥーメ  コンガ、パーカッション、ドラムス、ウォータードラム、リズムボックス

プロダクション
テオ・マセロ  プロデューサー
鈴木智雄  エンジニアリング
笠井満  アシスタント・エンジニア
天野高章  アシスタント・エンジニア
CSIのメンバー  アシスタント・エンジニア
内藤忠行  写真
安斎重夫  写真
横尾忠則  アートワーク
中村慶一 CBS ソニー・プロダクション・ディレクション
読売新聞社  協力
ヤマハ  協力
児山紀芳  ライナーノーツ
半村良  ライナーノーツ

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。


1,   Prelude part1, part2 アガルタへのプレリュード パート1、パート2

力強く爆進するベースとドラムのリズムで始まり、次に左右のワウペダルを使ったギター、さらにアドリブで自由奔放に入るパーカッション、さらにさらにワウを使ったマイルスのトランペット。
普通ライブで3人同時にあの「飛び道具」とも言われるエフェクターを使うかなあ。などと思う私は凡人です。
と思っているとサックスの音が妙にジャズっぽくて懐かしくなったりするのです。
途中、何度も現れるマイルス指示のブレイクがまたカッコよく、このメンツでしか出せない魅力を十分に感じます。
左に聞こえるのがピート・コージー、右に聞こえるのがレジー・ルーカスのギターです。ジミ・ヘンドリクスに倣って全弦半音下げのチューニングだそうです。
コージーはSGタイプのソリッドギター、ギルドS-100を使用しています。
レジーのファンキーなギターカッティングとコージーのジミヘン風ブルーズギターが楽しめます。
ここにはハードバップ時代のように1音出せば空間の空気を一気に変えられるマイルスはいませんが、明確な意思を持って全体をマネージメントしていくマイルスがいます。

2,   Maiysha マイーシャ

打って変わってスローなボサノヴァタイプの曲です。
1974年のアルバム「ゲット・アップ・ウィズ・イット」に収められていたナンバーですが、オリジナルよりゆっくりとしたテンポで演奏されます。
この曲はフュージョンファンでも納得の心地良さだと思います。
ただし、ピート・コージーはジミヘンから離れません。
3分18秒からのキーボードの「みーー」という音が私には特に意味はないのですが、なぜかノスタルジックに聞こえます。
リズムが途中からロック風になってまた戻っていくところが快感です。
11分38秒で一旦終わって全く別の展開になります。
テオ・マセロによると編集はしていないとのことですのでここはアドリブなのか。
謎です。

3,   Interlude / Theme from Jack Johnson インタールード〜ジャック・ジョンソンのテーマ

ちなみになぜかウチのCambridge AudioとAudirvanaではタイトルが「Soaking」と表示されます。
「インタルード」はアルバム「ジャック・ジョンソン」の「ライト・ナウ」のフレーズです。
「ジャック・ジョンソンのテーマ」が始まってしばらくすると楽器とは思えないようなノイズと共に曲調が変わります。
ちょっとサンタナっぽい、いやプログレか、などと思っていると虫の鳴き声、動物の鳴き声と共に夜のアフリカの大地に連れて行かれます。
しばらく時間を忘れてアフリカの大地の緊張感と、でも癒される大自然の世界を感じていただきたいと思います。

コメント