

1960年代後半に生まれたハードロック。
その最初期にアメリカで最も有名だったパワートリオ、スリーピース・ハードロックバンドがグランド・ファンク・レイルロードでした。
『グランド・ファンク」はそのグランド・ファンク・レイルロードのセカンドアルバムです。
1969年12月29日にキャピトル・レコードよりリリースされました。
真っ赤に白でぶち抜いたド迫力ジャケットは強烈な印象を与え、もうツカミはOK、という感じです。
それにちなんで通称「レッド」とも言われているそうです。
4ヶ月前にリリースされたファースト・アルバムは「グランド・ファンク登場」でした。
1作目に続いてこれまたなんの誤魔化しもギミックもない直球勝負のハードロックという漢(おとこ)っぷりの良さでございます。
音は当然シンプル且つハード、なんとなく体育会系のノリを感じさせるものです。
ひたすらにシンプルなメロディをパワーで押しまくるアメリカン・ハードロックはそれまでまだ日陰の存在だったハードロックを一躍世界中に知らしめることになるのでした。
ファーストアルバムの成功に続きこのセカンドも当然のようにパワーで押しまくります。
と言っても時代は1969年です。
今のデスメタルなどのツーバス(バスドラムが2つあるセットね)連打でコンプレッサーもリミッターで極限まで音圧を追い込んだような音と比べれば、なんともブルージーでほのぼのしたサウンドに感じられるかも知れません。
しかし当時は今までにないようなハードな音でした。
この伝統はキッスやヴァン・ヘイレンなどを経由して今のアメリカン・ロックにも延々続いていっております。
アルバムのプロデューサーはファーストに続き、テリー・ナイトです。
このバンドにとってはさ初めてのRIAAによるゴールド・ディスク認定となりました。
またこのアルバムに引っ張られて、1970年になってファースト・アルバムもゴールド・ディスク認定となっています。
最初に聴いて感じたセカンド・アルバムと前作の違いは、より大きくフィーチャーされたベースの音です。
シンプルな三人編成の隙間を埋めるが如きのやたらと縦横無尽に暴れ回るベースがこのアルバムのキモです。
しかもベーシストは髭面ながらまだ10代というメル・サッチャーなのでした。
このシンプルでわかりやすいハードなロックは評論家ウケは良くないものの、イギリスの大きくなって変にコジらせ、芸術志向となっていくハードロックやプログレ勢にとっては脅威でした。
(もちろん私はそういうのも好きです)

その後、バンドは1973年にはキーボードにクレイグ・フロストが加入して四人編成隣、バンド名を「グランド・ファンク」と変更します。
トッド・ラングレンをプロデューサーに迎えて代表曲「アメリカン・バンド」を収録した「We’re an American Band」をリリースし当然のように大ヒットさせました。
1974年には再びトッド・ラングレンと組んで、「Shinin’ On = 邦題 : 輝くグランド・ファンク」をリリース。
これにはジェリー・ゴフィン/ キャロル・キングのカバー「ロコモーション」を再び大ヒットさせます。
ここらあたりまでがバンドのピークで
1975年の「All the Girls in the World Beware!!! = 邦題 : ハードロック野郎(世界の女はご用心)
1976年「Born to Die = 邦題 : 脅威の暴走列車」
まではまだハイ・ヴォルテージで突き進みますが、レコード会社をキャピトルからMCAに変え他あたりから暴走列車の歯車が噛み合わなくなりました。
フランク・ザッパをプロデュースに迎え、次なるニューアルバム制作に入りますが、これは見事に失敗でした。
そのアルバム「Good Singin’ Good Playin’ = 邦題 : 熱い激突」をリリースして解散してしまうのでした。
私的には中高生の頃、買いもしないのに毎日のようにレコード屋さんに入り浸っていた時期でした。

気の利いた邦題とか、原始人になったり、棺桶に入ったり、ボディビルダー風とか、アイデア満載の印象的なジャケットとともに記憶に残っているバンドです。
グランド・ファンク・レイルロード、およびグランド・ファンクは1969年から1976年までプラチナ・ディスク認定アルバム六枚とゴールド・ディスク認定アルバム七枚という脅威的な売上を達成したロックバンドでした。
スタジアム・ロックとか産業ロックなどのハシリでもあります。
そういうのはある意味マイナスイメージですけど当時はまだロックの黎明期。
いろんな意味でロックを認知させ拡大させた功績のあるバンドでした。
その後もバンドは再結成、再再結成を繰り返すことになります。
2026年現在も創設メンバーのドン・ブリューワーを中心にメンバーを更新しながら活動を続けています。

アルバム「グランド・ファンク」のご紹介です。

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
曲目
1, Got This Things on the Move ゴット・ディス・シングス・オン・ザ・ムーヴ
なんと言いますか、ギターがコードを弾いてベースがリフを担っている感じです。
ファーストアルバムに続いてベース、ヴォーカル中央、ギターは右、ドラムは左の音像定位です。
1969年当時の4ヶ月しか間が空いていないことを踏まえれば当然ですね。
2, Please Don’t Worry プリーズ・ドント・ウォリー
続いてまたベースの爆音が印象的です。
今にして思えばブルーズベースのハードな割にほのぼのとしたギターソロは左に定位しています。
3, High Falootin’ Woman ハイ・ファルーティン・ウーマン
ブルーズベースのファンキーなナンバーです。
ギターが刻めばベースも合わせて刻むという潔さです。
このバンドのおかげで世界中にロック・ベース、リード・ベースのかっこよさが知れ渡りました。
(と勝手に思ってます)
4, Mr. Limousine Drever ミスター・リムジン・ドライヴァー
これもブルーズナンバーです。ちょっとサイケなギターソロもオツなもの。
5, In Need イン・ニード
軽い感じでカントリーとかサザン・ロック的な味わいもあります。
6:00を過ぎたあたりでのギターソロ、当時はものすごい速弾きに感じたものでした。
6, Winter and My Soul ウインター・アンド・マイ・ソウル
タイトリ通りスローでソウルフルなナンバーです。ブルーズで始まりますが、後半へ行くに従って当時の空気を感じる、思い出すような展開となっていきます。
7, Paranoid パラノイド
ラジオか無線機のチューニングのような効果音で始まります。
来るべきプログレッシヴ・ロックを感じさせるナンバーです。
ワウペダルなどを使って次第にタイトルを感じさせる展開になっていきます。
最後は赤ん坊の鳴き声で終わります。
8, Inside Looking Out 孤独の叫び
イギリスのバンド、ジ・アニマルスのカバーです。
10分近くの対策となっています。もちろんこの長尺でもだれるなんてことなく、ガッツとパワーで突き進みます。
以降はライブの定番曲となりました。
演奏
- マーク・ファーナー Mark Farner
ギター、リード・ヴォーカル - ドン・ブリューワー Don Brewer
ドラムス、リード・ヴォーカル - メル・サッチャー Mel Schacher
ベース・ギター
プロダクション
- テリー・ナイト
プロデューサー

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