ローランド・カークはアメリカのジャズミュージシャンです。
この人について短く端的に語るのは難しいのですが、とにかく表現していることが凄すぎます。技術的にも天才です。見た目もインパクト抜群です。
でも華麗とか豪華とかオシャレとはほとんど無縁です。
カークを高く評価しているミュージシャンを紹介することで、彼の輪郭が見えてきます。
それは同時代に活躍していたチャールズ・ミンガス、ピート・タウンゼント、ジミ・ヘンドリクス、フランク・ザッパ、キャプテン ・ビーフハートなどです。
またなんとも厄介な人たちに好かれたもんだと呆れてしまいますが、かように反骨精神の塊みたいな人から評価されるということはそういう何か共通点があるということです。
ということはロック好きの視点からも避けて通れないカークです。
ローランド・カーク は2、3歳くらいから盲目でした。そしていくつかのアルバムジャケットを見れば解るように複数の楽器を同時に演奏しています。
さらにパーカッションも演ったり、ライブでジョークを言ったり、しまいには歌まで歌います。
カークの使用楽器にいくつか聴き慣れない名前が登場しますが、それは彼が開発してネーミングしたものです。重要なので、説明しておきます。
*マンツェロ
Bフラット、ソプラノサックス の解像版です。湾曲したネック、真っ直ぐなパイプ、巨大な上向きのベルがついている。
*ストリッチ
Eフラット、アルトサックス の解像版、サックスの特徴的な上向きのベルがなく、真っ直ぐな形。
これとテナーサックス を首にかけた状態が基本です。
きちんとした教育を受けた楽器奏法とは思えなく、見た目のインパクトも尋常ではなく、それでライブではコミカルにふざけたりもするのです。
真面目な人ほどローランド・カークは受け入れ難く、理解できず、近付き難い人に感じます。
そういうことで最初はちょっと避けて通りたい雰囲気が充満しているローランド・カーク です。
私もあえて聞いてみたいと思うミュージシャンではありませんでした。
でもふとした時に、何の気なしに「おっ、これ結構いいかも」と感じたことがありました。ロイ・ヘインズというジャズドラマーのリーダーアルバム「アウト・オブ・ジ・アフタヌーン」に入っている「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」です。そこでカークはサックスを演奏していました。
それはよく聞くような情緒的で甘い「フライ・トゥ・ザ・ムーン」ではなく、自由で奔放ながらも意思を感じる硬質な音でした。
そこからローランド・カークに入って行くことになります。
そして彼からはとんでもなくパワフルで独創的でスケールが大きく、深く、計り知れないものを感じさせられたのです。
昔、ローランド・カークが日本にリアルタイムに紹介されたときに、ある高名なジャズ評論家がグロテスク・ジャズとジャンル分けしたそうです。なんというか時代背景があるにしろそういう差別的な表現はいかがなものかと思います。というか最初から悪いイメージの単語を使って、評価をマイナス方向に引っ張っているのは紹介者としてどうなのでしょうか。
などと考えると、もしローランド・カークがもし日本人であったなら、積極的に紹介されることなく、正統な評価を受けることもなく、世界中に知られることもなかったかも知れません。
そういうことではアメリカの懐の深さに感謝です。でも私は日本人で、なんだかんだ言っても日本が一番好きですけどね。
そんなこんなで、わたくし的にはローランド・カークについて思うのは、音楽界において、埋もれることなく、無視されることなくきちんと演奏記録が残り、今日も世界中で正当に評価されていることに感謝です。
ローランド・カークは1935年8月7日にオハイオ州コロンバスに生まれました。
本名はロナルド・セオドア・カークです。ローランド という名前はロナルド(Ronald)のアナグラムから作ったとのことです。1956年にはキングで初の録音もしますが、当時は一部の流通経路でしかリリースされず、本格的には1960年にデビューとなります。(56年の録音はのちの62年にサード・ディメンションというタイトルでリリースされます)
以降、28枚のリーダーアルバムと8枚のサイドマンとしての客演をして、1977年12月5日に42歳で亡くなりました。
1975年には脳卒中で右肩麻痺となり、以前と同じようには演奏できなくなりますが、それでも演奏活動してアルバムをリリースします。
彼の場合、だからどうなったこうなったとか言って以前と比較したりするのは無意味です。最初から全てオンリーワンで一貫しています。その時の彼にしかできない表現をします。技術云々で語れる人ではありません。
ラストアルバム「ブギウギ・ストリング・アロング・フォー・リアル」は脳卒中により麻痺が残る状態での演奏だったらしいのですが、そういうことは感じさせない名盤です。愛聴盤となっています。
彼の創造する音楽はその時代背景からハードバップやソウルジャズに分類されますが、ブギウギ、ブルーズ、ファンク、ゴスペルなどの影響が感じられ、といよりそちらの方が強いので、ブラックミュージック全般と言ってもいいと思います。
紹介するのは1968年、アトランティック・レコード(大きなレーベルでよかったですね)でリリースされた「溢れ出る涙」です。
演奏
*ローランド・カーク
テナーサキソフォーン、フルート、マンツェロ、ストリッチ、クラリネット、ホイッスル、イングリッシュホルン、フレクサトーン
*ロン・バートン ピアノ
*スティーヴ・ノヴォセル ベース
*ジミー・ホッブス ドラムス
*ディック・グリフィン トロンボーン (on 8)
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, The Black And Crazy Blues ザ・ブラック・アンド・クレイジー・ブルーズ
どうみても葬送曲です。タイトルのイメージと違ってメロディはきれいです。曲が終わる頃にはジャズにしか聞こえなくなっています。カークは自分の葬式でこの曲で送って欲しいと言ってたようです。
2, A Laugh For Rory ア・ラフ・トゥ・ローリー
可愛らしい曲です。ローリー とはカークの息子さんのことだそうです。
3, Many Blessings メニ・ブレッシングス
シンプルでフリーキーなソロから始まりますが、途中からのカークの特徴でもある “サックスの循環呼吸による高速ソロ” は聴いているだけで、この人には絶対なれないと思わされます。
4, Fingers In The Wind フィンガーズ・イン・ザ・ウインド
フルートで演奏される曲です。フルートは音色からどうしても朝とか小鳥の囀りとかを連想します。
5, The Inflated Tear 溢れ出る涙
カークは医療ミスで失明し、後遺症で涙が止まらなくなった。と聴いたことがあります。この曲は演劇的な効果もありますが、聴くたびにいきなり突然にどうにもならない状況に立たされたような気になります。カークの代名詞でもある3管楽器同時演奏も効果的です。
6, Creole Love Call クレオール・ラヴ・コール
ヂューク・エリントンのカバー作品です。ネヴィル・ブラザーズでもお馴染みのアーロン・ネヴィルも「クレオール・ラヴ・コール」と呼ばれていました。はい、特に関係はありません。
7, A Handful Of Fives ア・ハンドフル・オブ・ファイヴス
コンパクトにジャズらしくまとめてある佳曲です。
8, Fly By Night フライ・バイ・ナイト
ハードバップです。テナーを吹いています。イントロにソロとベース大活躍、ホーンアンサンブルが気持ちいい。
9, Lovellevelliloqui ラヴレヴリロキ
曲の構成が複雑ですが、聴いているとそうは感じません。なぜか何度も聞いてみたくなります。
10, I’m Glad There Is You アイム・グラッド・ゼア・イズ・ユー(ボーナス・トラック)
元は1942年にデッカからジミー・ドーシー・アンド・ヒズ ・オーケストラ名義でリリースされた曲ですが、フランク・シナトラからビヨンセまでカバーしてポップス・スタンダードとなっています。(聴いたことはありません)。カークはシンプルにホーンで歌い上げます。
誰かが書いていた記事で、失念して申し訳ないのですが、チャールズ・ミンガスとローランド・カークがライブを終えてニューヨークをドライブしているときにカークが窓を開けて、風を掴みました。それをミンガス の耳に当てて「どう聞こえる」と言ったそうです。ミンガスは答えなかったそうですが、カークが言ったことは「風の音はBフラットだ」だそうです。
カークの絶対音感とかより、それ以上のロマンを感じてしまいます。Bフラットというのがミソです。ブルーズなのです。
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