アルバム「インナーヴィジョンズ」は1973年にリリースされたスティーヴィー・ワンダーのアルバムです。
アルバムとしてはすでに16枚目となるそうです。
スティーヴィーはこの時まだ23歳でした。23歳で16枚のアルバムをリリースするなんて普通では有り得ません。
1962年のデビューですから10年とちょっとという期間でです。
「トーキング・ブック」のところでも言いましたが「ミュージック・オブ・マイ・マインド=心の詩」から始まるモータウンのヒット曲量産システムの縛りから抜けて好きに音楽ができるようになったスティーヴィー・ワンダーです。
1970年代は創作意欲が本当に神がかっていました。
よくスポーツなどでスランプの逆の状態、絶好調を維持していて何をやっても結果が残せる時のことを「ゾーンにはいった」と評されます。
「球が止まって見える」などという感覚らしいです。
スティーヴィーの音楽人生にとってもまさにそういう時期でした。
いろんなメロディやアイデアが自然に、とめどなく湧き上がってきていたのだと思われます。
その時代、1970年代のアルバムは全てが時代を超えた名盤と評されています。
特にポップス的な視点ではなく、R&Bやロックの視点からスティーヴィーを見る場合にはまずこの時代が一番密度が高いのです。
その中でも特に影響が大きいとされるものは2枚組大作「キー・オブ・ライフ」、および同列でこの「インナーヴィジョンズ」あたりになるのではと言われています。
もちろん1970年代のスティーヴィーは他のアルバムもすべてが素晴らしく、優劣というよりハイエンドの誤差範囲内という感じで全てが必聴ものです。
(と勝手に思っています)
さてこの「インナーヴィジョンズ」についてですが強いて違いを言えば、ひときわスティーヴィーの精神的で静謐なマインドを表しているアルバムと感じさせられす。
内容は当時の黒人の生活を歌ったもの、宗教的な内容のもの、恋の歌、怒りなど多岐に及んでいます。
しかもスティーヴィーの場合、怖いほどの迫力を感じたりすることはあれど、ネガティヴで暗く、ジメジメ、ドロドロした感じにはなりません。
通して聴くとポジティヴな意志を感じさせるような爽快さを覚えます。
音楽に深く造詣がある人ほど、「インナーヴィジョンズ」を最高傑作とする人が多いのも納得です。
しかしなぜこのような流れでスティーヴィー表現する世界は変わって行ったのでしょうか。
その視点でこのアルバムを語るのに重要な人物が二人います。
マルコム・セシルとロバート・マルグーレフです。
二人はミュージシャンでありながら、TONTOという超大型アナログシンセサイザーを作ったことでも有名です。
スティーヴィーもモータウンの束縛から抜けて依頼、この新しい楽器シンセサイザーの可能性にハマっていました。
そのこと以外にも二人はスティーヴィーと懇意にしていて、スティーヴィーに歌詞のテーマをよくある恋愛ものから政治的、文化的なものに変えるように促しました。
単純に言えば、ラヴソングなどの一過性の消費音楽からより社会性のある内容への進化です。
これによってスティーヴィーの音楽、詩の世界はエンターテインメントからアートに昇華したのです。
より時代を超えて残り続けるものになったというところでしょうか。
この時代はスティーヴィーやマーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールドを筆頭にブラック・ミュージックが変わっていく時代でもありました。
このアルバムの中心はトラック3の「Living for the City」であると言われます。
フルバージョンは7分を超える大作ですが、3分41秒のショートバージョンにしてシングルカットもされています。
内容はミシシッピの田舎に生まれた少年が親の愛情を受けて育ち、希望を持ってニューヨークににいくが、街は・・・・という内容です。
もちろんこれまでのスティーヴィーの歌ってきた内容とはかけ離れており、この時代ならではの苦悩や恐怖、怒りが表現されています。
他にも「アメリカのイエスの子供たち」のような信教からくるゴスペルチックな内容のナンバーもあります。
とは言いつつも今までのようなポップソング「ゴールデン・レディ」のような曲も抜け目なく収録されているのです。
このように順風満帆に見えたスティーヴィーですが、ここにきて思わぬ落とし穴が待ち構えていました。
この後の全ての活動に影響を与えるような事故に遭ってしまったのです。
1973年8月6日、アルバム「インナーヴィジョンズ」発売から3日後、サウスカロライナ州グリーンビルでコンサートを行った後、同州ダーラム郊外を友人ジョン・ハリスと一緒に車で移動していました。
スティーヴィーは助手席で眠り込んでいましたが、運転手も居眠り運転でマルタを積んだトラックにぶつかってしまいます。
積載していたマルタがフロントガラスを破ってスティーヴィーの顔にあたりました。
大破した車から引き摺り出されたスティーヴィーは血まみれの意識不明で、重度の脳挫傷と診断され10日間昏睡状態に陥ってしまいます。
最初に昏睡状態のスティーヴィーから何らかの反応を引き出したのは、彼の友人でありツアーディレクターのアイラ・タッカーでした。
(この辺は全てWikipediaからの情報なのだ)
「ウイントン・セーラムの病院に着いた時のことを覚えているよ…もう、彼だと分からなかった。
頭が通常の5倍くらいに腫れ上がっていたんだ。
誰も彼に話しかけることなんてできなかった。
僕は彼は大音量で音楽を聴くのが好きだと知っていたから、耳元で叫んだら届くかもしれないと思ったんだ。
医者はやってみろ、害はないと言ってくれた。
最初は反応がなかったけど、次の日また病院に行って、彼の耳元に顔を近づけて「Higher Ground」を歌ったんだ。
彼の手は僕の腕の上に置かれていて、しばらくすると指が歌に合わせて動き始めた。
僕は「やった!やったー!」って言ったんだ。この男はきっと助かると思った。」
ワンダーが意識を取り戻したとき、彼は嗅覚を失っていることに気づいた。
(後にほぼ回復しました)
そして、音楽の才能も失ってしまったのではないかと深く恐れた。
タッカーはこう語っています。
「私たちは彼の楽器の一つ―確かクラヴィネットだったと思う―を病院に持っていきました。
しばらくの間、スティーヴィーはただそれを見つめているだけで、何も触ろうとしませんでした。
彼はまだ自分の中にそれが残っているかどうか、まだ演奏できるかどうかわからなかったので、触るのを恐れているようでした。
そして、ついに彼がそれに触れたとき――ああ、彼の全身に喜びが広がっていくのが見て取れました。
私は決してそれを忘れません。」
スティーヴィーの健康回復は長く、ゆっくりとした時間のかかるものでした。彼は1年間薬を服用しなければならず、それは疲れやすく、ひどい頭痛に悩まされたそうです。
事故はまた、彼の考え方を変えていきます。
彼の深い信仰とスピリチュアルなビジョンは、それが「事故」だったのかどうか疑わせたのでした。
彼はこう語っています。
「すでに起こったことは何も変えることはできない。
すべてはそうなるべきだったのだ…私に起こったことはすべて、そうなるべきだったのだ。」
「事故によって、私の周りの多くのことに耳を傾けるようになった。
当然のことながら、今は人生が私にとってより重要になっている…そして、私が人生で何をするかが重要になっている。」
「私は輪廻転生を信じたい。別の人生があると信じたい。
意識がこの世で二度目の人生を迎えることもあると思う。
私の場合、事故の前に「Higher Ground」を書いた。
でも、何かが私に、多くのことに気づかせ、自分自身を立て直すような何かが起こるだろうと告げていたに違いない。
これは、何かをしたり、もっと多くのことをしたり、生きているという事実を大切にするための、人生における二度目のチャンスのようなものだ。」
ワンダーの運命に対する信念を裏付けるように、当時スティーヴィーのバンドのリードギタリストだったマイケル・センベロはこう語っています。
「ええ、彼は以前から人生の精神的な側面をある程度意識していたと思います。
でも、あの事故がそれを本当に表面化させたんです。
今では、彼はコンサートを人々に語りかけるための精神的な機会として本当に捉え、活用しているのが分かります。
あの事故で彼は神を認識し、大きく変わりました。
時々、彼は会話中にぼんやりと上の空になったり、まるで別の場所にいるようでした。
事故の後、彼はとても熱心になり、超感覚的知覚が非常に強くなりました。」
事故前、スティーヴィーは1974年3月と4月に5週間、20都市を巡るツアーを行う予定でしたが、当然ツアーは延期となりました。
しかし 3月下旬のマディソン・スクエア・ガーデンでの公演だけは例外となり強行されました。
そのコンサートで、ワンダーが傷跡のある額を指さし、見上げてにっこり笑い、
「生きていることに神に感謝します」
と言うところから始まりました。
2万1000人の観客は歓喜に湧き上がり、大歓声を上げたのでした。
ほら、スティーヴィー・ワンダーを聴く姿勢が変わってきたでしょ。
アルバム「インナーヴィジョンズ」のご紹介です。
制作
- ロバート・マルグーレ、マルコム・セシル
アソシエイト・プロデューサー、ARP、Moog、その他のシンセサイザーを含むTONTOシステムのプログラミング、および電子音楽のエンジニアリング - ダン・バルビエロ、オースティン・ゴッドジー
記録者 - ゲイリー・オラザバル
テープオペレーター - ジョージ・マリーノ
マスタリング - ジョン・ハリス、アイラ・タッカー・ジュニア
レコーディングコーディネーター: - エフラム・ウォルフ
アルバムアート
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
01. Too High トゥー・ハイ
- スティーヴィー・ワンダー –
リードボーカル、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、ハーモニカ、ドラム、モーグベース - ラニ・グローブス、タシャ・トーマス、ジム・ギルストラップ
バックコーラス
印象的なベースのフレーズで始まります。
タイトル通り薬物について歌っており、低いベースのフレーズはファンキーでありながらも恐怖を感じさせるのです。
02. Visions 愛の国
- スティーヴィー・ワンダー –
リードボーカル、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ - マルコム・セシル
アップライト・ベース - ディーン・パークス
アコースティックギター - デヴィッド・T・ウォーカー
エレクトリックギター
抽象的な歌詞ですが「苦難」について「すべての物事には終わりがある」と歌います。
03. Living for the City 汚れた町
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、バックコーラス、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、ドラム、モーグ・ベース、TONTOシンセサイザー、手拍子 - カルビン・ハーダウェイ、アイラ・タッカー・ジュニア、ジョナサン・ヴィゴダ
その他の声
このアルバムの核となるナンバーです。
映像を感じるようなサウンドでリアリティがあります。もう解説は不要です。
04. Golden Lady ゴールデン・レディ
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、アコースティックピアノ、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、ドラム、モーグベース、TONTOシンセサイザー - クラレンス・ベル
ハモンドオルガン - ラルフ・ハマー
アコースティックギター - ラリー「ナスティー」ラティマー
コンガ
これはいつものスティーヴィーらしいラブソングです。
05. Higher Ground ハイアー・グラウンド
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、ホーナー・クラヴィネット、ドラム、モーグ・ベース、タンバリン、手拍子
リリース直後に起きた自動車事故と因果関係のありそうな内容ですがスティーヴィーは1974年のローリング・ストーン誌のインタビューでこう答えています。
「事故が起こるとは知らなかったけれど、自分が変化の過程にあることは分かっていた。「Higher Ground」は、私がこれまでで唯一、1時間で曲全体を完成させた作品で、歌詞が自然と湧き出てきた。あれが唯一の経験で、とても重みのある作品だった。」
06. Jesus Children of America 神の子
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、バックボーカル、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、ホーナー・クラビネット、ドラム、モーグ・ベース、手拍子、タンバリン
タイトル通りイエス・キリストについて歌ったものですが、ただ賛美するのではなく「神はわかっているのか、届いているのか」と批判も交えた内容です。
07. All in Love is Fair 恋
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、アコースティックピアノ、フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ、ドラム - スコット・エドワーズ
エレクトリックベース
ベースを除いてすべての楽器を担当しています。
「恋においてはみんな平等」というシンプルながら哲学的なタイトルでございます。
スティーヴィーらしいメロディで歌い上げるバラードで名曲です。
08. Don’t You Worry ‘Bout Thing くよくよするなよ
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、バックボーカル、ピアノ、ドラム、モーグベース - ユスフ・ロアマン
シェーカー - シーラ・ウィルカーソン
ボンゴ、ラテン・ゴード
早口の喋りで始まります。変化を恐れないでという内容をポジティヴに歌うヒット曲です。
同じタイトルでボブ・ディランの曲もありますが、あちらは相当屈折しています。(それも好きですが)
09. He’s Misstra Know-it-All いつわり
- スティーヴィー・ワンダー
リードボーカル、バックボーカル、ピアノ、ドラム、手拍子、TONTOシンセサイザー、コンガ - ウィリー・ウイークス
エレクトリックベース
最後は優しいメロディの辛辣な内容です。
時代的に多くの人は、この曲は実際にはアメリカ合衆国第37代大統領リチャード・ニクソンへの言及であり、彼を批判するものだと捉えているようです。
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