

1960年代の後半から1970年代、アメリカの西海岸、ロサンゼルスやサンフランシスコで発生したウエストコースト・サウンドというものがありました。
60年代はママス・アンド・パパスやCSN(クロスビー・スティルス・アンド・ナッシュ)、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)などに始まり、70年代にはイーグルス、ドゥービー・ブエアザース、リトル・フィートなどが活躍しました。
1980年代になるとウエストコーストはLAメタルなどのハードロックが主流になっていきますが、ウエスト・コースト・ロックというとここらあたりが象徴しています。
ウエストコーストのミュージシャンのイメージとしてはカントリーやフォークをベースにシンガー・ソングライターやスタジオミュージシャンがロックに発展させたというイメージです。
象徴的な出来事として、1971年にデヴィッド・ゲフィンという人物がアサイラム・レコードというレコード会社を設立します。
(この人は1980年になるとゲフィン・レコードというレーベルも立ち上げています)
1970年代のウエスト・コースト・サウンドといえばアサイラム・レコードに所属していたイーグルス、ジャクソン・ブラウン、ジョニ・ミッチェル、リンダ・ロンシュタットなどが真っ先に挙げられます。
中でもジャクソン・ブラウンの存在は個人的にウエストコーストを象徴していると感じていました。
なんとなく白い綿シャツにブルージーンズの似合う清潔感漂う人だったのです。
同じイメージの人として日本のハマショーこと浜田省吾さんがいらっしゃいます。
そういう偏見バリバリの私でしたがライ・クーダー、デヴィッド・リンドレーを経由して聴き始め、見直した経験があります。
中でもこの「レイト・フォー・ザ・スカイ」は珠玉の一品です。ビッグヒットはないものの全体的にスローで心に染みる曲が溢れているのです。
バックもデヴィッド・リンドレーを初めウエストコーストならではのミュージシャンで固められており安定感が違います。
リリース時のチャートアクションはそれほどでもなかったものの、時と共にジャクソン・ブラウンを代表するアルバムとなってきました。

ジャクソン・ブラウンは1948年10月9日にドイツのハイデルベルクで生まれました。
父親はクライド・ジャック・ブラウンといい名前の通り生粋のアメリカ人です。
軍人でドイツに駐在していました。
母親のベアトリス・アマンダもミネソタ出身のアメリカ人です。
ジャクソンは4人兄弟で兄と弟、妹がいます。ジャクソンが3歳の時に一家はロサンゼルスの祖父の家に引っ越しました。
十代の頃から地元のクラブでフォークソングを歌うようになり、1966年に高校を卒業した後はニッティ・グリッティ・ダート・バンドに加入しますが数ヶ月で脱退し(関係は悪くなかったようです)、ニューヨークのグリニッジ・ヴィレッジに移ります。
そしてエレクトラ・レコード関係の会社のスタッフライターとなりました。
この時期ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコのニコと知り合って交際していました。
彼女のアルバム「チェルシー・ガール」には作詞やギター演奏などで貢献しています。
ニューヨーク・アンダーグラウンドの退廃的な地雷系ギャルと白いシャツにブルージーンズのカリフォルニア青年が意気投合してしまったというと、何とも味わい深いものがあります。(ものすごい偏見です)
1968年にはああやっぱりという感じでニコと破局し、ロサンゼルスへ戻ることになります。(偏見です)
この頃にはすでに業界内では認められる存在であったらしく西海岸の多くのミュージシャンがブラウンの作った曲を取り上げるようになりました。
そして満を持して1971年、アサイラム・レコードと契約し、アルバムをリリースすることになります。
この時のブラウンのマネージャーがデヴィッド・ゲフィンだったことを考えると鉄板の超大型新人、大ヒット間違いなしアーティストだったことが窺われます。
実際は53位と中ヒットながら業界内での評判は上々でした。
1972年にはセカンドアルバム「フォー・エブリワン」をリリース、イーグルスのグレン・フライと共作した「テイク・イット・イージー」もセルフカバーしました。
そしてここから個人的にも大好きなマルチプレイヤー、デヴィッド・リンドレーと組むことになります。
1973年になると代表作の一つとなる本作「レイト・フォー・ザ・スカイ」がリリースされました。
チャートアクションは最高位14位と特に瞬間風速が凄かったわけではありませんが、このアルバムもまた長い時間をかけて評価が上がっていくことになります。
アルバム制作の内情としては前作「フォー・エブリワン」のセールスが思ったより好調ではなかったため、なるべく短期間で経費をかけずに作ってくれと言われたようです。
ジャクソン・ブラウンはツアーメンバーのデヴィッド・リンドレー、ダグ・ヘイウッド、ジェイ・ワインディング、ラリー・ザックでほぼ完成させました。
結果「フォー・エブリワン」の半分の経費で完成したそうです。
アルバム収録曲はこの手のミュージシャンにしては少なく8曲で、しかも各曲が長めの構成となっています。
しかしそこは流石のジャクソン・ブラウン。
冗長に感じるとか飽きるなどといったことを一切感じさせないくらいのクオリティはさすがとしか言いようがありません。
ここでちょっと寄り道させてもらって、改めて「フォー・エブリワン」について思っていることを言わせていただきます。
今聞けば全体的なクオリティは高く、その後の高評価のアルバムとなんら遜色があるわけではありません。
ではなぜ支持されなかったのかを考えると、「テイク・イット・イージー」と曲の配列にあるような気がします。
「テイク.イット・イージー」は2年前の1971年にイーグルスのバージョンが大ヒットしました。
それを2年後に、しかもイーグルスのカントリーテイストのバージョンに比べれば幾分しっとりとしたアレンジです。
ジャクソン・ブラウン・バージョンもデヴィッド・リンドレーによるスライドギターなど個人的には素晴らしい思います。
しかし大多数のアメリカンは、例えばドライブとかトラックの運転とかでアメリカのハイウェイを走っている時、ラジオから流れてきて思わず「ヒャッホー」と理屈抜きでテンションが挙がってしまうのはイーグルス・バージョンに違いありません。
しかもいくら共作と言っても大ヒットした後では2番煎じに取られてしまいます。
(ちなみにこれがイーグルス・バージョンです)
さらに追い打ちをかけるごとくもう1枚のアルバムからのシングルカットが「These Days 邦題 : 黄昏の日々」というじとーっとした・・・ではなくてスローなナンバーです。
あまりアメリカンの好むシングル向きとは思えません。
この辺が敗因なのではないでしょうか。
いつも思うのはLPレコードのA面とB面を逆にした方が良かったのでは、ということです。
B面は「レッド・ネック・フレンド」という見解なロック・ナンバーで始まります。
デヴィッド・ペイチによる軽快なロックンロール・ピアノがとってもいい感じです。
ラストのアルバムタイトル曲「フォー・エブリワン」もミドルテンポながら珠玉のメロディとなっております。
これをA面にしてB面は趣向を変えた「テイク・イット・イージー」で始まり、「黄昏の日々」でしっとりと終わればコンセプト的にも完璧ではなかろうか。
いや、まさかだけど、もしかしたらオーダーする時にA面とB面を間違えてしまったのではなかろうか。
さらにシングルカットするナンバーもA面の1曲目と5曲目と指定してしまったのではなかろうか。
などと考えてしまうのでした。
それほどまでにいい内容に関わらず販売戦力がズレてしまっていた様に感じます。
(きっと余計なお世話です)

「レイト・フォー・ザ・スカイ」に戻ります。
ジャケットは風景写真が元になっており、カリフォルニア州ハイランドパークのサウス・ルツェルン・アベニューでジャクソン・ブラウンが幼少期に住んでいたところだそうです。
ロバート・エメット・セイデマンによって撮影されました。
音質についても名録音と評価されており、前作「フォー・エブリワン」に比べるとなんとなくまとまって聴きやすい音になっています。
ちょっと遠鳴りに聞こえる分、全体がまとまっているのですがリアルさは失われていません。
さらにヴォーカルの録り方が絶妙で、いい塩梅にスタジオの空気を感じさせます。
ちなみに次作「ザ・プリテンダー」になるとその中間といった感じです。
ここから1980年代中頃までがピークとなって名作、快作、野心作をリリースしていくことになります。他のアルバムも内容の濃いものとなっておりますので、またご紹介しようと思います。

アルバム「レイト・フォー・ザ・スカイ」のご紹介です。


演奏
- ジャクソン・ブラウン – ボーカル、アコースティックギター、ピアノ、スライドギター(「ザ・ロード・アンド・ザ・スカイ」にて)
- デヴィッド・リンドレー– エレクトリックギター、ラップスティールギター、フィドル、ハーモニーボーカル(ペリー・リンドレー名義)
- デヴィッド・キャンベル– 「ザ・レイト・ショー」のストリングスアレンジ
- ジェイ・ワインディング – ピアノ、ハモンドオルガン
- ダグ・ヘイウッド – ベースギター、ハーモニーボーカル
- ラリー・ザック – ドラム、パーカッション
- ジョイス・エバーソンとベス・フィチェット – 女性ハーモニーボーカル
- ダン・フォーゲルバーグ、テリー・リード、ドン・ヘンリー– ハーモニー・ボーカル
- フリッツ・リッチモンド– 「ウォーキング・スロー」のジャグ
- JDサウザー– ハーモニーボーカル
- H. ドライバー、ヘンリー・トーメ、マイケル・コンデロ– 拍手
制作
- ジャクソン・ブラウン – プロデューサー、カバーコンセプト
- アル・シュミット– プロデューサー
- ケント・ネバーガル – エンジニア
- トム・ペリー – エンジニア
- フリッツ・リッチモンド – エンジニア
- グレッグ・ラダー– マスタリング
- ボブ・セイデマン– 表紙デザイン
- リック・グリフィン– 表紙の文字
- ヘンリー・ディルツ– 裏表紙写真



曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
- Late for the Sky レイト・フォー・ザ・スカイ
エンディングに持ってきても良さそうなスローなアルバムタイトル曲で始まります。
このアルバムは旋律で勝負だぜ、と宣言しているようにさえ感じるオープニング曲であります。
個人的にはギターソロがまた泣けるのです。 - Fountain of Sorrow 悲しみの泉
ミドルテンポでこれまたいい感じです。シングルカットされましたがチャートインはしませんでした。
曲の最後の盛り上がりもいいのですが、やはりシングルよりアルバム単位で聴くアーティストだと思います。
ここでも、いつまでもずっと聴いていたいようなギターソロが出てきます。 - Farther On もっと先に
ジャクソン・ブラウンのヴォーカルはもちろんいいけれど、バックの演奏も最高です。
思わず納得してしまいます。 - The Late Show ザ・レイト・ショー
イントロ無し、食い気味に入ってくるヴォーカルで始まります。
ゆったりとした曲が続いているのにメロディが素晴らしく中弛み(なかだるみ)することがありません。
ここでのラフなユニゾンコーラスも雰囲気があっていいと思います。
最後の弾きまくらないギターソロもいいのです。
ラストはドアを閉めてエンジン音と共に去っていくのが目に見えるようです。 - The Road and the Sky 道と空
お約束のB面最初のロックンロールの時間です。
盗んだシボレーのハンドルを握って昨日から逃げ出そう、という歌詞の世界は思いっきり1970年代を感じさせます。
もっと続けて、できたら各楽器でソロを回して欲しいところですが、残念ながらフェイドアウトです。 - For a Dancer ダンサーに
切々と綺麗なメロディを歌い上げます。デヴィッド・リンドレーのフィドルも曲調に合っています。 - Walking Slow ウォーキング・スロウ
このアルバムでは珍しくリズムが独特です。バンド全体で楽しんいる雰囲気がよくわかります。
シングルカットされましたがヒットはしませんでした。
納得です。次の曲の方がまだシングルカットに向いていると思います。 - Before the Deluge ビフォー・ザ・デリュージ
最後も落ち着いたリズムの名曲です。
このナンバーでのオープニングもアリだと思います。
ふと思ったのですが、この曲だけサウンドの質感が違うように感じます。
リズムやヴォーカルの雰囲気が今までと違って聞こえます。
ただし悪いわけでもマイナスポイントでもありません。より味わい深いところでもあります。
次の「ザ・プリテンダー」を予感しているかのようなサウンドです。(勝手な解釈です)

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