1970年代後半になると、音楽の一大ムーブとしてロンドンを中心にブリティッシュ・パンク・ムーヴメントが湧き起こります。
なんと言ってもその中心はセックスピストルズでした。その後、2040年代の今となってもその影響力は残っています。
それを熱く語りたいのですが、いきなりはいっても雑な音楽としか感じられず拒否反応が出てしまう貴兄もいらっしゃることでしょう。
まずはアウトラインから入ります。
20世紀の大衆音楽と呼ばれるものにジャズ、カントリー、ブルーズ、ソウル、ロックなどがあります。
それらの中にはその後の音楽の流れを変えるエポックメイキングな出来事が往々にして起こりました。
ロバート・ジョンソン登場に始まり、チャック・ベリーのロックンロール、エルヴィス・プレスリーの登場などです。
1950年代後半からLPレコードが普及し長時間再生が可能になると音楽の表現力はそれまでに比べると比較にならないくらい向上しました。
そしてジャズやポップス(主にロック)では、その後の音楽の方向性を変える起点となるアルバムが出てきました。
例えばジャズではマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」や「ビッチズ・ブリュー」、ジョン・コルトレーンの「至上の愛」、オーネット・コールマンの「ジャズ、来たるべきもの」などです。
ロックではビートルズの「サージャンと・ペパーズ」やボブ・ディランの「追憶のハイウェイ61」、ヴェルベット・アンダーグラウンドの「バナナジャケット」、ヴァン・ヘイレンの「炎の導火線」などが音楽の流れを変えるゲームチェンジャーとなって変化、進化してきました。
多分そういう現象は総じて1970年代くらいまでに限られると思われます。
それ以降はビデオやウェブにより情報量が増え、多様化、細分化されました。
もちろん名盤と言われるものはいくつも出てきますが、一つの作品、一人のアーティストが社会現象となって音楽業界全般に影響を与え、新たな方向へ舵を切るということは無くなりました。
たとえばカントリーでは「ネオ・カントリー」とか「オルタナ・カントリー」と呼ばれるもの、ハードエッジなロックではヴァン・ヘイレンの登場以降「スラッシュメタル」や「ニューメタル」など新しい感覚のアルバムがリリースされたりしています。
でも今までに聞いたこともないような新しくて衝撃的、音楽界全体に影響を与える、というところまではなかなか行かないのです。
ということを考えると今現在の視点では、そういう社会現象とまで言われるような影響力を持ったアルバムが出現するのは、アナログの時代である1970年代まででの現象だったのではと思います。
もちろん個人的に、その人が衝撃を受けるような音楽はどんな時代でも発生していますけどね。
ということで今回のテーマに入ります。
そういう社会現象を巻き起こし時代を変えたと言われるアルバムが最後にリリースされたのは1970年代の末(正確には1977年10月28日)ヴァージン・レコードからリリースされたブリティッシュ・パンクの象徴とされる本作「ネバー・マインド・ザ・ボロックス」が最後かもしれません。
そこでまたまた思うのは、ジャズやロックの歴史で全体に影響を与えたアルバムのリリースをリアルタイムで体験できたのは、今ではもう60歳以上の人に限られるのではないか、ということです。
ここから自慢話に入ります。(そんな自慢するほどのことでもありません、筆者の器の大きさが推し測られます)
私は高校生の頃、よくいるロック少年でした。
学校が終わるとたむろして音楽の話をしたり、文化祭バンドを作って練習したりしていました。
音楽の情報源は「ミュージック・ライフ」や「音楽専科」などの雑誌かFMラジオでした。
ある日、ラジオを聴いていたらセックス・ピストルズの話が出てきました。
そこでは今のイギリスはこのバンドの話題でとんでもないことになっているだの、「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」を巡ってレコード製作工場はストライキを起こしただの、販売店は店頭に置かないようにしただの。それにもかかわらず1位を独走している云々の解説がありました。
そしてアルバムからシングルカットされた曲を中心にオンエアされました。
曲順は「アナーキー・イン・ザ・UK」から始まり6曲ほど放送されました。
カセットテープに録音しながらものすごい感覚を覚えました「なんかとんでもないバンドが出てきた」と呆気に取られたものです。
翌日にはLPを買いに走りました。本家イギリスとは違って日本ではアルバムは普通に売られていました。
と言いつつも田舎の高校のクラスでそういうことを知っていて、その話題で盛り上がるのはクラスでは 2〜3人の変な男子と1人のとっても変な女子くらいしかいなかったのですけどね。
雑誌を見るとピストルズのファッションはそれまでのロック・ミュージシャンとは全然違うものでした。
ロックといえば長髪で細身でハイトーンで歌い、必ずギターソロやドラムソロが出てくる、というイメージでしたが彼らは違いました。
短い髪に今まで見たことのない破けたTシャツやゴミ袋や安全ピンを使ったファッション、“俺たちはちんたらギターソロなんて演ってるヒマはねえ”“ビートルズなんて全盛期の遺物、ピンク・フロイドなんてノロマで死滅した恐竜だ”“イギリスの政治家と豚野郎どもはもう死んでしまって、その屍の上で俺たちは踊っているのさ”と答えていました。
こういう既成の価値感にキッパリとノーを突きつける言動は世の中の不安を抱える十代に勇気と活力を与えます。
なんと言っても俺も、私もバンドを始めようという気にさせる効果は絶大でした。
セックスピストルズをきっかけに凄まじい数のパンクバンドがイギリスを中心に現れることになります。
アメリカのパンクはニューヨーク・パンクを筆頭にもっと以前からありましたがブリティッシュ・パンクとはイメージが違いました。パティ・スミスやニューヨーク・ドールズ、ラモーンズなど有名ですが、不況真っ只中のイギリスの刹那的なスタイルとは違って、もっと退廃的な文学性、芸術性を感じるものでした。(ラモーンズは肉体的ですけどね)
結局、セックスピストルズは1枚のアルバムを残し最速で空中分解します。
同時期にデビューして5年以上音楽界の第一線で活躍したのはザ・クラッシュ、ザ・ジャム(ポール・ウェラー)、ストラングラーズくらいしか思い出せません。
しかしパンクはニルヴァーナやグリーン・デイなど、時間が経つにつれインスパイアされた次の世代、そのまた次の世代と受け継がれ、磨かれて洗練された良質なバンドは現れ続けることになります。
*セックスピストルズのメンバーとは
本当は音楽オタクでオーディオマニアというヴォーカリスト、ジョニー・ロットン。
街にたむろするゴロツキ感満載のギタリスト、スティーブ・ジョーンズとドラマー、ポール・クック。
ほとんどの曲を書いたけどクビになったベースのグレン・マトロックと引き継いだピストルズの親衛隊隊長だったシド・ヴィシャス。
彼は演奏経験などなく、パンクを体現していち早く終焉を迎えました。
グレン・マトロックがバンドを辞めた理由は、ジョニー・ロットン曰く「ビートルズが好きなんて言いはじめたからクビ」。
そういうメンツで構成されたバンドがセックスピストルズです。
なんだかんだ言ってもヴォーカリストでフロントマンであるジョニー・ロットン(のちにジョン・ライドンに改名)のセンスあるファッションセンスとカリスマ性によって、そこはかとなくインテリジェンスが感じられ、それが凡百のパンクスとは違うと感じるところでした。
古着や破けたTシャツ、安全ピンなどお金のかからないものをファッションに取り入れて、またそこがティーンエイジャーから支持されました。(安全ピンは障害者を表しているということを知りました)
後になって「グレイト・ロックンロール・スィンドル」という映画が公開され、セックスピストルズとは全てマルコム・マクラーレンという男の演出と策略で作られたバンドだった、と言われるようになりました。
私としては今でもマルコム・マクラーレンがピストルズに利用されただけと思っています。
だってあの人、見た目かっこ良くもなく、なんか怪しいし、軽いし、カリスマ性も感じられないし・・・と思う次第です。
セックスピストルズの功績としてはパンクの代表として世界中の音楽を目指すティーンエイジャーに夢を与えました。
日本をはじめ世界中で触発されたバンドがかなりの数出現しましたが、実は本家に近づこうとするほどかっこ悪いコピーバンドにしか感じられないものでした。
リスナーであるロックファンも「パンク命」となればなるほど近視眼的で近寄りがたい存在になるものです。
普通のロックファンはピストルズを認めながらもビートルズもストーンズもオールマン・ブラザーズもキッスもクリムゾンも捨てられなかったのです。
レコードセールスは当初、英国では当然ぶっちぎりの1位でしたがアメリカではトップ100にも入りませんでした。
しかし10年後にはゴールド・ディスクとなっています。
セックスピストルズを聞いた時に衝撃的だったのは、今まで聞いたこともないようなコックニー訛りだらけのヴォーカルはもちろんですが、それと「パンク版ウォール・オブ・サウンド」と言われた分厚い音の塊です。
この混沌とした暴力的で分厚い音でなければピストルズの魅力は半減します。
今でも聞くたびに衝撃が蘇り、心は高校生の頃に戻ります。
これはプロデューサーのクリス・トーマスとエンジニアのビル.プライスの多重録音などの手腕によるものです。
同じ1977年にエアロスミスの「ドロー・ザ・ライン」がリリースされています。
こちらはこちらでジャック・ダグラスによる「ハードロック版ウォール・オブ・サウンド」と言いたくなるような分厚い音となっています。
そう考えるとある方面では当時の音作りのトレンドだったのでしょう。
でも他のパンクバンドはピストルズと違って音が荒削りで薄い印象しかありません。
これはひとえに資金力の問題だったのかもですね。
ジャケットデザインは英国と日本盤は黄色に黒字でタイトルが出てきてピンク地のバンド名が抜いてあるだけです。
特に日本では黄色は注意喚起の色で、黄色と黒の組み合わせはトラテープ、トラロープと言われて危険な工事現場や犯罪現場での注意箇所や侵入禁止に使われています。
この要注意アルバムにはとってもマッチしていると思っていました。
セックスピストルズは「共通の目的ができた。金だ!」と1996年に初期オリジナルメンバーで再結成します。
これにはもう笑ってしまいました。
2006年には“クソみたいな系図には組み込まれたくない”と「ロックの殿堂」入りを拒否しています。
ともあれ超個性的なので好き嫌いは分かれるかと思いますが、セックスピストルズの残した唯一のスタジオ録音盤はパンクロックの表現したかったことが凝縮されています。
それは時代を超えて今でも残っています。ぜひ音楽好きな十代には一度は体験していただきたいものです。
アルバム「勝手にしやがれ!」のご紹介です。
演奏
ジョニー・ロットン リードヴォーカル
スティーヴ・ジョーンズ ギター、ベース(アナーキー・イン・ザ・UKを除く全部)、バッキングヴォーカル
ポール・クック ドラムス
グレン・マトロック ベース、バッキングヴォーカル(アナーキー・イン・ザ・UK)
シド・ヴィシャス ベース(ボディーズとゴッド・セイヴ・ザ・クイーンの一部)
クリス・トーマス プロデューサー
ビル・プライス エンジニア、製作
ジョン・ウォールズ AIRスタジオ・セカンド・エンジニア
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。(怒涛の53曲入り40周年記念エディションです。オリジナルアルバムは12曲まで)
このバンドは解説は野暮ですし、音と映像があれば十分だと思います。好き嫌いはあると思いますがまずは体験していただきたいと思います。
1, Holidays in the Sun さらばベルリンの陽
晴れた休日というのどかなタイトルをぶち壊すかのような軍隊の足跡みたいな音から始まります。ギターのストロークと下降フレーズ(ザ・ジャムのイン・ザ・シティにもつながります)、ドラムとベースが聞こえてきてジョニー・ロットンの登場です。ベルリンの壁なんか超えてしまえと歌います。ここからはもうピストルズの世界です。ベルリンの壁が崩壊するのは1989年ですのでこれから10年ちょっと後になりますが言ってた通りになりました。最後のSOS信号が途切れるような終わりかたも最高です。
ダブりますが単体プロモ動画がこちら
2, Bodies ボディーズ
低い不気味なフレーズで始まります。女の子の悲惨な歌です。私は動物じゃないと歌います。
3, No Feelings わかってたまるか
イントロがかっこいい曲です。詩の内容はこれまた・・・
4, Liar ライアー
もう全てがウソだという曲です。世の中の誰も信じられないと歌います。
5, God Save the Queen ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン
イギリス中で物議をかもした問題曲です。「イギリスに未来はない、女王陛下に未来はない、あんたの未来は俺たちだ」という内容です。女王陛下のポートレイトに安全ピンを刺したポスターは世界中に広がりました。
6, Problems 怒りの日
問題が多すぎる、問題はあんただ。と歌います。
7, Seventeen セブンティーン
17歳というタイトルなのに「君はまだ29歳」と始まります。無気力についての歌です。
8, Anarchy in the UK アナーキー・イン・ザ・UK
最初に聞いた時のコックニー訛りだらけの歌いかたが斬新でした。
不気味な笑い声で始まり、反キリスト、無政府主義でテロ組織も全部利用して破壊してやるぜ、と歌います。
9, Submission サブミッション
SMのことらしい。
10, Pretty Vacant プリティ・ヴェイカント
俺たちはどうせ空っぽだ、という内容です。
11, New York ニューヨーク
アメリカを、ニューヨークをこき下ろしています。
12, E.M.I 拝啓EMI殿
A&Mに契約を切られたピストルズはEMIと契約をします。それを歌った曲ですが、結局EMIにも切られてアルバムはVirginから発売されます。Virgin Recordを象徴するミュージシャンといえばマイク・オールドフィールドですが、最後まで反対反対だったそうです。そりゃそうだよねえ。
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