キング・クリムゾンの登場によってプログレッシブ・ロックの開化となったのが1969年です。
同じ頃、同じ時期にイギリスで今なお活動を続けるモンスターバンド、イエスが誕生しました。
60年以上の長きにわたってロック界に君臨してきたプログレッシブ・ロック・バンド、イエスはメンバー変遷と音楽の変化を続けながらも今なお第一線で活躍するビッグネームです。
そのイエスの長い活動の中でも「これぞイエスを代表するアルバム」「まずはこれは知っておかなきゃお話に・・」と言われる名盤が二つあります。
それが今回する「こわれもの」と以前に紹介しました「危機」です。
もしかしたら、じゃなくて本当は一番売れたのは「オーナー・オブ・ア・ロンリー・ハート」の入っている1983年リリースの「90125」なのですが、生粋のイエスファンでこれを1位に上げる人はいない・・・どころかプログレを愛する世界では「これが最高」などと言っていては友達はできません。
私もリリース当時リアルタイムで「おなおばろんりはっ」というフレーズを聞いた時は「ああ、これはもう普通に産業ロックですがな」と唖然としたものです。
当時、プログレ・ファンは困惑しました。ハードロック・ファンから「リッチー・ブラックモアズ・レインボーが「信州りんご (Sience You Been Goneです)」や「愛されんだ(I Surrenderです)」を演っちまった時の俺らの気持ち少しはがわかっただろ」などと揶揄されたものです。
テクノ、ニューウェイヴ全盛期の1980年代はそれまでのロックのパイオニアたち、1960年代から70年代にかけてロックの歴史を作ったミュージシャンにとっては氷河期でした
時流に乗る気のないボブ・ディランの人気が低迷し、新しいことをやろうとするニール・ヤングは空回り、最新のブラック・ミュージックを常に取り入れてきたローリング・ストーンズもうまくいってはいませんでした。
まあストーンズの場合はその時最新のブラック・ミュージックのエッセンスをうまく取り入れてきたのですが、当時ブラック・ミュージックはラップ、ヒップホップが主流、というか他はなし状態だったのでストーンズの本質 “ブルーズ”、“R&B”、“ソウル”からはかけ離れており、当然の如くうまくいきません。
そういうロックの大物バンドにとっては氷河期でした。
イエスはそういう中でも大ヒットを飛ばしましたが、シンプルなフレーズとポップな歌は本来のイエスらしくはありません。
やはり他のバンドではできない革新的なサウンドを作っていたプログレッシブ・ロックのイエスとは前述の2枚「こわれもの」「危機」にとどめを指すものと再認識されました。
アルバム「こわれもの」は1971年11月12日にリリースされたイエスの4枚目のアルバムとなります。
ジャケットデザインはこれからイエスとは長い付き合いとなるロジャー・ディーンという特徴ある絵を描くアーティストです。
ユーライア・ヒープをはじめ他のヨーロッパ系のアーティストのジャケットも手がけていますが、エイジアやイエスのメンバーのソロなどイエス関連のものが多くあり、ロックファンの間ではかなりの確率でイエス関連のアルバムとロジャー・ディーンのイラストはシンクロしています。
このアルバムからキーボードにリック・ウェイクマンが加入したことにより、歴史に残る黄金のラインアップとなりました。
ウェイクマン以前のキーボード奏者、トニー・ケイは電子楽器を演奏するのがいやになってやめたということです。
リック・ウェイクマンはメロトロンやムーグ・シンセサイザーを駆使してイエスの世界を広げることに貢献しました。
まあ時代からしてしょうがないのですが、中には「この雑なムーグの音が嫌」という人も一定程度いらっしゃいます。
アルバム収録曲のうち、4曲はバンドで、5曲はソロで、といういかにも “時間が足りませんでした” 状態で制作されたアルバムです。
しかしながら短いソロ曲が奇跡的にうまく曲間の繋ぎとして生きており、スティーヴ・ハウのガットギターによるソロなどはバンドの枠を広げるいいアクセントになっています。
この布陣で次の「危機」も制作されます。
ただし、バンドは順風満帆だったかというとさにあらず、メンバー間はギスギスして曲はいつまで経ってもまとまらない、出来上がらないという本人たちにとっては地獄の日々だったようです。
そういう中でこそ生まれる名盤というのもあるんですね。
そういう今まで廃盤になることもなくレコード、CD、ハイレゾとメディアの変遷にもビートルズなどと同じく対応してきたイエスのカタログ群ですが、ここにきて「スティーヴン・ウィルソン・リミックス」や「2024リミックス」などといろんなヴァージョンが登場しています。
ここでやっぱり「結局のとこ、どんなもんでっしゃろ」という好奇心を抑えきれず、購入してみました。
そして「CD」と「スティーヴン・ウィルソン・リミックス」と「2024リミックス」の比較です。
まず、スティーヴン・ウィルソンという人
スティーヴン・ウィルソンはイギリス出身、1967年生まれのミュージシャン、プロデューサーです。
音楽活動を続けながらも最近はジャンルを問わずロック関係の「サラウンド・ミックス」やプログレを中心とした「スティーヴン・ウィルソン・リミックス」で有名な人です。
次第に数が多くなってきており、彼の仕事の評価が高いことが伺われます。
本人の意思に反しているかもしれませんが、最近ではミュージシャンとしてよりリミックス・エンジニアとしての方が有名となっています。
スティーヴン・ウィルソン・リミックスのサウンド(96kHz, 24bit)
2024年版です。2015年版はすみません、聴いていません。
最初に感じるのは、やはり評判がいいだけあって丁寧なリミックスがされています。
彼の作る音はアップデートして現在の音に近づけようとしている音ではありません。
ちょっと遠鳴りで立体感のある音、昔のレコーディングスタジオで鳴っていた音を磨き上げた感じで、言うなれば超高級アナログオーディオの音を身近に聞けるようにしたものです。
それはちゃんと時代の空気を残した音です。
roonで再生するととっても面白いのです。
特にバスドラムの音なんかは1070年代をすごく感じます。
イントロが始まって歌が入り、“Call it morning driving through the sound of in and out the valley” とリズム重ねて音程を落としていくところで思わず笑ってしまうのでした。
ベースの音は柔らかくすごく低い方向に伸びています。
当時のセッティングではリッケンバッカー4001はスタジオでこういう音を出していたのか・・・などと想像してしまうのでした。
聴きながら感じたことは、このリミックスはなぜか聴く音量によってイメージが変わってきそうです。
その辺も含めてアナログ的ですな。
2024リマスターのサウンド(192kHz,24bit)
最近のリマスターサウンドは一頃のやたらと分離がよく音圧の高いくっきりはっきりした音から、制作時の環境、空気感を考えた音になってきました。
そんなにレベルが高くなくて遠近感を感じる音です。
この辺りも近年のビートルズのリマスターの音が時代を引っ張っているような気がします。
このリマスターも例に漏れず音を今風にアップデートしながら空気感を交えてまとまった音になっています。
ステーヴン・ウィルソン・リミックスとの違いは2024リマスターの方がより輪郭がはっきりして煌びやかな感じがします。
ここにきて2024リミックスをリリースするということは、スティーヴン・ウィルソン・リミックスは今後のデフォルトではなく、あくまでヴァリエーションの一つと考えているのでしょう。
CDのサウンド(多分2009年デジタルリマスター)(44.1kHz,16bit)
今回比較していて改めて思ったのですが、昔からこのCDは音がいいとは思っていました。
音圧も激高です。
音質となるとキーボードが全体に幕を張って、ザラザラした楽器とヴォーカルが絡んでいきます。
はい、これはこれでめちゃロックな音です。
この粗い音の塊で作る迫力はCDフォーマット(44.1kHz, 16bit)でしか出せないかもしれません。
若干聞き疲れする音なんですが、むしろロックはそれでいいのかも、と思わせてくれます。
audirvanaで再生するとクリス・スクワイヤの弾く暴力的なリッケンバッカーのベース音が楽しめます。
なぜか改めてCD見直しました。捨てたものではありません。
以上、何が良くて何はダメという評価は致しません。それぞれの個性を楽しむべきで、到達点は一つではないと思いました。
アルバム「こわれもの」のご紹介です。
演奏
ジョン・アンダーソン リードヴォーカル、バックヴォーカル
スティーヴ・ハウ エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター、バックヴォーカル
クリス・スクワイア ベースギター、バックヴォーカル
リック・ウェイクマン ハモンドオルガン、グランドピアノ、RMI368 エレクトラピアノとハープシコード、メロトロン、ミニムーグ
ビル・ブラフォード ドラムス、パーカッション
プロダクション
イエス プロダクション
エディ・オフォード エンジニア、プロダクション
ゲイリー・ナーティン アシステント・エンジニア
ロジャー・ディーン アートワーク、フォト
デヴィッド・ライト ビル・ブラフォードのフォト
ブライアン・レーン バンク・ローン・アレンジメント
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。2024年リミックス、リマスターバージョンが入っています。
1, Roundabout ラウンドアバウト
(ジョン・アンダーソン、スティーヴ・ハウ)
フェイド・インというかギターのボリュームを上げながら入ってきます。
この感覚がたまりません。
構成が複雑で次作の「危機」につながりそうな雰囲気です。
2, Cans and Brahms キャンズ・アンド・ブラームス(交響曲第4番ホ短調第3楽章)
(ブラームス、アレンジド・バイ・リック・ウェイクマン)
リック・ウェイクマンの趣味の世界のようですが、アルバムが格調高くなります。
3, We Have Heaven 天国への架け橋
(ジョン・アンダーソン)
これはお遊びの世界です。次の曲のイントロです。
最後は走って逃げる靴音が聞こえます。
この時代ピンク・フロイドにもこの手のがありました。
4, South Side of the Sky 南の空
(ジョン・アンダーソン、クリス・スクワイア)
割とポップで聴きやすいメロディで始まりますが、途中からの展開が・・・さすがプログレです。
「危機」と同じ雰囲気があります。
イエスらしくいろんな曲を(無理やりにでも)繋げた感じです。
5, Five per Cent for Nothing 無益の5%
(ビル・ブラフォード)
これもセッションの1場面という感じで遊び心満載です。
6, Long Distance Runaround 遥かなる思い出
(ジョン・アンダーソン)
個人的にこういう曲がイエスらしいと思っています。
凝ったサウンド、凝ったリズム、その上で綺麗なメロディのヴォーカルです。
7, The Fish (Schindleria Praematurus) ザ・フィッシュ
(クリス・スクワイア)
自然と前曲から続きます、ヴァリエーションの一部です。
ほぼインストですがきちんとヴォーカルを入れれば1曲仕上がりそうな曲でもあります。
8, Mood for a Day ムード・フォー・ア・デイ
(スティーヴ・ハウ)
スティーヴ・ハウのアコースティック・ギターのソロです。
この曲の存在はこのアルバムでは大きいと思います。
1980年くらいのギターマガジンにこの曲の譜面が載っていて、一生懸命練習したことを思い出します。
9, Heat of the Sunrise 燃える朝焼け
(イアン・アンダーソン、クリス・スクワイア、ビル・ブラフォード)
最後を飾る11分を超える大作です。キング・クリムゾンみたいな感じ、攻撃的なフレーズで始まり徐々に重いテンポになってを繰り返します。
3分30秒あたりから静寂な世界に入ります。
徐々にクレッシェンドしていくあたりが聞きどころです。
ミドルテンポで歌い上げて最初のフレーズに戻ったりしながらイエスならではの世界を描いています。
最後に「We have Heaven」が出てきます。
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