「ボブ・ディランとザ・バンド、1974年のロックなアリーナツアーの記録」Before the Flood / Bob Dylan and The Band / 偉大なる復活 : ボブ・ディラン・アンド・ザ・バンド

 
 時は1970年代中期、この頃になるとロックが大型ビジネスとして成立します。
アリーナロック、産業ロックなどと言われるジャンルが出現しました。

これはその直前の話です。

すでに歴史的ミュージシャンとなっていたボブ・ディランと大物バンドに上り詰めた状態のザ・バンドが手を組んで北米ツアーを敢行します。
この模様は1974年リリースのアルバム「偉大なる復活 : ビフォアー・ザ・フラッド」としてアルバム化されました。

このツアーはロックの一般化、大衆化になる過程としては重要なイベントでした。
来たるべき大物アーティストによるアリーナツアーという一大イベントのハシリです。

当時、大ヒットアルバムを持つ2大ロックアーティストの合同ツアーということでファンの期待値は上がりきっていました。
そしてエレクトリック・バンドサウンドのロックなディランはもう裏切り者ではなくなっており、暖かい歓声で迎えられます。

大観衆を前にケンカ腰で叩きつけるように歌っていく、ロックでパンクな「ボブ・ディラン」が堪能できます。
観衆と一体でエキサイティングなディランのライブの世界に浸れること請け合いです。

邦題タイトル「偉大なる復活」と聞くと、なんだディランは落ちぶれていたのかと錯覚しそうですが、そうではありません。

同年1月、ディランは初のザ・バンドとの公式スタジオアルバム「プラネット・ウェイヴス」をリリースしました。
ザ・バンドとの共演はオフィシャルなものとしては初めてのことです。
まだ「地下室」も「ブートレッグ・シリーズ」も無い時代なのです。

このアルバムはディラン初の全米No.1アルバムとなっており、その勢いを借りてのジョイント・ツアーです。(それまでの13枚の歴史的アルバムが1枚も1位になっていないということも驚きです)

8年前の1966年、ザ・バンドとのヨーロッパツアーは歴史の残る「裏切り者」発言に代表される散々なものでした。
フォークからエレクトリックに移行したディランに賛否両論(否の意見が強かった、というか声が大きかったのですが)で大変な目に遭いました。
あれから8年、ここではいかにもロックなミュージシャンというボブ・ディランが確認できます。
(そういう意味の「復活」だったのか?)

このアルバム「偉大なる復活」はビルボード200で3位、全英アルバムチャートで8位を記録してRIAAよりプラチナアルバムの認定を受けました。

この頃はザ・バンドもアルバム「ムーンドッグ・マチネー」をリリースした時期です。
前年の1973年には60万人以上集まったと言われるフェス最大規模のワトキンス・グレン・ミュージック・フェスティバルにグレイトフル・デッド、オールマン・ブラザーズ・バンドと出演しています。
3つのバンドでウッドストックを超えたと評判になったものです。
ということも手伝って音楽界では押しも押されぬ超人気バンドとなっていました。
と言って手放しに喜びたいところですが、実はちょっと違います。

ここでちょっとザ・バンドの大ファンでもあるわたくしの感想を言わせてください。
ザ・バンドのスタジオ盤の流れとしてはちょっと4作目のちょっと散漫な印象と言われた「カフーツ」その後はカバー曲集「ムーンドッグ・マチネー」と来ているところです。
はっきり言ってしまえば初期のピークを過ぎてしまって方向性に迷っている印象の時期なのです。

ディランのバックバンドとしては申し分ありませんが、ここに収められているザ・バンドのパートとライブアルバム「ロック・オブ・エイジズ」を比べてみると、気合の入り方が違うような気がします。
もちろんジョイントコンサートでメインがボブ・ディラン、さらに今までにない大アリーナツアーなのでやりにくい部分はあったのだろうと思いますが、演奏が若干荒く散漫に感じてしまうのです。

「ロック・オブ・エイジズ」や「ラスト・ワルツ」などで感じられるザ・バンド特有の「研ぎ澄まされた音楽の大吟醸感」が希薄です。

ついでに言えばディランだって「パット・ギャレット・アンド・ビリー・ザ・キッド」のサントラの後、アウトテイクとカバーで作った「ディラン」(タイトルからしてやる気が感じられません)をリリースしていました。
「プラネット・ウェイヴス」はスランプからの立て直しを図るべく再度、ザ・バンドと組んだとも思えます。(そういう意味もある「復活」だったのか、深いなあ)

そういう状態での大規模会場中心の「ビフォアー・ザ・フラッド」ツアーは単純にお金儲けのためのツアーと揶揄されることもありました。
まあそれはそれでいいです。新しいビジネスプランは誰かが始めなければ、やらなければならないのです。
しかもそういうこと、大規模なアリーナツアーができるミュージシャンは限られています。

なんだかんだ言っても、その後に続く新しい歴史の幕開けです。

それから50年後の今年2024年、すごい事態が発生します。
あろうことかディランの1974年ツアーとして27枚組という、なんともM体質のロックファン向け、もしくはお金と暇を持て余しているオヤジロック世代向けのコンプリートセットが出現しました。

ここ数年、ボブ・ディラン様はファンの限界を試すかのごとく、このような情け容赦ないボリュームと鬼のような金額のアーカイブものを連発してくださいます。
まことに・・・ありがとうございます。(泣)

はい、もちろん私も買ってしまいました。

開けてみると廉価版の特集CD ボックスみたいな感じで、金額に見合わないチープな装丁に涙が出そうになります。
でもそれがなんですか、そんな些細なことにめげてなんかいられません。
去年の来日以降、ディランのニュースは今年に入って久々です。

この27枚組のセットは1974年のツアーのボブ・ディランの歌のみが日毎に網羅されています。
ザ・バンドだけのパートはありません。
ある意味それでよかったのかも、と思います。
ザ・バンドについてはこのツアーとは別の主導権を持ったザ・バンド単体ツアーのコンプリートに期待します。
と言ってもロビー・ロバートソン亡き今、もう無理かも。

その昔は「偉大なる復活」はLPレコードで持っていました。
「1974Tour」という3枚組CDも持っていました。
でもあまり頻繁にきくアルバムではありませんでした。
ディランについてはこの後に出てくる「血の轍」や「欲望」が、ザ・バンドについては次の「南十字星」がそりゃまたすごい大名盤なのでどうしてもそちらに引っ張られてしまします。
しかもそれらの傑作とこのライブツアーは関連がほとんど見られません。

思うにこのコンサートのように大観衆を相手にイキりまくりで歌うのはディランらしくもザ・バンドらしくもないし、音質がイマイチだし、とも思っていました。

でもディランのやることですから全てが気になります。

今回のリマスターでどのように改善されているのか楽しみです。
大観衆を前に有名曲をこれでもかと言わんばかりに次々と繰り出すディランとザ・バンドでしかできないライブですので、基本的に演奏自体が悪いわけがありません。

で、聞いてみた正直な感想として、音質については最近のビートルズやピンク・フロイドなどの最新リミックス、リマスターを知ってしまっている耳には驚くような音質向上は感じられません。
リマスター効果は認めるもののさほどの進化は感じられません。
まだ半分も聴いてませんけどね。

ありきたりな言い方をすると “ディランの最初に聞くべきアルバムではなく、ディラン初心者が聞くべきアルバムではありません” (こういう評論家めいた言い方は嫌いなんですけど、いきなり27枚組を勧める人を信用してはいけません)

オリジナル「偉大なる復活」のジャケットはこの時代流行していた(ディランが流行らした)アンコール時にライターに火をつけて揺らすという状況を捉えたものです。
今と違ってこの時代はまだ喫煙人口が多く、みんな当たり前のようにライターを持っていたんです。
もっとも日本では消防法の関係上、この行為はさっさと禁止になりました。

今となってはこう感じます。
大規模アリーナツアーを最初に仕掛けたこと、数年後に出てくるパンクの衝動を感じる、などは評価できるものです。
そしてエネルギッシュでロックなライブを浴びるように聴けるのは快感です。

ただディランはこの後、多分こういう空気が嫌になってか、この路線に身をおいてはいけないという感じでこういうコンサートの形式はやめました。
ツアーのバックバンドメンバーはコーラス隊なども追加して大所帯になったりしますが、敢えてプログラム通りの予定調和のコンサートにしない、その時の状況によって自由に内容を変えていくようなスタイルにします。

大体においてディランの音楽の出発点はウディ・ガスリー譲りの街角に立ってギターを弾きながら「おいでみなさん、聞いとくれ」と語る音楽です。
ブロードウェイやラスベガスのショーマンシップに溢れたものとは違うのです。

そしてこの後のライブ様式はローリング・サンダー・レビュー、さらにはネバー・エンディング・ツアーに傾れ込むことになります。

1974年のディランは常に率先して新しいことに挑戦し、開拓していた時代のボブ・ディランです。

アルバム「偉大なる復活」のご紹介です。

演奏
ボブ・ディラン  ギター、ハーモニカ、ピアノ、ヴォーカル
ロビー・ロバートソン  ギター、ヴォーカル
リック・ダンコ  ベースギター、フィドル、ヴォーカル
ガース・ハドソン  ローリーオルガン、クラヴィネット、ピアノ、キーボード、サックス
リチャード・マニュエル  ピアノ、エレクトリック・ピアノ、オルガン、ドラムス、ヴォーカル
リヴォン・ヘルム  ドラムス、マンドリン、ヴォーカル

プロダクション
ボブ・ディラン&ザ・バンド  プロデューサー
フィル・ラモーン  レコーディング・エンジニア
ロブ・フラボニ  レコーディング&ミキシング・エンジニア
ナット・ジェフリー  ミキシング・エンジニア

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

1,   Most Likely You Go Your Way (And I’ll Go Mine) 我が道をいく

7枚目のアルバム「ブロンド・オン・ブロンド」からです。
最初に聴いた時、このツアーならではの「やったるでえ〜」とイキって吐き捨てるような歌い方に素直に「かっけー」と思いました。
ドラムも走ってます。ロビーのギターもロックギターの音になっています。(ザ・バンドのサウンドは普通の音ではいかんという意味で、ここは賛否分かれるところです)

2,   Lay Lady Lay レイ・レディ・レイ

1969年リリースの「ナッシュビル・スカイライン」からです。
オリジナルの方は珍しくもクルーナー・ヴォイスと言われる澄んだ声で歌っています。ディランがこれでは気持ち悪いと評価は分かれたところでした。
ここでは1曲目に続いて力一杯歌ってます。ギターもいい感じで絡んでいきます。

3,   Rainy Day Woman #12&35 雨の日の女

「ブロンド・オン・ブロンド」のオープニングナンバーです。
オリジナルはほのぼのニューオリンズのマーティングバンド風です。
ここでは気合いの3連符で突き進みます。ホーンセクションがない代わりにオルガンとギターが頑張ります。

4,   Knockin’ on Heaven’s Door 天国への扉

映画「パット・ギャレット・アンド・ビリー・ザ・キッド」からです。
シンプルなコード進行(G, D, Am7, / G. D. Cの繰り返し)と男くさい刹那的なメロディと歌詞が素晴らしく、ガンズからTOKIOまでジャンルを問わずカバーされました。
泣きのギターソロやピアノソロなどを入れやすい曲ですが、師匠は敢えてそういう当たり前のことはしないのです。

5,   It Ain’t Me Babe 悲しきベイブ

4枚目のアルバム「アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン」のラストを飾る曲です。
見方によってはブリティッシュ・バンドっぽいメロディでもありますが、ここでは汗臭いおっさんたち(本当はまだ若いけど)がダミ声でハモリます。

6,   Ballad of a Thin Man やせっぽちのバラッド

6枚目のアルバム「追憶のハイウェイ61」からです。
“何かがここで起きている。だけどあんたにはわからない。そうだろう、ミスター・ジョーンズ” という男が男をディスる歌です。ロックの世界ではこういう歌が時々登場します。

7,   Up on Cripple Creek クリプル・クリーク

ここからザ・バンドの時間です。セカンドアルバム「ザ・バンド」からの曲です。
この曲の聞きどころはイントロのリック・ダンコのベースと、曲中にビビビと響き渡るなんともいえないガースのシンセサイザーなのですが、そこがちょっと希薄です。

8,   I Shall  Be Released アイ・シャル・ビー・リリースト

デビューアルバム「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」からディラン作曲のナンバーです。
イントロのピアノですでにその世界に引き込まれます。
ヴォーカルのリチャードはちょっと喉の調子が悪いのかと思いますが、この曲にはそういう絞り出すような声がまた会っています。

9,   Endless Highway エンドレス・ハイウェイ

リック・ダンコの歌唱です。こういう曲をやらせるとすごい安定感です。

10,  The Night They Drove Old Dixie Down オールド・ディキシー・ダウン

これもザ・バンドのセカンドアルバム「ザ・バンド」からの代表曲です。
南北戦争などアメリカの歴史、伝統を彷彿させる歌の世界がいつ聴いても素晴らしいと思います。
他にはない味わいです。

11,  Stage Fright ステージ・フライト

ザ・バンドのサードアルバムのタイトル曲です。ここでもリック・ダンコの歌唱が光ります。
いつ何時(なんどき)でも力技で自分の世界に持っていけるのはすごいことです。

12,  Don’t Think Twice, It’s All Right くよくよするなよ

ディランのアコースティック・セットの時間です。
まずはセカンドアルバム「フリーホイーリン」からです。
「同じことを考えるな」を「クヨクヨするな」と訳したのはさすがです。
この曲はギターとハーモニカだけの方が「ディランは強い、美しい」と感じます。

13,  Just Like a Woman 女の如く

ディランのある意味ピークだった「ブロンド・オン・ブロンド」からで、シングルカットもされました。いい曲ですがもちろんシングルヒットなんてしません。ビルボード・ホッと100で33位止まりです。
ここではアコースティック・アレンジでいきます。歌い方は個性的ですが表現としての巧さも感じます。哀愁のハーモニカ・ソロで終わります。

14,  It’s Alright , Ma (I’m Only Bleeding) イッツ・オーライト・マ

アルバム「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」からです。
もともとアコースティック・ギターによる弾き語りの曲なので安定感があります。
歌詞に合わせて歓声も上がります。

15,  The Shape I’m In ザ・シェイプ・アイム・イン

またまた、ザ・バンドの時間です。
サードアルバム「ステージ・フライト」から珍しくリチャード・マニュエルがアップテンポで歌う曲です。喉の調子はすごく悪そうです。

16,  When You Awake ホエン・ユー・アウェイク

セカンドアルバムからリチャード・マニュエルとロビー・ロバートソンの共作ですが歌うのはリック・ダンコです。
有名曲でもないのですがここでこういうのを演ってしまうところがすごいところです。

17,  The Weight ザ・ウエイト

ザ・バンドを象徴する曲です。映画「イージー・ライダー」でも使用されて時代を象徴する名曲となりました。実際、時間を超えた名曲です。

18,  All Along the Watchtower 見張り等からずっと

1967年リリースの8枚目のアルバム「ジョン・ウエズリー・ハーディング」に収録されています。ジミ・ヘンドリクスのカバーでも有名な曲です。オリジナルはアコースティックギター主体のシンプルなアレンジですが、ここではジミに似せてロック調で演奏します。

19,  Highway 61 Revisited 追憶のハイウェイ61

ディランを代表する一枚のタイトルトラックです。

20,  Like a Rolling Stone ライク・ア・ローリング・ストーン

ディランを象徴する曲です。バンドと演るとなんとも言えない存在感を感じます。8年前のツアーでは裏切り者扱いされたものでしたが、時代は変わるものでもう誰から見てもディランの代表曲となっています。

21,  Blowin’ in the Wind 風に吹かれて

ロックアレンジの「風に吹かれて」です。素直にいえばこの曲は弾き語りの方が似合います。でもディランがそうしたいと思ったのですからしょうがありませんな。

ご参考までに最新音源です。


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