

ボブ・ウェルチは今となっては知る人ぞ知るという存在感かもしれませんが、第一級のハイセンスなミュージシャンでした。
代表作はこの「フレンチ・キッス」です。
それほど有名なアルバムではないかもしれません。
多分ロック史上重要と言われるアルバムでもありません。
しかもモンスターヒットとなったアルバムでもありません。(彼のキャリアでは一番セールス的にも成功しましたが)
ウェルチと言っても、どちらかといえばまる絞りの果汁を作っているあの飲料メーカーの方が有名です。
ボブ・ウェルチは基本的には曲を作って、ギターを弾きながら歌うスタイルです。
1970年代を中心に活躍しました。
キャリアは長く、かの有名な大物バンド、フリートウッド・マックにも在籍していました。
リンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが加入して「噂」で大ブレイクする前の、そしてピーター・グリーンの居たブルーズロックの時代の後になります。
フリートウッド・マックを抜けた後はほんのちょっとの間「パリス」というスリーピースのハードロックバンドを結成しています。
マニアックなファンからは「第2のツェッペリンになるべき存在かも」と熱狂的に支持されていました。
パリスの突然の解散後、ソロとしてのファーストアルバムが本作です。
実はこのアルバムの曲は「センチメンタル・レディ」を除いてパリスのアルバム用に考えていたようですが、解散してしまったためソロ名義でリリースしたとのことです。
「センチメンタル・レディ」はフリートウッド・マック時代のセルフカバーとなります。
六枚目のアルバム「枯れ木=Bare Trees」に収録されています。
ここでのアレンジはジャケットに合わせたみたいな霞んだ感じの曲調です。
比較するとフレンチキッス・バージョンの方がアレンジがかっちりしていてメロディの良さが際立っています。
そういえばこの頃、フリートウッド・マックも代表作となる名盤「噂」をリリースして話題になっていました。
実のところわたくしは興味がありませんでした。
「そんな男女混合の仲良しクラブみたいなバンドはロックじゃねえ」と片田舎の高校生のロック少年は思っておったものです。(可愛いもんです。ちなみに1980年の2度目の来日公演には日本武道館に行きました)
ボブ・ウェルチというミュージシャンはすべからく過小評価されているとは思いますが、ギタリストとしてもヴォーカリストとしても独特の味があり、ソングライティング能力も高いものがあります。
そしてここにそれを証明するような奇跡的に美しい、素晴らしいアルバムを残してくれました。
個人的に大好きな、貴重で重要なアルバムです。
日本ではそんな訳でメジャーなアーティストではありませんが、世界規模で見るとファンは多いように見受けられいまだにアルバムは残り続けています。
今聞いても時代を超えたような美しいメロディが目白押しです。
軽く歌う歌い方もこの人の曲調にあっています。

ボブ・ウェルチは1945年8月31日にロサンゼルスの父は映画プロデューサー、母は歌手、女優というショービズ一家に生まれました。
少年期はクラリネットを学び、ティーンエイジャーになるとギターを手にしてジャズ、R&B、ロックに興味を持つようになります。
1960年代中期からLAでバンド活動を開始します。
転期となるのは1971年にピーター・グリーンの後釜としてフリートウッド・マックに加入してからです。
そこでウェルチはクリスティン・マクヴィーと共にフリートウッド・マックをブルーズロック路線からポップな方向へ変えていきます。
曲も提供しつつ1971年から1974年まで計五枚のアルバムに参加しました。
その後はスリーピースのロックバンド「パリス」を結成して2枚のアルバムをリリースしました。
パリスはデビューアルバムを聴くとなかなかのハードロック路線ですが、ここでも徐々にポップな方向へシフトしていった感じです。
パリスは短命に終わりましたが、ウェルチは今度はソロでデビューし、この「フレンチ・キッス」をリリースします。
これが今まで以上の成功をもたらしました。
その後もソロで活動していきますが、惜しむらくは2012年6月7日、ナッシュビルの自宅で拳銃自殺してしまいました。
66歳でした。
彼の存在はちょっと特殊でしたが曲も書けて、歌も歌え、演奏も達者という才人です。残っている楽曲には不滅のメロディーがたくさんあります。
私の「フレンチ・キッス」との最初の出会いは高校生の頃でした。
ある日、友達の家に行くとLPレコードが置いてありました。
友達のお兄さんの買ったものでした。
まずアルバムジャケットを見て拒否反応を示しました。
田舎の純真な高校生は思いました。
「チャラい、女にうつつを抜かしておる。ボブ・ディランやジョン・レノンの孤独や社会に対しての葛藤をに比べれば、こんな余裕をブッこいた遊び人なんぞはロックではない」などと思っておったのです。(可愛いものです)
で、「ふん、どうせ時間の無駄」とまで思いながらも聞いてみました。
すると1曲目からというかイントロが始まるとすぐに引き込まれてしまいました。
なんとも抗(あらが)い難い魅力に溢れています。
1曲目の「センチメンタル・レディ」だけでいかに自分の視野が狭かったかを思い知らされる感じでした。
聴き進むと前曲ポップでキャッチーで小洒落ています。
ギターポップとロックを絶妙に混ぜた感じで、センスの良さがわかります。
素直に俺って本当はこういうのも好きなんだと改めて思わされました。
白いパンタロンでもいいではないですか。
スモークサングラスにブロンドの美女もおしゃれでいいではないですか。
なれるものなら自分もこういう格好が似合う大人になりたいもんだ。・・・
なんてブラックジーンズを履いてハードロックとかパンクに夢中になっている垢抜けない高校生は思ったものでした。
これが私にとってのAOR体験です。
ボブ・ウェルチはあまりAORの範疇では語られませんが、田舎の高校生には立派な大人の世界の音楽でした。
思えばこういうコペルニクス的転回の音楽体験があったからこそ、ハードボイルドなロック少年のままではいられず、ブラックミュージックやジャズなども抵抗なく聴くようになったものと思われまする。

アルバム「フレンチ・キッス」のご紹介です。

演奏
ボブ・ウェルチ ヴォーカル、ギター、ベース
アルヴィン・テイラー ドラムス(Tr.1を除く)
ミック・フリートウッド ドラムス(Tr.1)
クリスティン・マクヴィー バッキングヴォーカル(Tr .1,2,12)
リンジー・バッキンガム ギターとバッキングヴォーカル(Tr.1)
ジーン・ペイジ ストリングアレンジ
ジュース・ニュートン バッキングヴォーカル(Tr.2)
プロダクション
ジョン・カーター プロデューサー
リンジー・バッキンガム、クリスティン・マクヴィー プロデュース(Tr.1)
ウォーレン・デューイ エンジニア(Tr.1を除く)
リチャード・ダシュット、ケン・キャレイ エンジニア(Tr.1)
アート・シムズ デザイン
ダニエル・キャサリン フォト
オリヴィエ・フェラン フォト



曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Sentimental Lady センチメンタル・レディ
はい、わたくしにとって永遠無敵の名曲です。
2, Easy to Fall イージー・トゥ・フォール
このアルバムのイメージをまとめたような曲です。
資料によるとこのアルバムのベースも全てボブ・ウェルチの演奏のようです。
結構ベース演奏も結構いけてます。
3, Hot Love, Cold World ホット・ラブ・コールド・ワールド
出だしのギターカッティングから気持ちの良い感じです。
ギターポップとして秀作だと思います。
シンプルな編成で聴かせます。途中のブレイクも嫌味がなく素敵です。
そして始まるギターソロ。この人のギターソロは全てメロディアスなのです。
パリスではこの路線を狙っていたのかもしれません。
ウェルチの弾くベースも押し引きをわきまえたいいセンスだと思います。
4, Mystery Train ミステリー・トレイン
フランジャーをかけたギターのイントロで始まり、これまたベースのフレーズが気持ちのいい曲です。
この曲あたりからアレンジがゴージャスになっていきます。
5, Lose My Heart ルーズ・マイ・ハート
続けてリズミカルな曲です。
フガフガしたような歌い方もご愛嬌。いいではないですか。ポップスとして極上です。
6, Outskirts アウトスカート
これはパリスを思い出させる重めのリフを使った曲です。
でもサビがポップなのでロックファン以外でも違和感なく聞けると思います。
と、なぜか私は援護射撃までしてしまう私なのでした。
7, Ebony Eyes エボニー・アイズ
シングルカットして全米14位まで上昇しました。これも名曲です。
コーラスにジュース・ニュートンが参加しています。(この人も懐かしい)
8, Lose Your ・・・ ルーズ・ユア・・・
遊びの、試行錯誤の時間です。
9, Carolene キャロリーン
ポップスの王道を感じる作りです。このアレンジはなんとも時代を感じますな。
10, Dancin’ Eyes ダンシン・アイズ
一風変わった曲調ですが、ポップな感じはおさえてあります。
ストリングスのアレンジはいらないんじゃね、と思わず思ってしまう私もいます。
でも最後はちょっといい感じの終わり方です。
11, Danchiva ダンシヴァ
これも手堅い感じでそつなく作ってあります。ベースが印象的です。
12, Lose Your Heart ルーズ・ユア・ハート
最後は「ルーズ・マイ・ハート」のマイナーアレンジで終わります。
メロディがいいのでどんなアレンジでも名曲、と思うのは贔屓している私だけ?
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