ここ数年、年末が近づいてくるとまたボブ・ディラン関係の新しいアルバムを楽しめる、という気持ちになる自分がいます。
あれ、今年はブートレッグ・シリーズも出ないのかと思っていたら、ディランの初来日公演の記録、1978年の武道館ライブの完全版がリリースされました。
今年は6月に新作「シャドウ・キングダム」もリリースされ、まだまだ健在なところが確認できました。
さらにブートレッグシリーズの流れを汲むような武道館ライブ「ザ・コンプリート武道館もリリースされましたので、今年も物足りなさはありません。
でも発売最初は価格にビビって躊躇していました。でも結局は好奇心を抑えられず買ってしまったのです。
まず、手に入れる前に思っていたこと。
思うになんですか、この価格設定。高すぎると思いませんか。CD四枚組で22,000円、レコードに至っては8枚組とはいえ44,000円です。もともと日本企画だったのでソニーさんはアメリカのコロンビアかCBSに弱みでも握られているのではないのでしょうか。いや逆でソニーさんが値を釣り上げたのか。
このアルバムはそれほど売れる要因があるとは思えません。大金を払ってでも体験したい、メディアとして持っておきたい、時間をとってじっくり味わいたいと思うような作品と本当に言えるのでしょうか。
だってスタジオアルバムとしては「ストリート・リーガル」の直後です。
今から思えばディランはここから苦悩の80年代に入るわけで、ディランヒストリーの中でも爆発前夜でも絶頂期でもありません。
ディランのライブといえばワールド・トレード・センターの「ユダ」発言の爆発寸前の緊張感とか、思いっきり熱いロックするぜ!の「ビフォアー・ザ・フロッド」とか、俺について来れるかという挑戦的な「ローリング・サンダー・レヴュー」です。
さらに時代的にも良くありません。世の中はパンクとニューウェイブ、テクノで大きく変わろうとしている時期であり、申し訳ありませんがテクノなんかは一番ディランに似合わないスタイルです。
なんか煮詰まっているみたいだから、ここらでしばらく休んだほうがいいんじゃないですか?と言いたくなるような時代なのです。
実際、これ以降の1970年代後半から1980年代のディランは売り上げも散々で、本人も色々と悩んでいる感じの時期でした。
宗教3部作(個人的には割とよく聞きます)で沈んでいって、1983年ぼ「インフィディル」でちょっと持ち直しますが、また沈みます。1989年の「オー・マーシー」でまたちょっと浮上するものの、またすぐ息切れして沈んでしまい、本格的な浮上は1997年の「タイム・アウト・オブ・マインド」まで待たねばなりません。
しかしそれ以降は安定した状態となります。ここらでやっと安心できたものです。
1980年代中期くらいからワールド・ミュージック、特にアフリカ系のミュージシャンがブレイクしましたので、そこらへんの感覚をうまく使えばディランの良さがでるような気が当時はしていました。
しかし生粋のアメリカ人であるボブ・ディランはプライドを持ってそれはしませんでした。(個人の感想です)
なのでこの販売戦略はもしかしたら新しくファンを獲得してディランの素晴らしさを広めようというのではなく、今現存する希少な富裕マニアから骨の髄まで搾り取ってやろうという戦略としか思えません。
可能性のあるところに投資をして市場を広げ、より将来を見据えた営業展開をしていこうという上昇意欲に満ちた会社ではなく、とにかく無駄を省いて今の体制を守り、今いる顧客からより効率的に利益を上げようという斜陽を絵に描いたような会社のやり方と同じに見えます。
(無知を承知で言ってます。本当のところは違うのです。きっと)
以上の長い前置きはこのアルバムを手に入れるまでのちっぽけな私の思っていたことです。
購入後の感想に入ります。
で誘惑に負けて購入しました。ハイレゾ音源です。割引やポイントを最大限利用しました。
そうやってリマスターされた音を聞いて驚きました。
なんと、今までのCDで聞いていた時と見える景色が違うのです。
これは低音がどうとか音像がどうとかの次元ではなく、別物です。存在感が違います。
音質だけでいうなら、特段にに迫力ある低音になったとか高音のキレが良くなったとかではありません。
オーディオ的に綺麗な音ではないのですがただただリアルで演奏空間を感じる音なのです。
ずっと聞いていても聞き疲れしません。
この音空間は今まで体験したことのないようなものです。
アルバムの感じ方が違ってきました。
この時、ディランの初日本公演です。ディランとしては、「日本で演るにしても日本語じゃないから歌詞の細かなニュアンスなどはどうせ伝わらないだろう。ではどういう方向でいこうか。まず、自分を感じてもらうためにストリート・リーガルの路線でできるだけ丁寧に演ろう。その方が独自の勤勉で面白い文化を持つ日本らしくていいか」と考えたのかもしれません。(個人の勝手な解釈です)
バックは「ストリート・リーガル」の編成を組んでいて、サックスやフルートもあり、女性コーラス隊もありの大編成でゴージャスな布陣です。でも演奏はアレンジも含めて統一感があります。そして今までになく丁寧にディランの音楽を紡いでいきます。
ディランの歌い方は今までのライブのように、がなったり、崩したり、突き放したりしません。
歌い方はディランであるもののずっと丁寧です。
この状態により、ライブはひたすら没頭してただそこに身を置くような時間が流れます。
今まで体験したことのないディランのライブです。
このリマスタープロジェクトの発端は2007年になって、1978年当時の完全な24トラックのテープが発見されました。
何度もリリースを打診しましたが了承は得られませんでした。
しかし15年越しの2022年にマネージメントから許諾されました。
このアルバムはリマスターするにあたっって菅野ヘッケル氏を中心に当時のエンジニア、デザイナーが総結集したそうです。
そうやって日本主導の日本独自企画、かつ日本洋楽史上過去最高峰の復刻事業と言われるプロジェクトにより完成しました。
ここには派手に装飾した音はありません。ただただありのままのネイキッドな音とも違います。
そうです。これこそが世界に誇る日本の仕事です。
という今までにない体験ができました。
とはいえメディアで購入するにはなかなか勇気のいる決断が必要です。納得できない人もいるでしょう。
今すぐにとは言いませんが、余裕ができた時で結構です。いつかは体験していただければと思います。
演奏
- ボブ・ディラン ヴォーカル、ギター、ハーモニカ
- スティーヴ・ダグラス サック、フルート、リコーダー
- スティーヴン・ソールス アコースティック・ギター、バッキングヴォーカル
- デヴィッド・マンスフィールド ペダル・スティール・ギター、ヴァイオリン、マンドリン、ドブロ、ギター
- ビリー・クロス リード・ギター
- アラン・バスケアー キーボード
- ロブ・ストーナー ベース、バッキング・ボーカル
- イアン・ウォレス ドラムス
- ボビー・ホール パーカッション
- デビ・ダイ、ジョー・アン・ハリス、ヘレナ・スプリングス バッキング・ボーカル
曲目
曲数が多いので、先に参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
Live at Nippon Budokan Hall, Tokyo, Japan – February 28, 1978
CD1
1. A Hard Rain’s A-Gonna Fall* 激しい雨が降る
セカンドアルバムに収録されている曲ですが、ここではインストで入場曲として使用しています。バンドが一通り音を出して、ディランの他では見たこともないような丁寧なコンサートの始まりです。
2. Repossession Blues* リポゼッション・ブルーズ
ローランド・ジェームスというギタリストの曲です。オリジナルはメンフィスのサン・レコードよりリリースされました。ブルーズ進行の渋い曲です。
3. Mr. Tambourine Man* ミスター・タンブリン・マン
歴史的名盤「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」に収録された代表曲の一つです。
フルートが入ると雰囲気が今までと違います。
4. I Threw It All Away* アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ
カントリーに接近したアルバム「ナッシュビル・スカイライン」に収録されており、シングルカットもされました。
じっくりと歌い込む曲です。オリジナルはカントリーバラッドですが、ここでは曲が進むにつれ音が厚く、ドラマチックなアレンジになっていきます。
5. Shelter From The Storm シェルター・フロム・ザ・ストーム
1975年リリースの70年代を代表するアルバム「血の轍」に収録されています。オリジナルはギター弾き語りですが、ここではバックビートのリズムを入れています。
6. Love Minus Zero/No Limit ラブ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット
「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」収録曲です。ハーモニカを聴くとああ、ディランだなぁとしみじみ思います。オリジナルより若干早いリズムで歌います。
7. Girl From The North Country* 北国の少女
セカンドアルバム「フリーホイーリン」が初出で「ナッシュビル・スカイライン」でジョニー・キャッシュともデュエットしました。
シンプルなバックで歌を紡ぎます。
8. Ballad Of A Thin Man* やせっぽちのバラッド
名盤「追憶のハイウェイ61」に収録されています。前の曲からの流れでシンプルに初めて途中からコーラスも入って音が厚くなります。正直、この曲に関してはオリジナルの雰囲気が好きです。
9. Maggie’s Farm* マギーズ・ファーム
「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」収録曲です。1984年の「リアル・ライブ」では走るリズムですが、ここではためのあるリズムです。こちらの方が面白い感じです。オリジナルはトーキングブルーズですけどね。
10. To Ramona* ラモーナに
ディラン四枚目のアルバム「アナザーサイド・オブ・ボブ・ディラン」に収録された弾き語りの曲ですが、ここでは凝ったアレンジでドラマチックに演ってます。
11. Like A Rolling Stone* ライク・ア・ローリング・ストーン
ロックを代表する曲です。
この曲はスタジオバージョンが完璧すぎるので、自分の曲とはいえそこは超えられない気がします。といっても演奏リストに入れてくれてありがとう、なんです。
12. I Shall Be Released* アイ・シャル・ビー・リリースド
ディラン作でザ・バンドに送った曲で、デビューアルバム「ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク」で取り上げました。
「我れ、解放されるべし」といういつの世にも、誰の心にも訴える曲なんです。
13. Is Your Love In Vain? * イズ・ユア‘ラブ・イン・ヴェイン
この時点での最新アルバム「ストリート・リーガル」に収録されているメロディアスな曲です。スタジオ版も名曲度が高いのですが、これもなかなかいけます。いかにもサックスソロが出てきそうな曲調ですが、あえて出しません。さすがディラン。
14. Going, Going, Gone* ゴーイング・ゴーイング・ゴーン
ザ・バンドをバックに制作したアルバム「プラネット・ウェイヴス」に収録されているバラードです。
大きくアレンジしてありますが、好きに言わせて貰えばオリジナルのロビー・ロバートソンのチキン・ピッキンのギターがないとなあ。とないものねだりです。
CD2
1. One Of Us Must Know (Sooner Or Later) * ワン・オブ・アス・マスト・ノウ(スーナー・オワ・レイター)
これも名作「ブロンド・オン・ブロンド」に収録されており、シングルカットもされました。タイトなリズムで突き進みます。これがいいです。
2. Blowin’ In The Wind* 風に吹かれて
説明不要の曲です。かなり崩して歌います。
3. Just Like A Woman* 女の如く
これも「ブロンド・オン・ブロンド」に収録されています。シンプルなアレンジがあっています。
4. Oh, Sister* オー・シスター
アルバム「欲望」に収録された異国情緒溢れるナンバーですが、ここではややハードボイルド風にアレンジしています。
5. Simple Twist Of Fate 運命の一捻り
アルバム「血の轍」からです。ここは歌い方、崩し方がいつものディランです。
6. You’re A Big Girl Now* ユーアー・ビッグ・ガール・ナウ
これもアルバム「血の轍」からです。オリジナルもそうですがこの雰囲気はディランならではだと思います。
7. All Along The Watchtower* 見張り塔からずっと
アルバム「ジョン・ウエズリー・ハーディング」収録で、ジミ・ヘンドリクスのバージョンで有名な曲です。
フルートはなくてもいいかな。
8. I Want You* アイ・ウォント・ユー
「ブロンド・オン・ブロンド」に収録されており、シングルカットもされました。評価の高い曲です。
原曲とはかなり変えてきている分、元の良さが思い出されます。「フォーエバー・ヤング」みたいと思ってしまいました。
9. All I Really Want To Do* オール・アイ・リアリー・ウォント・トゥ・ゴー
アルバム「アナザーサイド・オブ・ボブ・ディラン」に収録されています。
元が弾き語りな分、好きにリズムを入れたアレンジです。この単調なリズムがまたいいんです。
10. Tomorrow Is A Long Time* トゥモーロー・イズ・ア・ロング・タイム
「グレイテスト・ヒッツ・ヴォリューム2」に収録されています。エルヴィス・プレスリー、ロッド・スチュアート、クリッシー・ハインドなど多くのミュージシャンがカバーしています。隠れた名曲です。
11. Don’t Think Twice, It’s All Right くよくよするな
セカンドアルバム「フリーホイーリン」に収録された曲です。レゲエ・アレンジです。
12. Band introductions* バンド紹介
13. It’s Alright, Ma (I’m Only Bleeding) イッツ・オールライト・マ(アイム・オンリー・ブリーディング)
「ブリング・イット・オール・バック・ホーム」収録、ハードなアレンジで突っ込みます。
14. Forever Young フォーエバー・ヤング
「プラネット・ウェイヴス」に収録されている有名曲です。どう演っても名曲です。
15. The Times They Are A-Changin’ 時代は変わる
三枚目のアルバムのタイトル曲で、ディランのフォーク時代を象徴する曲です。早口トーキング調のナンバーですが、かなりスローなアレンジになっています。最後は全員で盛り上げて終わります。
Live at Nippon Budokan Hall, Tokyo, Japan – March 1, 1978
CD3
1. A Hard Rain’s A-Gonna Fall* 激しい雨が降る
かなりこなれた感じがします。
2. Love Her With A Feeling* ラブ・ハー・ウィズ・ア・フィーリング
初めて聞きました。といってもブルーズ調の割と定番な構成の曲です。
3. Mr. Tambourine Man ミスター・タンブリン・マン
今までの音源よりギターのイントロが生々しく聞こえます。
4. I Threw It All Away* アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ
前のセットではいきなり歌で始まりましたが、今度はイントロを入れてきました。良くなってます。
5. Love Minus Zero/No Limit* ラブ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット
まとまっています。
6. Shelter From The Storm* シェルター・フロム・ザ・ストーム
7. Girl From The North Country* 北国の少女
8. Ballad Of A Thin Man やせっぽちのバラッド
9. Maggie’s Farm マギーズ・ファーム
10. One More Cup Of Coffee (Valley Below) コーヒーをもう一杯
アルバム「欲望」に収録されたナンバーです。
原曲のイメージとはだいぶ違ったイメージです。悪くはありません。
11. Like A Rolling Stone ライク・ア・ローリング・ストーン
12. I Shall Be Released アイ・シャル・ビー・リリースド
13. Is Your Love In Vain? イズ・ユア・ラブ・イン・ヴェイン
こちらはイントロなしで歌から始まります。
14. Going, Going, Gone ゴーイング・ゴーイング・ゴーン
CD4
1. One Of Us Must Know (Sooner Or Later) * ワン・オブ・アス・マスト・ノウ(スーナー・オワ・レイター)
よりロックなアレンジになりました。
2. Blowin’ In The Wind 風に吹かれて
オリジナルがわからなくなるくらい崩して歌ってます。思わずにっこりです。
3. Just Like A Woman 女の如く
4. Oh, Sister オー・シスター
5. I Don’t Believe You (She Acts Like We Never Have Met) * アイ・ドント・ビリーヴ・ユー(シー・アクツ・ライク・ウイ・ネバー・ハヴ・メット)
三枚目のオリジナルアルバム「アナザーサイド・オブ.ボブ・ディラン」に収録のナンバーです。
タイトなリズムです。
6. You’re A Big Girl Now* ユー・アー・ビッグ・ガール・ナウ
前のセットよりアレンジを変えています。
7. All Along The Watchtower 見張り塔からずっと
アレンジがすっきりしました。ヴォーカルのバックにはフルートはありません。
8. I Want You アイ・ウォント・ユー
9. All I Really Want To Do オール・アイ・リアリー・ウォント・トゥ・ゴー
10. Knockin’ On Heaven’s Door 天国の扉
前のセットではなかった曲です。超有名曲です。レゲエのアレンジです。
11. The Man In Me* ザ・マン・イン・ミー
アルバム「新しい夜明け」からのナンバーです。オリジナルはもっとアーシーな感じです。
ここでは流れに合うようにアレンジしています。
12. Band introductions* バンド紹介
13. It’s Alright, Ma (I’m Only Bleeding)* イッツ・オールライト・マ(アイム・オンリー・ブリーディング)
14. Forever Young* いつまでも若く
15. The Times They Are A-Changin’* 時代は変わる
前のセットと同じように盛り上がって、終わってしまうのでした。
*Previously Unreleased
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