日本ではライ・クーダーは知る人知るミュージシャンかもしれません。
しかしアメリカンロック愛好家にとっては超大物のミュージシャンであり、良質なアメリカン・ミュージックの伝道者です。
アメリカの良心とも言える存在ですが、今や日本では、特に若い人には全く知られていない存在に思えます。
そこでまず、ライ・クーダーの人となりを知っていただきたいものです。
ロック界には「この人には絶対に期待を裏切られない」と感じる人がいます。
ライ・クーダー、J.J.ケイル、ジョン・ハイアット 、ヴァン・モリソン、マーク・ノップラーなどです。
そういう人たちの共通点はなんでしょうか。それは。
1、デビューしたときから基本的なスタンスが変わらない
ロックには変化、進化することに意義を見出す部分もあります。同じようなことを続けていたのではすぐに飽きられて忘れ去られることになりかねません。
ただし、極めようとしている場合は逆です。ちょっと触っただけで分かったような顔をされるのはいかがなものかという見方もあります。音楽に限らずですが、道を極めることも重要なのです。
先に挙げた人たちはブルーズ、フォーク、アメリカン・トラディショナルなどの引き継がれている音楽を大事にしています。
ヴァン・モリソン、マーク・ノップラーなどはイギリス人ですがアイリッシュ・トラッドからアメリカン・トラッドへの繋がりとかを通して、ブルーズ、カントリーへの愛情を感じさせます。
2、自分はなにをしたいかがわかっている。好きなことができれば良い。
そういうスタンスからは敢えて無理に人に合わせようとか、周囲の期待に応えてやりたくないこともやってみようという感じが見受けられません。間違ってもアイドルとコラボしたり、映画やドラマでイタイ演技をすることもありません。
自分の数少ない?ファンがそういうことは望んでいないことは百も承知です。
3、世の中の流行に無頓着
要するに「ビジネス的に不器用」なんです。
なので突然大ヒットシングルを作るようなことはほぼ期待できません。
でも一般ビジネス界と違って音楽界に生きるミュージシャンとしては、これはこれである意味強力な武器になります。
固定購買層があり、そこのファンが望む一定水準以上のものを必ず発表できます。
マイルスとかビートルズなどの超弩級パイオニアは別格ですが、時代や環境に合わせ、柔軟にスタイルを変えて失敗する例はいっぱいあります。
そして切り替えて、本来の自分のポジションに戻っても、また同じように歓迎される人はまたまた少ないのです。
そういう人は何かものすごく強い体幹を持っています。
例えばニール・ヤングさんとかアイズレーブラザーズさんたちなどです。(個人の感想です)
そこにライ・クーダーさんも加わります。
そういうことでルーツロック・ミュージシャンと言われるライ・クーダーの話です。
彼の音楽活動の始まりはカントリー、ブルーグラスのバンドでした。ここですでにビル・モンローやドク・ワトソンと一緒にプレイしています。
そしてタジ・マハールなどとライジング・サンズを結成し、ブルーズを基調としたロックを始めます。
その頃から演奏技術は評判となり、ローリング・ストーンズに呼ばれて「レット・イット・ブリード」のセッションに参加したりしていました。
1970年にソロデビューしますが、当初から普通のミュージシャンとは違いました。
まずソロアルバムは古いフォークソングやブルースをリメイクして演奏していました。
それから徐々にアメリカ南部のテックス・メックス、ケイジャン、ザディコなどに移り、さらにワールド・ミュージックへ広がっていきます。
アフリカやキューバのミュージシャンとコラボするようになります。日本で言えば沖縄の喜納昌吉さんの「すべての人の心に花を」にも参加しました。
勉強熱心、というか探究心がすごいので、居心地が良くなっても1か所に止まったりはしません。
それでも基本スタンスは全然変わらないなあと感じさせます。
というより、この人の音楽的広がりはロックとかフォーク、ブルースの枠を超えて、いかに音楽を愛しているかがよくわかります。
ネイティブで生活感のある土着の音楽が好きなんです。そういう音楽は世界中にあります。
さらにそこに歴史という時間軸も加わります。持ち前の探究心でそこらへんも掘り返していきます。
アメリカでいえば南北戦争、プアホワイト、ホーボー、初期のジャズ、などのキーワードに代表される時代の音楽をリメイクしたりしています。
そういうことで基本スタンスは全然変わらないのに、ノビシロ無限大です。
ということで、そういう人なので、こちらとしてはどう付き合うかということになります。
私はそれほどべったりではありませんが、気になる存在でした。
最初は付かず離れずで見ていましたが、なんだかんだと気がつけば正式にリリースされたアルバムは映画のサウンドトラックを除いてほとんど持っています。
全部がいいとは思いませんが、初期1970年代の作品は全て、いや1987年の「ゲット・リズム」あたりまでのオリジナル・アルバムは捨てがたく、ロック、ブルーズに限らずケイジャン、ザディコ、テックス・メックスなどアメリカ南部の生活に根付く音楽を聴いてみたい人にはおすすめできます。
紹介する「Paradise And Lunch : パラダイス・アンド・ランチ」は1974年5月リリースの評価の高いアルバムです。
アメリカ南部の音楽、テックス・メックス、ザディコに寄っていた頃の作品です。
アメリカ南部志向なのに暑苦しくなく、そうそう押し付けがましくもないナンバーが続きます。この全体的なユルイ感じがたまらなく好きでした。
レイドバックとも言えますが、J.J.ケイルとかに比べるともっと土着型です。
演奏
ギター ライ・クーダー
キーボード ロニー・バロン
ピアノ アール・ハインズ
ベース クリス・エスリッジ、ラス・タイトルマン
ダブルベース レッド・カレンダー、ジョン・デューク
ドラムス&パーカッション ジム・ケルトナー、ミルト・ホランド
コーラス ボビー・キングほか6人
ホーンセクション ブラス・ジョンソン、オスカー・フラッシャー
大人数の布陣ですが、曲ごとの入れ替わりが多いためです。曲自体はほとんどがシンプルで音が厚い雰囲気はありません。
プロデューサー ラス・タイトルマン、レニー・ワロンカー
ミキシング・エンジニア Lee Herschberg
アシスタント・エンジニア ボビー・ハタ、ジョン・ニール
プロダクション・コーディネイター ジュディ・メイゼル、Trudy Portch
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Tamp ‘Em Up Solid タンプ・エム・ソリッド
(トラディショナル)
1曲目はブラッシングとベースのシンプルながら気合の入ったリズムで始まります。そこにアコースティックギターが加わるだけのシンプルな編成ですが、これ以上は何もいらない感じがします。弾きすぎないギターもいいものです。
2, Tattler おしゃべり屋
(ワシントン・フィリップス、ライ・クーダー、ラス・タイトルマン)
フランジ効果の加わったギターで始まります。コーラスも雰囲気いっぱいで、すごい名曲だと思います。
恋する男は好きな人の前では愚か者なんです。それを愛情たっぷりに優しく語ります。世界共通のことなんですね。
3, Married Man’s A Fool 結婚したらおしまいさ
(ブラインド・ウイリー・マクテル)
このバックビートに痺れます。ブルーズ界の巨匠、12弦ギターで有名なブラインド・ウイリー・マクテル様の曲です。
これも歌詞の内容は世界共通の、居酒屋でのおっさんたちの会話です。
4, Jesus On The Mainline ジーザス・オン・ザ・メインライン
(トラディショナル)
ゴスペルです。その昔にメインラインとはキリストが中心という意味かと思っていたら、キリストが電話に出てるから欲しいものを言ってくれという意味だと分かった時のことを思い出します。その真意はわかりません。
サウンド適期にはこのユルい雰囲気がライ・クーダーらしくて好きです。
5, It’s All Over Now イッツ・オール・オーバー・ナウ
(ボビー.ウーマック、シャーリー・ウーマック)
ザ・ラスト・ソウル・マン,、ボビー・ウーマックの作品です。ローリング・ストーンズのカバーでも有名です。
ライ・クーダーらしくレイドバックしたバックビートのサウンドにしてあります。
6, Medley – Fool For A Cigarette / Feline’ Good メドレー フール・フォー・ア・シガレット /フィーリン・グッド
(シドニー・ベイリー、J.B.ルノアー、ジム・ディキンソン)
お得意のアコースティックギターのスライドで始まります。ライ・クーダーならではの世界です。
もう随分前に禁煙しましたが、「タバコにくびったけ」という歌詞はなんとなくわかります、続いて次が “世界中のお金は気分が良くなるために費やされた” と歌います。やっぱりこれも居酒屋のおっさんたちの会話です。
7, If Walls Could Talk イフ・ウォールズ・クッド・トーク
(ボビー・ミラー)
おおらかでノリのいいナンバーです。途中チキン・スキン・スライド・ソロが聴かれます。
作者のボビー・ミラーは調べてみても野球選手や1990年から活動しているマルチ奏者しかヒットしないので不明です。
8, Mexican Divorce 恋するメキシカン
(バート・バカラック、ボブ・ビリアード)
バート・バカラックの1971年の作品です。歌詞はさておき、綺麗なメロディの曲です。
オリジナルを確認してみましたが、こちらの方がよりテックス・メックスにアレンジしてあります。
9, Ditty Wah Ditty ディティ・ワー・デティ
(ブラインド・ブレイク)
戦前のラグタイム・ブルースの王者ブラインド ・ブレイク様の曲です。先達への尊敬と愛情を感じます。
途中、ものすごくリズムブレイクするピアノもいい感じです。
ライ・クーダーさんはキャリアにおいていろんなジャンルを教えてくれました。
戦前のギターエヴァンジェリストと言われ、ギターとナイフスライドでゴスペルを歌っていたブラインド ・ウィリー・ジョンソンも、ソウルのジェームス・カーも、カントリーのジョニー・キャッシュも、琉球音楽の喜納昌吉さんも、キューバのブエナ ・ビスタ・ソシアル ・クラブも、アフリカのアリ・ファルカ・トーレも、全部ライ・クーダーに教えてもらったのです。
私にとっては教科書のような存在です。
ライ・クーダーはアナログ時代の作品がCD化されるのが遅かったのです。
多分、1080年代CDが登場してからの10年くらいはライ・クーダーの昔の作品のCD化しても販売数が見込めないと思われていたと思います。
特に日本ではバブルの時代で、ラップやヒップホップが全盛です。間違ってもライ・クーダーが受ける時代ではありませんでした。
しかし、ある程度CD化に対する技術が整理されてきた頃のリリースだったためか、レコード会社の力の入れ方が違ったのか、私の持っている1990年版はレコードと比較しても、今聴いても遜色ないくらい高音質です。
コメント