オリジナルアルバムは4枚しかなく、デビュー1967年、ラストアルバム1970年と4年ほどしか正式な活動がないのに、没後50年以上経過してもいまだにロックギタリストの最高峰に君臨する、という「世紀の化け物アーティスト」ジミ・ヘンドリクスのデビューアルバムのご紹介です。
その「アー・ユー・エクスペリエンスド」はロックの歴史という以上にさまざまなジャンルにおいて名盤とされている画期的な作品です。
でもこのアルバムの本質に迫るには技術が発達し、音楽も時間をかけて熟成されてきた今の視点で聞いても判りづらいものと思われます。
そこはなんと言いますか、たとえば伊能忠敬の作った日本地図をGoogleマップの視点で見るようなものです。
瑣末な間違いを探してもしょうがなくて、俯瞰すれば伊能忠敬の凄さがよりわかるというものです。
(極端すぎないか?)
まずジミヘンのデビューの経緯についてです。中崎タツヤ氏の名作漫画「じみへん」というのがありましたが、それとは直接の関係はありません。(あたりまえです)
イギリスのアニマルズという1964年リリースの「朝日のあたる家」で有名なバンドがあります。
このアメリカン・トラディショナルをロックにアレンジした名曲はロックを語る上では押さえておきたい名曲です。
そこでベースを担当していたチャス・チャンドラーは1966年(すでにバンドは脱退していました)アメリカでジミ・ヘンドリクスを発見しました。
というのはニューヨークのCafe Wha?というバーで演奏しているのを見たことから始まります。
この無名ギタリストの可能性を直感したチャス・チャンドラーは元アニマルズのマネージャーだったマイケル・ジェフリーとともにジミのマネージャーを買って出ます。
そして速攻イギリスでデビューさせるべくロンドンへ連れて行きました。
オーディションでベースのノエル・レディングとドラムのミッチ・ミッチェルを獲得します。
ここからジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスというバンド名でデビューアルバムの製作に取り掛かります。
つまりメンバー同士も初対面同然だったのです。
その昔、日本では「エクスペアリアンス」と発音していた記憶があります。
そういう「とりあえず「ジミ・ヘンドリクス売り出しプロジェクト」の様相で1967年5月12日にアルバムはリリースされます。
レコーディング期間は1966年10月23日から始まり1967年4月4日までとなっています。
この時代として考えればそこそこ時間をかけています。16回のレコーディング・セッションがあったとのことなので曲を作りながらのレコーディングだったようです。
リリースされたアルバムは高評価で一大センセーションを巻き起こします。
ただしこの時代はよくあったのですがイギリス盤と北米盤では内容がかなり違っています。
北米版は「紫の煙」に始まり、シングルヒット中心のベスト盤的な感じです。
比べてイギリス盤は地味というかなんというかで、ビートルズなどもそうですがイギリスでは伝統的にシングルとLP用の曲は分けていたようです。
現在CDで手に入るものはイギリス盤の曲順の後に北米盤の曲をダブりの無いようにプラスしたものです。
まあこれはこれでいいのですが、昔から「スマッシュ・ヒッツ」というベストアルバム的な立ち位置の名作があるのですが、曲がほぼ被っています。
しかも「スマッシュ・ヒッツ」も英国盤と北米版はまた違ったりしてややこしいものです。
英国盤は今見かけるジャケットデザインでしたが、北米盤のジャケットはよりサイケデリック感を感じるデザインでした。
このアルバムでメジャーデビューしたジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスはアルバム以上にライブで名をあげて行きます。
ジミはロックを変えたと言われますが、具体的にはエレキギターの音を全く変えてしまい、ギターの役割を今までと比べ物にならないくらい広げました。
エレキギターの音とは一般的にはベンチャーズやシャドウズのような綺麗な音で普及し、ビートルズやローリング・ストーンズのようなブルーズやカントリーっぽいフレーズを入れるようになりました。
そこにジミ・ヘンドリクスが現れてブルーズやロックンロールのフレーズに飽和したオーバードライブのダイナミズムを加えたのです。
これが今までになかった音の世界でした。
当然過激さをウリとするロックとの相性抜群で、この後に出てくるギタリストはこぞってベンチャーズではなくジミ・ヘンのサウンドを目指します。
という偉大なるジミ・ヘンドリクスですが、生前にリリースされたアルバムももれなく歴史的名盤であり、ロックを聴いてみようと思っている若者は当然、聞いてみるべきアルバムとされています。
ここが問題なのです。(と勝手に私は思います)
ジミ・ヘンドリクスというミュージシャンは今からロックを聴こうとか、エレキギターを演ってみようとか、ロックバンドを始めようとする人たちはとりあえずは知らなければならない人物です。
ただ、今の高音質ミックス当たり前の音楽にならされている耳でいきなり聴くと「なんかやかましく粗いだけ」「歌が上手くない」「メロディが綺麗じゃない」などとマイナス意見が並びそうな人であることは確かなのです。
エクスペリエンス結成時点でヴォーカリストを別にすればまた違ったイメージのなったのでしょうが、とにかくチャス・チャンドラーはジミ・ヘンドリクスのギタープレイ以外のことも含めて全ての個性に賭けていたのだと思われます。
しかしこの人の本当の良さ、凄さがわかるにはある程度「ロック脳」が出来上がっていないと難しいのです。
ということは“よし、今日からロックを聴こう”とか、“ギターを演ってみよう”と思っていきなり最初に手を出すべきミュージシャンではないのです。
ではまずジミヘンの前に何を聞いとくべきか。何をおさえておきべきか。を語ります。
次に紹介している3枚のアルバムは先に触れていただきたいと思います。
何はともあれで、ジミヘンに限らずロックを知ろうと思うなら知っているのがあたりまえ的なアルバムです。
ボブ・ディランの「ライク・ア・ローリング・ストーン」の入った「追憶のハイウェイ61」
ロックの中でも超弩級の名盤とされています。これを知らないとそもそもロックとは?ということに答えられないくらいのアルバムです。
元々ジミ・ヘンドリクスは歌に自信がなく、ヴォーカル録音時は隠れて歌っていたそうです。
でもディランを聞いて、「あっ、こういうのでもいいんだ」と思うようになり、歌えるようになったと言われています。ライブでもカバーしています。
まず、ヴォーカルはテクニックではなく個性でいけるということをわかっていただきたいと思います。
ザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
ジミ・ヘンドリクスは1960年代後半のサイケデリック時代の象徴でもありました。1stアルバムは特にそうではありませんが2ndアルバムになるとトリップ感満載です。そのサイケデリック・ロックの重要な作品がこれです。サイケデリックというものをより音楽的に、芸術的に感じていただけるのがビートルズのこれです。
マリファナやLSDでトリップした感覚を表現するような音楽ですが、ジミも薬物とは縁が切れなかったようです。
またジミはビートルズが好きだったようで、「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」がリリースされた3日後にはライブでタイトル曲をカバーしていました。
ビートルズの中でも一番演奏、楽音にこだわっているポール・マッカートニーもジミのギター演奏は最大に評価していました。
ロック進化の時代的背景とジミの表現したかった世界を押さえていただきたいと思います。
ジェフ・ベック・グループの「トゥルース」
何気に隠れたハードロックの名盤です。ジミはブルーズのフレーズを多用するイギリスのミュージシャン、エリック・クラプトンやジミー・ペイジは評価していませんでしたがジェフ・ベックは認めていたと言われています。
ブルーズを演奏してもベタなブルーズ・リックを多用しないことを評価していたとも受け取れます。
またジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスの結成にはジミヘンのギターを活かして聞かせるというのが第一の目的でした。
同じように同じ時代にジェフ・ベックのギターを聞かせるために作られたのがこのジェフ・ベック・グループです。
このバンドはエクスペリエンスと違って最初から実績のあるミュージシャンで固められました。
なので安定感があり、才能ある人がいっぱい寄ってきたために今までにない「ブルーズベースのハードロック」というジャンルも作ってしまいました。(個人の見解です)
ギター中心の新規バンドプロジェクトで完璧に自身でプロデュースしたジェフ・ベックと本人の可能性を信じて賭けに出たジミ・ヘンドリクスの違いを確認していただきたいと思います。
スリリングながらもサウンドには安定感のあるジェフ・ベック・グループと荒削りでリアル・ダイナミクスのジミ・ヘンドリクス・エクスペリエンスの対比が面白いところです。
はい、ということで以上の3枚を押さえていただいてジミ・ヘンドリクスの脅威のデビューアルバムを堪能することとします。
演奏
ジミ・ヘンドリクス ヴォーカル、ギター、ピアノ(Tr.11)
ノエル・レディング ベースギター(Tr.3を除く)、バッキングヴォーカル(T r .1,8,12)
ミッチ・ミッチェル ドラムス、パーカッション(Tr.4,13)
ザ・ブレイクアウェイズ バッキングヴォーカル(Tr.12)
チャス・チャンドラー プロデューサー
ディヴ・シドル エンジニア(Tr.2,4,6,8,10,12,13,14,15,16)
エディ・クレイマー エンジニア(Tr.3,5,9,11,16,17)
マイク・ロス エンジニア(Tr.1,3,9)
曲目
参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, Foxy Lady フォクシー・レディ
ギターによるリフは有名です。ここで目立ってしまうのはヴォーカルの弱さだと言いたいところですが、10回も聞けば慣れます。なにはともあれギターサウンドは強烈で今までにない、新しい音楽を演ってやろうという意思が感じられます。
2, Manic Depression マニック・ディプレッション
低音のギターリフで構成されたかっこいい曲です。今の時代はスタジオに入ってマーシャルアンプを最大にすればこういう感じの音は作れますが、この時代はマーシャル・ギターアンプも開発されたばかりでした。エレキギターの音は新しい次元に入ります。
3, Red House レッド・ハウス
このいかにもブルーズフォーマットでブルーズらしい曲を1曲残してくれたおかげで「ジミ・ヘンドリクスはブルーズマンだった」と言ってもおかしくはなくなりました。しかも聞いているととっても渋くてかっこいいブルーズですが、「こういう曲だったらいつでも、いつまででも余裕でできるぜ」とジミ・ヘンドリクスが言っているのがわかるのです。
ジミにしたらウォーミングアップかもしれませんが、最高のブルーズです。この曲を完コピできたらブルーズギターをマスターしたことになるかもしれないと思わせてくれる曲です。
4, Can You See Me キャン・ユー・シー・ミー
軽快なロックナンバーです。
5, Love Or Confusion ラヴ・オワ・コンフージョン
摩訶不思議なサウンドです。フィードバックを利用したドローンコード的な持続音が聞こえます。火傷しそうな音の洪水です。
6, I Don’t Live Today 今日を生きられない
サイケデリックな展開です。最後にギターで救急車のサイレンみたいな音を作っています。
7, May this Be Love メイ・ディス・ビー・ラヴ
この時代を象徴するようなメロディで始まります。歌うギターソロが和む曲です。
8. Fire ファイアー
ライブでも定番でした。「マニック・ディプレッション」と同じくリフで曲を構成していきます。最後はギターソロでフェイドアウトして行きます。
9, Third Stone From The Sun サード・ストーン・フロム・ザ・サン
ジャズも感じるサウンドで、語りは入りますが、歌はありません。ノイズなどもふんだんに使って実験的なサウンドにしています。ジミヘンのアイデアにノエルとミッチはなんとかついていこうとしています。
10, Remember リメンバー
ソウルっぽいナンバーです。この曲の歌い方は凄くサマになっています。
11, Are You Experienced? アー・ユー・エクスペリエンスド
オリジナルLPではアルバムを締めくくるタイトル曲です。ワンコードでサウンドはギミックの塊です。ドローン効果とかテープの逆回転エフェクトをあえてギターで演っているかのような音などが続きます。
最後は無音になった後、ヴォリュームアップによるハウリング音で終わります。
12, Hey Joe ヘイ・ジョー
アメリカの作曲家ビリー・ロバーツによるメロディの綺麗な曲です。演奏はジミにしては普通です。当然ギターソロもなかなかです。
13, Stone Free ストーン・フリー
改めて聞くと無駄な音がなく、バンドもノっていてかっこいい曲です。ライブでも定番でした。
14, Purple Haze 紫の煙
ジミヘンの代表曲とも言えます。よく聞くとノリが独特です。
15, 51st Anniversary 51周年記念
展開がかっこよくて素晴らしい曲です。このバンドは3人だけでも音が薄いとは全く思えません。
16, The Wind Cries Mary 風の中のマリー
これもスローテンポでジミヘンを代表する曲です。そしてこういう曲でのギターソロはどれも素晴らしいのです。
17, Highway Chile ハイウェイ・チャイル
基本シャッフルリズムですが、いろいろと変化して行きます。ジミ・ヘンドリクスが自分のことを歌っているかのような歌詞です。そしてギターソロの中に何気にすごいリズム感を感じます。
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