「変わらないハートランド・ロック、ジョン・ハイアットを知っていますか。」Bring the Family : John Hiatt / ブリング・ザ・ファミリー : ジョン・ハイアット

 
 今回はいささかマイナー、じゃなかった玄人好みのアーティストと思われるジョン・ハイアットのご紹介です。
みなさん、ジョン・ハイアットをご存知ですか。
こういうのもなんですが日本においてはかなり知名度の低い類のミュージシャンです、というより世界中で過小評価されているとわたくしは常日頃から思っています。

一応本国アメリカでは「ハートランド・ロック」のジャンルに分類される人です。
ハートランド・ロックとはアメリカ中西部から南部にかけての主に労働者の生活を対象とした詩をこれまたルーツを意識させるストレートで力強く演奏するロックです。
有名なところではブルース・スプリングスティーン、トム・ペティ・アンド・ハートブレイカーズ、ジョン・メレンキャンプ、ボブ・シーガーなどがいます。

ただジョン・ハイアットは彼らに比べれば日本では(圧倒的に)無名な存在です。

アメリカでは1980年代に今回ご紹介する「ブリング・ザ・ファミリーで成功して以降、2000年代に入っても安定して品質の高いアルバムをリリースしています。

最近では2018にリリースした「エクリプス・セッション」が単独名義では一番新しいアルバムですが、これもすばらしい出来です。
聴いた時はあまりに変わらない質の高さ、音楽への情熱に驚きました。
(直接関係ありませんがこのアルバム、録音レベルもめっちゃ高いです)

この人はベテランになっても超大御所の演歌歌手のようなワザに頼ったコッテリした歌い方ではなく、相も変わらず新鮮で突き抜けるようなヴォーカルを披露してくれます。

時代が時代なら各アルバムがもっと売れて、もっと大物になったように思いますが時代との相性がすこぶる悪かったようです。

彼が代表作「ブリング・ザ・ファミリー」をリリースしたのもニューウェイヴやヒップホップが全盛の1980年代でした。
そういうご時世ながらもコンセプトが明確で、本物の音楽として評価は高いものがありました。

まずそういう彼の人と成りを解説させていただきます。

本名はジョン・ロバート・ハイアットといい、1952年にインディアナ州インディアナポリスに7人兄弟の6番目として生まれました。
10代の頃からギターを覚えてバンドで音楽活動を始めます。
18歳の時にはテネシー州ナッシュビルに移り、ツリー・ミュージック・パブリッシング・カンパニーという会社でソングライターの職を得ます。
ハイアット は楽譜の読み書きができなかったので、会社のために書いた250曲を全て録音しなければなりませんでした。

1974年、エピックレコードと契約、いくつかのシングルを発売するも成功せず、1978年に契約を打ち切られます。
1979年からゲフィン(後のMCA)に移籍します。
MCAから2枚のアルバムをリリースしますが商業的に失敗、結局のところ売れませんでした。
1986年にはMCAからも契約を切られてしまいます。
しかし仲間内、というか業界での音楽的評価が高く、MCAに3枚分のアルバムを録音したそうです。

この期間、1982年にライ・クーダー、ジム・ディキンソンと名曲「アクロス・ザ ・ボーダーライン」を制作、1983年には後にクラプトン、B.B.キングで有名になる「ライディング・ウイズ ・ザ ・キング」という曲をフューチャーしたアルバムをリリースしています。

ハイアットは幼少期からいろいろ大変だったみたいで、本当に苦労人です。
でもソングライターの仕事をするのに楽譜が書けなくていいのだろうか、曲を作るより楽譜の書き方を先にやった方がいいのでは、と今の時代では思ってしまいますが1970年代はそれで良かったのです。(きっと、多分)
250曲録音しなければならなかったと記載があるので、何れにしても採譜専門の人を雇った方が早いと思うのですが、でもお金もなかったんだろうしなあ。

そうは言いながらもジョン・ハイアットの曲は人気があり、有名なミュージシャンがカバーしています。
例を挙げると、ボブ・ディラン、B.B,キング、アーロン・ネヴィル、ボニー・レイット、エミルー・ハリス、バディ・ガイ、ジョニー・アダムス、ジョー・コッカーなどです。

生粋のミュージシャンズ・ミュージシャンなんです。
でも本人のヴォーカリストとしての才能も相当なものです。

そしていよいよ1987年 転機が訪れます。
ライ・クーダー、ニック・ロウ、ジム・ケルトナーを招いて「ブリング ・ザ ・ファミリー」をA&Mからリリースしたところ、これが大成功、以降は順調に16枚のアルバムをリリースしていくことになります。

初めてのヒット作であり代表作となったのがこの「ブリング・ザ・ファミリー」です。
1987年5月29日リリース、8枚目のアルバムにして初めてビルボードトップ200に入りました。

ギターにライ・クーダー、ベースにニック・ロウ、ドラムにジム・ケルトナーという鉄壁の布陣です。
このメンツを見ただけでも無条件にアルバムを購入する人も一定数いると思われます。(私もその類です)

このアルバムの制作でわかっていることは次のとおりです。

ジョン・ハイアットは当時35歳になっていましたがミュージシャンとしての実績が作れておらず、契約を切られて自信喪失状態でした。
そこで最後のチャンスとばかりに彼を慕う音楽仲間と業界関係者が集まってくれたとのことです。
予算が厳しくレコーディングは4日間でやらねばなりませんでした。
レコーディング期間中も曲が足りなくなって即興で作ったりしていたそうです。
友人のニック・ロウに至ってはレコーディング期間中はジョン・ハイアットと共にホリデイ・インに宿泊し、一切の報酬を受け取らなかったそうです。(ホリデイ・インはアメリカ中にあるリーズナブルなビジネスホテルという感覚です)

などの逸話が残っています。

1991年には同じメンバーでの企画バンド、リトル・ヴィレッジでアルバム「Little Village」をリリースしてくれました。
いいアルバムと思うのですが、世界中の耳の肥えたマニアックなファン達の跳ね上がった期待値を満足させるまでには至りませんでした。
面白いことにニック・ロウはこのアルバムについて「レコーディングすごく楽しかったけど、ワーナー・ブラザーズが僕たちに時間を与えすぎた。それであまりいいい出来にはならなかった」という旨のことを話しています。
「ブリング・ザ・ファミリー」とは真逆の状況です。

そういうものなんですね。

ジャケットはおっさんが大写しで頬杖ついてこっちを見ているデザインです。
大してアイドル性もカリスマ性もないんだからもうちょっと引き気味の絵で良さそうなものですが、もう今更しょうがありません。
次のアルバム「スローターニング」ではオールバックで若干後ろから気味の横顔となります。
今度はサニー・ランドレスとゴナーズという若手のバックで、本作のベテランならではの味もいいのですが、フレッシュな感じになっていて、これもおすすめです。名盤です。

などと言いつつも最近のジョン・ハイアットを見ていてつくづく感じるのが、いい歳の取り方をしているなあということです。

年齢を重ねて「いいツラガマエ」になった人の代表はなんと言ってもローリング・ストーンズのチャーリー・ワッツだと思っていますが、Tボーン・バーネットとこのジョン・ハイアットもその類です。
みなさん若い頃はあまり美形とは思えませんでしたが(失礼な)、年齢を重ねてくるとなかなかいい感じになってきました。
白髪が似合います。いい仕事を続けています。

老成とはこういうことか。

アルバム「ブリング・ザ・ファミリー」のご紹介です。

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演奏

ジョン・ハイアット  アコースティック・ギター、ヴォーカル、ピアノ(Tr.5)
ライ・クーダー  エレクトリック・ギター、ハーモニー(Tr.3)、シタール(Tr.8)
ジム・ケルトナー  ドラムス
ニック・ロウ  ベース、ハーモニー(Tr.10)

ジョン・チェリュー  制作
ラリー・ハーシュ  レコーディング・エンジニア
ジョー・シフ  ミキシングエンジニア
ジェフリー・ゴールド  アートディレクション
マイケル・ホジソン  アートディレクション、デザイン
スティーブン・M・マーティン  写真

曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。


1,   Memphis in the Meantime メンフィス・イン・ザ・ミーンタイム

挨拶がわりにいかにもメンフィスらしく、R&Bとカントリーをミックスして軽快にしたような曲です。単調な曲調にも関わらず、次々と歌い方を変えて展開していくところがすばらしい歌唱力です。

2,   Alone in the Dark アローン・イン・ザ・ダーク

スローで重い曲調です。タメを作りながら歌い込んでいくのです。聴いていて演奏に余裕が感じられます。スライドギターもいい感じです。

3,   Things Called Love シングス.コールド・ラヴ

ロックな曲です。シンプルながら力強い演奏なので思わず引き込まれます。

4,   Lipstick Sunset リップスティック・サンセット

安定のバラードです。ライ・クーダーのスライドギターも泣いています。
好きな人には「これなんだよなあ」の世界なんです。

5,   Have a Little Faith in Me ハヴ・ア・リトル・フェイス・イン・ミー

引き続き、今度はピアノ弾き語りのソウルフルなバラードです。ピアノのセンスもいいと思います。

6,   Thank You Girl サンキュー・ガール

ローリング・ストーンズを思わせるロックンロールです。何をやっても絵になる、というか見事な音になる人たちです。

7,   Tip of My Tongue チップ・オブ・マイ・タン

カントリーバラード風です。お供のギターと一緒に歌い上げていく感じが素晴らしい。

8,   Your Dad Did ユア・ダッド・ディド

ノリのいいロックンロールです。終盤でブレイクして徐々に盛り上がっていくところが快感です。そこをサービス満点にしてやりすぎないところもベテランならでは、と思います。

9,   Stood Up ストッド・ミー

安定のバラードなんですが、いかにもアルバムの終わりは近づいた感じで哀愁を感じさせるところが上手いなあ、と思ってしまうのでした。

10,  Learning How to Love You ラーニング・ハウ・トゥ・ラヴ・ユー

引き続き、これ以上ないような締めの曲です。エモーショナルに歌い上げ、深い余韻を持って終わります。

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