実はこれ、難題なのであります。
今の時代では、マイルスの名作の一つに数えられるこの1974年リリースの「ゲット・アップ・ウィズ・イット」です。
でもこれって、むやみ人に勧めるべきアルバムでしょうか。
などと思いつつも書かずには居られないという、なんとも深く、すごく、激しい音楽が繰り広げられるアルバムであります。
1960年代後半よりマイルスは既存のジャズのフォーマットを捨てて電気、電子楽器を使い、ロック、ファンク、ワールドミュージックなどを積極的に取り入れていきました。
しかし1970年代中期、日本公演を最後に体調不良により音楽活動を断念さざるを得ない状況となってしまいます。
1975年2月の大阪公演を最後に約5年間の長い休息期間に入るのでした。
(この大阪公演の模様は「アガルタ」、「パンゲア」というなんかおどろおどろしいタイトルのライブ盤で確認できます)
スタジオ録音としては、本作がそこまでの最後のアルバムとなりました。
1980年代に入って復活を遂げるマイルスですが、その間世の中の音楽はだいぶ変わっていました。
フュージョン、パンク、テクノ、ニューウェイヴなどの新しい音楽が席巻していたのです。
当然マイルスも5年前と同じようなことを続ける理由はありません。
というか全てがスタイリッシュであるマイルスならそんな “昔の名前で出ています” みたいなことをするくらいなら間違いなく引退を選ぶと思います。
なので1980年代の復活マイルスはよかれ悪しかれ過去を振り切って、新しいフェイズに入った印象でした。
ということで、ここではその1970年代エレクトリック・マイルスの最後のスタジオ録音作「ゲット・アップ・ウィズ・イット」です。
内容は前作のスタジオ盤「ビッグ・ファン」と同じく全くの新録ではなく過去にあったセッションの寄せ集めです。
若干収録年代が違っていて、「ビッグ・ファン」は1969年から1972年の間にレコーディングされた未発表音源からであり、「ゲット・アップ・ウイズ・イット」は1970年から1974年まで未発表音源となっています。
実はこのアルバム、私にとって長い間の鬼門でした。
最初は「共に立ち上がれ」のタイトルの如くエネルギッシュで勇ましい音楽かもしれない、もしかしたらいよいよジェームス・ブラウン流の肉感的コテコテ・ファンク・ミュージックに転向か、と変な期待をしていました。(それはそれで怖いことです)
しかしながら最初の「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」でいきなり壁にぶち当たります。
延々続く環境音楽みたいな音、しかも32分13秒という異様な長さです。
「こりゃあ、ついていけんわ」と挫折してしまうこと数十回、いつも最初の10分で挫(くじ)けていました。
そんなオープニング曲さえ乗り越えれない状況では次に進んでも自分を偽っているみたいでどうしようもありません。
ましてやそんなことでは「実はマイルスが好きです」、なんて口にする資格はないのです。
(変なプライドです)
これでは立ち上がるどころか完全ノックアウトの状態です。
この曲はマイルスが尊敬する数少ない一人、デューク・エリントンのステージでの口癖「I Love You Madly」のオマージュということです。
実際エリントンが亡くなってすぐ、マイルスは敬意を表したくこのアルバムに間に合わせて書かれました。
なので「A列車で行こう」とか「キャラバン」とか「イン・ア・センチメンタル・ムード」とかのメロデイが隠れているかと言ったら・・・そんなことはありません。
というかマイルスは無駄にプライドの高いエエカッコシー・・じゃなかった真のスタイリストなのでそういう安直なことはしないのです。
もっと深いところで繋がっているに違いないと思うように仕向けられます。
またこのアプローチはアンビエント・ミュージックのハシリであり、ブライアン・イーノはこの楽曲に相当な影響を受けたなどとも言われました。
私は悲しいことにブライアン・イーノもよくわかっていません。
デヴィッド・ボウイの「ロウ」を聴きながら、「ボウイもブライアン・イーノに出会わない方がよかったかも」などと不届ききなことを考えてしまう始末です。
そういう私の挫折の歴史は20年ほど続いた気もします。
そしてついに乗り越える時がやってきました。
それはマイルスの1970年代の作品を聞いているうちに電化マイルスの根底に流れるもの、独特のファンクネスがわかるようになってからでした。
この「ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー」は環境音楽みたいなのが延々続きますが、12分を超えたあたりでリズムが入ってきて独特な超スロー重低音ファンクがうねり始めます。
最初の10分はプロセスに必要なプロローグなのです。
そういう快感を知ったらアルバムの見方も変わりました。
そして2曲目以降の感じ方も違ってきます。
やっとアルバムの真価が(半分くらい?)わかったような気がしました。
かように人によっては努力をしないとわからないアルバムです。
真にジャズ脳やマイルス脳が出来上がっていないと味わえないアルバムと言えます。
しかし中には音楽IQが異常に高く、初聴した時点で「おお、なんて素晴らしい」なんて感じる強者も結構な数いると思われます。
(別に羨ましいとも思いません)
ということで人に勧めるのは、無駄に苦労を押し付けている感じになりそうで、ちょっと気が引けるアルバムではあります。
けれどマイルス・デイヴィスの音楽はそういうものかもしれません。
マイルスは結局のところ、生涯を通じてリスナーを悩ませ、考えさせようとしたアーティストなのです。
素直にそれに騙され、苦労しながら一生かけて付き合っていくのが真のファンというものでしょう。
アルバム「ゲット・アップ・ウィズ・イット」のご紹介です。
曲目と演奏
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
1, He Loved Him Madly ヒー・ラヴド・ヒム・マッドリー
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1974年6月19日、または20日)
- マイルス・デイヴィス
ワウペダル付きエレクトリックトランペット、オルガン - デイブ・リーブマン
アルトフルート - レジー・ルーカス
エレクトリックギター - ドミニク・ゴーモン
エレキギター - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション
始まって12分くらいまで静かなアドリブ合戦が続きます。
そこからハイハットの刻みで々に統制がとれていき、ベースがリフを弾き始めるとファンキーさがましていきます。
徐々に大きなうねりとともにのたうち回るような脳内ファンキー・ミュージックが展開されます。
23分に一度静かにブレイクしますが、バックビートを効かせたリズムがまた戻ってきます。
なんてファンキーなナンバーだ、いつまでも浸っていたい、と思うようになったあなたはコンプリートです。
2, Maiysha メイーシャ
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1974年10月7日 )
- マイルス・デイヴィス
ワウペダル付きエレクトリックトランペット、オルガン - ソニー・フォーチュン
フルート - ピート・コージー
エレクトリックギター - レジー・ルーカス
エレクトリックギター - ドミニク・ゴーモン
エレキギター - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション
多分このアルバムリリース後だと思いますが、こういうコードカッティングのギターサウンドがすごく流行っていた印象があります。
全員すごい演奏です。
マイルスのワウ・トランペット、ソニー・フォーチュンのフルートなど聞きどころは多いのですが、なんといってもマイケル・ヘンダーソンのファンキー・ベースです。
3, Honky tonk ホンキー・トンク
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1970年5月19日 )
- マイルス・デイヴィス
トランペット - スティーブ・グロスマン
ソプラノサックス - ジョン・マクラフリン
エレクトリックギター - キース・ジャレット
エレクトリックピアノ - ハービー・ハンコック
クラビネット - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - ビリー・コブハム
ドラム - アイルト・モレイラ
パーカッション
ここではマイルスはエフェクトもミュートも無い普通のトーンでのトランペットを演奏しています。
私の心の中ではローリング・ストーンズのリフも鳴っています。
4, Rated X レイテッドX
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1972年9月6日 )
- マイルス・デイヴィス -オルガン
- セドリック・ローソン-エレクトリックピアノ
- レジー・ルーカス -エレクトリックギター
- ハリル・バラクリシュナ — エレクトリック・シタール
- マイケル・ヘンダーソン -ベースギター
- アル・フォスター -ドラム
- ジェームズ・ムトゥメ -パーカッション
- バダル・ロイ – タブラ
このサウンドは今の時代でも新鮮に聞こえるようなサウンドです。
マイルスはトランペットではなくオルガンを演奏しています。
その演奏は延々と切れ目なく音を引っ張り続けるという、なんかとんでもないプレイです。
渾然一体となって異次元へ連れていかれます。
5, Calipso Frelimo カリプソ・フレリーモ
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1973年9月17日 )
- マイルス・デイヴィス
ペワウダル付きエレクトリックトランペット、エレクトリックピアノ、オルガン - デイブ・リーブマン
フルート - ジョン・スタブルフィールド
ソプラノサックス - ピート・コージー
エレクトリックギター - レジー・ルーカス
エレクトリックギター - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション
始まるとカリプソという単語で思い浮かべるのどかな雰囲気は微塵もありませんが、しばらくすると時々思い出したようにカリプソっぽいメロディも現れます。
「Frelimo」とはモザンビーク解放戦線のことだそうで、この緊迫感も納得です。
この性急なリズムが10分ほど続き、ゆったりとしたリズムに突然変化します。
アフリカの大地を感じます。
22分あたりからパーカッションのリズムに乗って闇に潜んでいたモザンビーク解放戦線が徐々に活動を始めるようです。
これによって1975年にポルトガルからの独立を達成することになります。
(マイルスは独立前の解放戦線にエールを送っていたのです)
改めてアルバムタイトルの意味を感じる大作なのでした。
6, Red China Blues レッド・チャイナ・ブルーズ
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1972年3月9日 )
- マイルス・デイヴィス
ワウペダル付きエレクトリックトランペット - レスター・チェンバース
ハーモニカ - コーネル・デュプリー
エレクトリックギター - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - バーナード・パーディ
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション - ウェイド・マーカス
金管楽器編曲 - ビリー・ジャクソン
リズムアレンジ
レスター・チェンバースのブルーズ・ハープがダウンホームな感じを出しています。
コーネル・デュプリーのギターはB.B.キングやエリック・クラプトンみたいなギターフレーズをあえて排し、リズムで勝負しているところに矜持を感じます。
(もしそういう巷に溢れているギターフレーズを弾いたら、マイルスからボコられます)
7, Mtume エムトゥーメ
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1974年10月7日 )
- マイルス・デイヴィス
ワウペダル付きエレクトリックトランペット、オルガン - ピート・コージー
エレクトリックギター - レジー・ルーカス
エレクトリックギター - ドミニク・ゴーモン
エレキギター - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション - ソニー・フォーチュン
フルート
パーカッション・プレイヤーの名を冠したタイトルで、ブレイクを加えながらのリズムの饗宴です。
パーカッション大活躍ですが、それでも明るいラテン系にはなりません。
最後はギターによるコードカッティングの競演となります。
8, Billie Preston ビリー・プレストン
(録音:ニューヨーク、コロンビア・スタジオE 1974年10月8日 )
- マイルス・デイヴィス
ワウペダル付きエレクトリックトランペット - カルロス・ガーネット
ソプラノサックス - セドリック・ローソン
フェンダー・ローズ・エレクトリックピアノ - レジー・ルーカス
エレクトリックギター - ハリル・バラクリシュナ
エレクトリック・シタール - マイケル・ヘンダーソン
ベースギター - アル・フォスター
ドラム - ジェームズ・ムトゥメ
パーカッション - バダル・ロイ
タブラ
タイトルの「ビリー・プレストン」は有名な黒人のキーボードプレイヤーの名前で、1970年のビートルズのゲット・バック・セッションに参加して「5人目のビートルズ」などとも言われたミュージシャンです。
しかもその本人は参加していません。
なのでここでマイルスはビートルズのことを考えていたのではないかと勝手に推測します。
前までがとっても暑く濃厚な音楽が続いたため、割とすごいセッションにも関わらずリラックスして楽しめます。
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