2026年はマイルス・ディヴィス生誕100周年になります。
マイルスに関する特集が雑誌(レコード・コレクターズ関係)でよく見かけるようになったのはそういう理由だったのですね。
そして6月に「Miles ’56 The Prestige Recordings」というアルバムがリリースされました。
と思ったら実はこれはもうシリーズ化していて地味に一昨年から始まっていて「’54」「’55」もあるようです。
(私の情報収集能力がないだけです)
内容はマイルス・ディヴィスが1956年にジャズ・レーブル、プレスティッジでのレコーディング曲ということです。
これにはジャズ・ファンの間では有名な「二日間でアルバム四枚分25曲をレコーディングした」というものも含まれています。
なぜそういうことになったのかという経緯はこうです。
この時期マイルスはのちに4ビートジャズとしては最高の水準まで上りつめたと言われていました。
テナーサックス ジョン・コルトレーン
ピアノ レッド・ガーランド
ベース ポール・チェンバース
ドラムス フィリー・ジョー・ジョーンズ
という布陣です。
これが後世に「黄金のクインテット」と呼ばれることになるバンドでした。
マラソン・セッションはその第1期のピーク時でした。
この頃のマイルスはMartin社の「コミッティ」というモデルのトランペットを使用しており、トランペットを高らかに鳴らすのではなくハーマン・ミュートというワウワウミュートを使ってビブラートをあまり使用しない繊細な音を作るのが得意でした。
それは「卵の殻の上を歩くような」と形容されるほど繊細な音でした。
あっそこの貴兄「マイルスは非力でルイ・アームストロングやディジー・ガレスピーのように鳴らしきれなかったからなあ」なんて思ってますね。
テナー・サックスのジョン・コルトレーンはマイルスと同年代の生まれで4ヶ月ほどしか若くありませんが、ミュージシャンとしてのキャリアはまだ浅い状態でした。
リーダーアルバムをリリースするのはこの時期1976年です。
先輩マイルスからは楽器の音の作り方、ジャズバンドの運営方法、違法なおクスリ、小銭の稼ぎ方、果てはテキトーにやってしまったことをいかに哲学的に見せられるかとか、偶然できちゃったことをいかに最初から目的があって苦難な探求の末に成し遂げたかのように見せられるか、ということまで学びました。
(個人の勝手な感想です)
テキサス生まれのレッド・ガーランドはピアニストになる前にはプロボクサーでした。
そういうハードでハングリーなスポーツのプロがジャズ・ピアノを弾くというだけでもすごいことなのですが、ガーランドの場合ハードバップなどのエネルギッシュなジャズだけではありません。
カクテル・ピアノと言われるいわゆるアンビエントでその場の雰囲気に応じた小粋で繊細なメロディを紡ぐスタイルのピアノも得意とするという、恐ろしいくらいに振幅差のあるピアニストでした。
ポール・チェンバースはアコースティック・ジャズの時代、ベース(コントラバス)の可能性をもっとも広げたと評されるベーシストです。
リズムキープだけではなく独特のシンコペーションを効かせて表現の幅を変えていきました。
中にはチェンバースのアルコ奏法(弓で弾く演奏方法)は音程が悪くて聞いておれん、とおっしゃる方もいらっしゃいます。
クラシック演奏から見ればそうかも知れませんが、ブルーズ視点から見ればまあそんなもん、というかまだ良い方です。
ドラムのフィーリー・ジョー・ジョーンズはしなるようなバネのあるリズムを叩き出す、ビル・エヴァンスをして「史上最高のドラマー」と言わせるドラマーであり、マイルス・デイヴィスも「他のドラマーの演奏にも常にジョーンズの面影を探していた」と言わせるほどでした。
ちなみに「黄金のクインテット」には第1期と第2期があります。
第2期は1960年代中期のポスト・バップとか新主流はと言われる時期で
トランペット マイルス・デイヴィス
テナー・サックス ウエイン・ショーター
ピアノ ハービー・ハンコック
ベース ロン・カーター
ドラムス トニー・ウイリアムス
です。
アルバムとしては「ESP」、「マイルス・スマイルズ」、「ネフェルティティ」「ソーサラー」などがあります。
そのうちご紹介することになろうかと思います。
話を第一期に戻しまして、この時のマイルスは今や向かうところ敵なしの状態です。
しかもなんとこのタイミングで最大手のコロンビア・レコードからお誘いがありました。
(自分から売り込んだのかもしれませんが)
マイルスはすでにフォービート・ジャズの限界を感じていたと思われます。
きっと頭の中では次への構想がありました。
そしてそれは大手のレコード会社でやった方が広く世間にアピールできる、販売網も格段に広い、ということは何よりもカネになる、と考えました。
それがコロンビアでのギル・エヴァンスによるオーケストラとの共演作「スケッチズ・オブ・スペイン」や札束で引っ叩いてビル・エヴァンスを呼び、ジャズに革命をもたらしたと言われるモード奏法を軸とした傑作「カインド・オブ・ブルー」の制作に繋がっていくことになります。
しまいには編集オタクのテオ・マセロをだまくらかして手なづけ、素材だけいっぱい作っておいて、チカラワザで一級品に組み立てさせるという方法も編み出すことにも成功しました。
それはまるで会社の基幹となるデータベースを、コンピューターの得意なバイト君に時給で構築させるようなものでした。
(個人の感想です)
そういうことを夢見ながらニヤニヤしているマイルスでしたが、そうなるには大きな問題がありました。
プレスティッジとの契約であと四枚分、スタジオアルバムを作らなければならなかったのです。
お金にきたな・・・じゃなかった常に質実剛健をモットーとするマイルスは(知りませんが)当然ムダな違約金なんか払う気はありません。
しかしお困ったことにこればっかりは訴えられたら勝ち目がありません。
それでマイルスはいいことを思いつきました。
そして1956年の5月と10月にトクリュウ犯罪組織の首領(ドン)よろしくメンバーを監禁してお年寄りに電話を・・・じゃなくてレコーディングスタジオに篭らせて、2日間でアルバム四枚分をレコーディングすることにしました。いや、させました。
それは当然スタジオライブみたいなノリだっと想像されます。
この日のために毎日のようにクラブで実践練習を重ねてきていました。
「いいか、このオレ様が間違ったときと納得いかないとき以外は絶対に取り直しはしないからな。下手な演奏で後々恥かきたくなかったら気合いいれて演奏するんだぞ」と言ってメンバーには極度の緊張感の持続を強いました。
1960年代の後半になるとレコーディング期間に平気で半年、1年かけられるアーティストが出てきます。
1990年代以降、ボストンとかデアンジェロみたいに5年、10年平気でかけるアーティストも出てくることを考えるとすごい時代になったものです。
こうやって古巣への恩義も忘れ、マイルスは捨て台詞(せりふ)を残してプレスティッジを去ることとなります。
こうやってマイルスの開発した業務手順は2000年代に入ってブラック企業、特殊詐欺グループ、闇バイトという形で世界中で花開くことになるのでした。
(嘘です。皆様も周囲の方含めて新手の特殊犯罪にはご注意ください)
ということで無事に大手コロンビアに移籍することになったマイルスでしたが、一方ハシゴを外されたプレスティッジもそんなやっつけ仕事で納得できるわけがありません。
この時はまだ後世に「ハード・バップの最終形」とか「究極のフォービート・ジャズ」などの冠をつけた「プレスティッジ4部作」と言われることになるとは誰も思ってはいませんでした。
プレスティッジの創設者ボブ・ワインストックは契約期間いっぱいの4年間をかけて小出しにリリースしていくことにします。
マイルスはコロンビアから「ラウンド・ミッドナイト」を皮切りにオーケストラとの共演「ポーギー・アンド・ベス」「スケッチ・オブ・スペイン」、ジャズの歴史の中でも最大級に重要な「カインド・オブ・ブルー」などを発表していきます。
宣伝、広告費もプレスティッジとは比較にならないほど潤沢で今まで以上に売り上げを伸ばしていきました。
プレスティッジはコロンビアを横目にコバンザメ商法で4年間に渡ってリリースしていったので、広告宣伝費をかけなくてもマイルスの評価にあやかって売り上げを伸ばすことができました。
でも実際のところ「スケッチ・オブ・スペイン」とか「カインド・オブ・ブルー」が評判になっている時にハードバップのアルバムを出しても、日々進化していくジャズ界では古臭い感じもしないでもなかったような気もしますが、そこはさすがのマイルスです。
ジャズ界を牽引して常に最先端を見せていたことも併せて、完成度の高さゆえにリリースが「カインド・オブ・ブルー」の後になる1961年まで続いても時代遅れ感は感じさせませんでした。
そうして、「プレスティッジ4部作」は無事、後世に残る形となりました。
プレスティッジは当初からシリーズ化を決めていたためにタイトルを決める企画会議で
「ゴジラ」
「ゴジラの逆襲」
「ゴジラ、エビラ、モスラ南海の大決闘」
「ゴジラ対メカゴジラ」
とか
「仁義なき戦い」
「仁義なき戦い、広島(ハッケンサック)死闘編」
「仁義なき戦い、代理戦争」
「仁義なき戦い、頂上作戦」
などが候補に上がりました。(嘘です)
最終的には
「Cookin’=クッキン」
「Relaxin’=リラクシン」
「Workin’=ワーキン」
「Steamin’=スティーミン」
というタイトルで「ING4部作」としてリリースされることになります。
「クッキン」のみ10月26日の演奏で固められ、残りの3枚は5月11日と10月26日の演奏が混じっています。
アルバムジャケットは発売順に「クッキン」と「リラクシン」はイラスト、「ワーキン」はマイルスを遠目から鵜写したもので、「スティーミン」はタバコに火をつけるマイルスの顔のアップとなっています。
素直に「ワーキン」だけは色合いも含めてなんかいまいちサマになってなく、ダサい感じもします。
手にタバコを持っていて働いているふうでもありません。
だったら「マイルス・イン・ベルリン」の方が絵的に気合が入っていていい感じなのです。
「工事現場でおっさんがタバコをふかそうとしているみたい」と言われて久しい今日この頃です。
内容については四枚全て第一期黄金のクインテットと言われているバンドが同時期にレコーディングしただけあって、非常に質の高い演奏となっています。
音質もなかなかのもので同時期にレコーディングされたコロンビアの第一弾「ラウンド・ミッドナイト」(これも大名盤)は全く同じメンバーで同じような内容のものを演っています。
プレスティッジとコロンビアの音の違いも楽しめます。
ジャズに特化したレーベルのヴァン・ゲルダーによる音と、コロンビアのレコードの基本を作り、すべての音楽ジャンルをカバーする歴史ある大手企業の音です。
日本においてはビクターとソニーの違いになったりもするのですな。
どちらもステレオではなくモノラルの良さが感じられる音空間となっています。
そういうオタクよりの間違った(?)鑑賞の仕方もできるスグレモノです。
演奏
・マイルス・デイヴィス・クインテット
マイルス・デイヴィス トランペット
ポール・チェンバース コントラバス
ジョン・コルトレーン テナーサックス
レッド・ガーランド ピアノ
フィリー・ジョー・ジョーンズ ドラムス
プロデューサー ボブ・ワインストック
エンジニア ルディ・ヴァン・ゲルダー
スタジオ ヴァン・ゲルダー・スタジオ ニュージャージー州ハッケンサック
曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
Cookin’ (Cookin’ with the Miles Davis Quintet) クッキン
1, My Funny Valentine マイ・ファニー・ヴァレンタイン
(リチャード・ロジャース)
ジャズのスタンダードです。元は1937年のミュージカル「ベイブス・イン・アームズ」の挿入歌でした。
マイルスは1965年にはこのタイトルをつけたニューヨークのフィルハーモニックホールでのライブ盤も発表することになります。
(第2期黄金カルテットが揃う寸前です。テナーサックスだけがウエイン・ショーターではなくジョージ・コールマンでした)
ここではレッド・ガーランドのリリカルなイントロに合わせて例のマイルス節が炸裂します。
この曲にはジョン・コルトレーンは参加していません。できるだけシンプルな編成の方がいいと思ったのでしょう。
もしかしたら発展途上中のコルトレーンに「おめえはまだ演奏がザツだからじっとしとけ」と言ったのかもしれません。
「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」で始まるこのアルバムが4部作の中では一番人気が高いようです。
2, Blues By Five ブルーズ・バイ・ファイヴ
(マイルス・デイィス)
演奏が始まるとブレイクして頭からやり直します。それもまたライブ感があっていい感じとなっています。
3, Airegin エアジン
(ソニー・ロリンズ)
ソニー・ロリンズ作のジャズ・スタンダードです。
他にもウエス・モンゴメリー・バージョンなどの名演があります。
個人的に好きなのがマイルスの1954年レコーディング(リリースは1957年)の「バグス・グルーブ」で、テーマの最後の3音のアレンジが絶妙です。
ギリギリまで引っ張って遅らせて焦らして落とす、というあのタイム感がただものではないと感じたのでした。
4, Tune Up 〜 When Lights are Low チューン・アップ〜ホエン・ライツ・アー・ロウ
(マイルス・デイヴィス / ベニー・カーター、スペンサー・ウイリアムズ)
マイルス作です。お返しということではないのでしょうがソニー・ロリンズは1957年のブルーノートでのアルバム「ニュークス・タイム」でこの曲をカバーしています。
Relaxin’ (Relaxin’ with the Miles Davos Quintet) リラクシン
1, If I Were a Bell イフ・アイ・ワー・ア・ベル
(フランク・レッサー)
このアルバムもマイルスお得意の軽妙かつ繊細な演奏が楽しめます。ピアノでノートルダム寺院の鐘の音のメロディを使って始まる完璧なアレンジと演奏で、人気が高いのも納得です。
この曲も元はミュージカルで1950年の「ガイズ&ドールズ」で使われました。マイルスがカバーしたことで、以降はジャズ・スタンダードになりました。
2, You’re My Everything ユー・アー・マイ・エブリシング
(ハリー・ウォーレン)
これもミュージカル曲で1931年の「ザ・ラフ・パレード」のために書かれました。マイルスの演奏はもちろんですが、コルトーレーンのバラードにおけるコルトレーン節も感じられます。
3, I could Write a Book アイ・クッド・ライツ・ア・ブック
(リチャード・ロジャース)
軽快にスイングするナンバーです。歌うマイルスのトランペット、転がるようなガーランドのピアノと、いきなりコルトレーンが出てくるところが好きです。
4, Oleo オレオ
(ソニー・ロリンズ)
会話で始まり快調に飛ばしていきます。特にベースのポール・チェンバースがいいグルーブを作っています。
ソニー・ロリンズ作で元はジョージ・ガーシュインの「アイ・ガッタ・リズム」をアレンジしたもののようです。
5, It Could Happen to You イフ・クッド・ハップン・トゥ・ユー
(ジミー・ヴァン・ヒューゼン)
1954年の同名映画の主題歌です。
ベースとドラムのコンビネーションがなんとも素晴らしく、自然と引き込まれます。
6, Woody ’n’ You ウディン・ユー
(デイジー・ガレスピー)
タイトルは「ウッディとあなた」という意味だそうです。
作者のデイジー・ガレスピーがビッグバンドリーダー、クラリネット奏者、歌手でもあるウディ・ハーマンへのオマージュとして1942年に書いたナンバーです。
有名なジャズ・スタンダードとなり、マイルスはこの曲を生涯3回もレコーディングしました。
他にもチャールズ・ミンガス、スタン・ゲッツ、ソニー・ロリンズなどがカバーしています。
なんとなくみんな演奏し慣れていて、肩慣らししながら調子を合わせをしているようにも感じます。
Workin’ (Workin’ with the Miles Davis Quintet) ワーキン
1, It Never Entered My Mind イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド
(リチャード・ロジャース)
「そんなこと考えたこともなかった」というタイトルはこれまたミュージカル曲で1940年の「ハイヤー・アンド・ハイヤー」のために書かれました。
フランク・シナトラからエラ・フィッツジェラルド、チェット・ベイカー、オスカー・ピーターソンなどいろんなミュージシャンにカバーされています。
こういう曲ではレッド・ガーランドのピアノが生きます。
ベース、ドラムスは敢えてシンプルなフレーズでメロディを浮き立たせているようです。
2, Four フォア
(マイルス・デイヴィス)
マイルス作のジャズ・スタンダードですが作者としてはマイルス以外にもいろんな説があるそうです。
いかにも余裕のハードバップという演奏が楽しめます。
トランペット、サックス、ベース、ドラムとソロが続いていきます。
3, In Your Own Sweet Way イン・ユア・オウン・スウィート・ウェイ
(デイヴ・ブルーベック)
「テイク・ファイヴ」で有名なウエスト・コースト・ジャズのデイヴ・ブルーベックの作品です。
マイルスは人種や地域など関係なくいいものは取り入れるのです。
長めのコルトレーンのソロが後半に行くほど饒舌になります。
4, The Theme (Take1) ザ・テーマ(テイク1)
(マイルス・デイヴィス)
短い曲ながら全員の見せ場を作っています。
5, Trane’s Blues (a.k.a Vierd Blues) トレーズ・ブルーズ
(ジョン・コルトレーン)
マイルス作の「Vierd Blues」を元にしたブルーズです。
マイルスもここではコルトレーンの頑張りに対して「お前にやるよ」という太っ腹なところを見せています。
6, Ahmad’s Blues アーマッズ・ブルーズ
(アーマッド・ジャマル)
アーマッド・ジャマルへの敬意を込めたブルーズです。
ここではマイルスとコルトレーンは休んでピアノトリオで演奏されています。
マイルスはこの時期、ジャマルの音をとても意識していました。
有名なブルーノートの「枯葉」の冷静に考えるとちょっと変なイントロもジャマルの影響だそうです。
7, Half Nelson ハーフ・ネルソン
(マイルス・デイヴィス)
マイルス作のスタンダードナンバーで、キャリア最初期の1945年に書いた曲です。
昭和世代としてはフルネルソンとかハーフネルソンと聞くとプロレスのルー・テーズやカール・ゴッチを思い浮かべてしまうのでした。イメージとしては地味な技なので正統派スタイルのプロレスラーしか浮かびません。
8, The Theme (Take2) ザ・テーマ(テイク2)
(マイルス・デイヴィス)
テイク2はさらに短く1分ちょっとの演奏です。
こういうのを入れてトータル性を持たせたかったのだと思います。
Steamin’ (Steamin’ with the Miles Davis Quintet) スティーミン
1, Surrey with the Fringe on Top 飾りのついた四輪馬車
(リチャード・ロジャース、オスカー・ハマースタイン2世)
ミュージカル曲でソニー・ロリンズも「ニュークス・タイオム」でピアノレス・トリオでレコーディングしています。
2, Salt Peanuts ソルト・ピーナッツ
(ディジー・ガレスピー、ソニー・クラーク)
ビバップ・ジャズのスタンダードです。ビバップらしく超高速で演奏されています。
特に終盤のドラムソロはすごい熱量です。
タイトルは手軽な酒のツマミのことで、日本でいえば八代亜紀の「お酒はぬるめの燗でいい、肴は炙ったイカでいい」の世界だとおっさんは思ってしまうのでした。
3, Something I Dreamed Last Night サムシング・アイ・ドリームド・ラスト・ナイト
(サミー・フェイン、ジャック・イェレン、ハーブ・マジットソン)
サックス抜きのピアノトリオ・プラス・トランペットでマイルスがメロディを紡いでいきます。
作者はアメリカの1920年代から30年代にかけて活躍した作家です。
「グレート・アメリカン・ソングブック」に収められているようです。
アメリカではジャズ・ミュージシャンなら「グレート・アメリカン・ソングブック」に収録されている曲は全曲知っていないと仕事はまわってこなかった、と聞いたことがあります。
4, Diane ダイアン
(ルー・ポラック、エルノ・ラベ)
1927年のサイレント映画「第7天国」の主題歌だそうです。
マイルスの音がちょっと遠いかなあ、と思っていると1:50あたりからコルトレーンが「先輩、調子悪いんですか」という感じで全く違うアプローチで入ってきます。
5, Well, You Needn’t ウエル・ユー・ニードント
(セロニアス・モンク)
セロニアス・モンクの代表曲の一つでモンクは1947年に初レコーディングしました。全員ノリノリの演奏です。
ポール・チェンバースのアルコも登場します。
6, When I Fall in Love ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ
(ヴィクター・ヤング、エドワード・ヘイマン)
映画「ワン・ミニット・トゥ・ゼロ」の主題歌です。
最後らしくしみじみとした演奏で終わります。
ここでもコルトレーンは音を入れてきません。
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