「スタックスと並ぶメンフィス・ソウルのレーベル、ゴールドワックス。そこでディープ・サザン・ソウルを生み出した最も偉大で純粋なヴォーカリスト、と言われるジェームス・カーのご紹介です。」You Got My Mind Messed Up :James Carr / ユー・ガット・マイ・マインド・メスド・アップ : ジェームス・カー

 1960年代、スタックスと時を同じくしてメンフィスで降盛を誇ったサザン・ソウルのレーベルがありました。それが「ゴールドワックス・レコード」です。

ゴールドワックスと聞くとなんかいかがわしい、エロそうなものを連想してしまうそこの貴兄には誠に申し訳ありません。
メンフィス・ソウル、というかディープ・サザン・ソウルと言われるソウル・ミュージックのレーベルなのです。

1964年にメンフィスでクイントン・クランチとルドルフ・V・ラッセルという二人によって始められました。

クイントン・クランチは金物屋のオーナーで、カントリー・ミュージックのギタリストでもありました。
他にもサン・レコードのセッション・ミュージシャン、ソングライター、レコード・プロデューサーなどをしていたようです。
2年ほどで株を売却しますがアン・ピープルズやアル・グリーンで有名なハイ・レコードの共同設立者でもありました。

もう一人のルドルフ・V・ラッセルは薬剤師出会ったということ以外、あまり情報はありません。

そのゴールドワックス・レコードの看板スターがジェームズ・カーです。

本名はジェームス・エドワード・カーといい1942年6月13日にミシシッピ州コアホマに生まれました。

コアホマとはあまり聞かない地名ですが、なんと2020年の国勢調査では人口が229人という田舎みたいです。

父はバプテスト派の牧師でカーが3歳の時に両親ともにメンフィスへ移住しています。

カーは教会で歌い始め、成長するとメンフィスの向上の組み立てラインでテーブルを作りながらハーモニー・エコーズなどのゴスペルグループで演奏していました。

1964年頃にはなんとスタックスのオーディションを受けて落ちてしまうのですが、ゴールドワックスで採用されレコードデビューを果たすことになります。

思い起こせば1980年代くらいまでは日本でもジェームス・カーは有名でした。

その頃は偉大なソウル・シンガーとなるとマーヴィン・ゲイやオーティス・レディング、ウィルソン・ピケットなどに並んでジェームス・カーの名前も挙げられていたほど人気の高いミュージシャンでした。

私はライ・クーダー経由でジェームス・カーに興味を持ったクチなので、ある意味なぜ日本ではこんなに人気があるんだろうと思っていたくらいです。

だいぶ経ってから朧(おぼろ)げながらそれがわかりました。

ジェームス・カーは1979年の日本ツアーの最中に抗うつ剤の過剰摂取によってコンサート中に固まってしまい、途中で中止となるというアクシデントがあったそうです。

それがブラック・ミュージック・ファンの間で話題になって、ディープ・サザン・ソウルの立役者のトラブルということで知名度に拍車がかかったということだと思われます。

ジェームス・カーは生涯、躁鬱病に苦しみました。
もしかしたらスタックスのオーディションでも極度の緊張状態で精神的にどちらかに振り切ってしまい、本来の実力が発揮できなかったのかもしれません。

今はそういう精神疾患は認知されており、それなりに許容する社会になっていると思いますが、1970年代当時に黒人で精神疾患を抱えて生きていくのは相当なものだったのではと想像します。

ともあれ、ゴールドワックスの原動力はジェームス・カーでした。

一番強力でありながら精神的に不安定な面もあり、本人もさぞや大変なことだったと思いますが、1969年にゴールドワックスが閉鎖されるまで十枚のシングルと二枚のアルバムをリリースしました。

その後も断続的に音楽活動は続けられますが、パフォーマンスやツアーのストレスに対応できない事も多く順調ではありませんでした。

1979年の日本ツアーの後はメンフィスに戻って妹と暮らしていましたが、頻繁に入院する状態だったようです。

それでもソウル・ファンは忘れてはいませんでした。
1980年代から1990年代にかけて徐々に再評価されることになります。

まず1986年にピーター・グラルニックの名著書「スウィート・ソウル・ミュージック」でジェームス・カーが紹介されました。(この本、今はかなり高値になってます)

さらに「アイルランド人はヨーロッパの黒人だ!」とアイルランド人の労働者階級の若者がソウル・ミュージックのバンドを結成する映画「コミットメンツ」でジェームス・カーがカバーされ・・などをきっかけに、にわかにブームが訪れます。

1991年には「ゴールドワックス・レコード」(一時的に復活)からアルバムをリリースします。

そういうふうに1990年代には再評価されることになります。

しかし1990年代半ばに肺がんで倒れ、2001年1月7日にメンフィスの老人ホームで亡くなりました。

享年58歳という若さでした。

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カーの一番有名なアルバムがこの「ユー・ガット・マイ・マインド・メスド・アップ」です。

CDの時代になるとオリジナルアルバム収録の12曲の加え12曲のボーナス・トラックが追加されるという出血大サービスぶりとなっております。

ジャケットは黒と赤の2色刷りで顔のどアップという強い印象が残るデザインです。
しかも不思議なことに半開きのまぶたで虚(うつろ)な表情です。
他のアルバムの顔写真を見てもこういう感じではなく、もっと爽やかな感じのものであり。これはなんとも似ていません。

デビューアルバムでこの表情のジャケットとはさすがだなあ、と思いつつレコードジャケットを眺めていたものです。
さらには今聞いてもため息が出るほどの素晴らしい音質でリマスターされています。

ゴールドワックスというレーベルはバックミュージシャンを明らかにしていませんでした。
メンフィスの腕ききスタジオミュージシャンで構成されているのはわかります。

聴きながら「あ、これブッカー・T・&・ザMGズとマーキーズじゃん」なんて思う瞬間もたくさんありますが、ギターの音がテレキャスターの音ではなかったりするんですね。

時代に甘えてAI大先生に聞いて見てもゴールドワックスはそういう資料を残していないため、プロデューサーくらいしかわからないということでした。
しかも大先生のネタ元もAllmusic.comからだそうです。

今からゴールドワックスの当時のバックミュージシャンの構成状況を発掘していくのはもう難しいかもしれません。

こうなったらそういう野暮なことは考えずに、ひたすら音楽に浸れればいいかと思います。

最近では海外での評価も高く、2002年のアルバム再発に合わせてMIJO誌は10月号で
「これは間違いなく史上最高のソウル・アルバムの一つだ」
と評価しています。

ジェームス・カーの歌声はオーティス・レディングと同じくらい評価されて然るべきなのですが、ネームバリューでは流石に分が悪い状況と言えます。

しかしハマった時のジェームス・カーの歌も相当なものです。

ボーナストラックにあるオーティス作の「ジーズ・アームズ・オブ・マイン」を比べて聴くとオーティスにかなり似ています。

違いを言えばハスキーで包み込むような声のオーティスに比べると、カーの声は塊が抜けていくような声質と感じる時もあります。

どちらもゴスペル・ルーツの比類なき天才ソウル・シンガーです。

最後にローリング・ストーン誌の評論で終わらせていただきます。

「彼は膨大な数のレコードを出した歌手ではない。しかしそれにもかかわらずジェイムス・カーがソウルミュージックに残したものは計り知れないほど大きい。ポピュラーミュージックにおける最高のものと言えるその声で彼はソウルミュージックの不朽のナンバーを残した。」 (ローリング・ストーン)

アルバム「ユー・ガット・マイ・マインド・メスド・アップ」のご紹介です。

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曲目
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。

1,   Pouring Water on a Drowning Man 
 (ドリュー・ベイカー、ダニ・マコーミック)

この最初の1曲でノックアウトされる人も多いかと思います。これぞサザン・ディープ・ソウルの歌声です。
歌詞は「君は僕が倒れそうになると突き飛ばす」「落ち込んでいると蹴りつける」「溺れている男(自分)に水をかける」というさんざんな内容ですが、「I Like That」で終わるなんともM体質な歌なんですよ。

2,   Love Attack
 (クイントン・クランチ)

このバラードも素晴らしい出来です。改めて2002年のバージョンは各楽器の分離がよく、素晴らしい音で楽しめます。
ゴールドワックスのオーナー兼プロデューサー、クイントン・クランチの作です。

3,   Coming Back to Me Baby
 (ジョージ・ジャクソン)

作者のジョージ・ジャクソンはアメリカのR&B、ロックンロール、ソウルのシンガー・ソングライターです。
これはノリの良いファンキーなロックンロールチューンです。1964年の録音とは思えないベースの音の転がり具合が最高です。

4,   I Don’t Want to Be Hurt Anymore
 (ドリー・グリア)

交互にバラードと軽快な曲を入れてきます。久々に聴くとこういうスキマの多いシンプルな音が逆に新鮮に感じられるのでした。

5,   That’s What I Want to Know
 (ジェームス・カー、ルーズベルト・ジェイミソン)

よくよく考えるとこのバックのシンプルな演奏で、すぐに口ずさめるようなメロディをつけて歌うのは流石です。
作者のルーズベルト・ジェイミソンもまたメンフィスで活動したソングライターです。
もっとも有名なのはオーティス・レディングもローリング・ストーンズもカバーした「ザッツ・ハウ・ストロング・マイ・ラヴ・イズ」ですね。

6,   These Ain’t Raindrops
 (クイントン・クランチ)

シンプルながらツボを押さえたホーンアレンジが盛り上げてくれます。

7,   The Dark End of the Street
 (チップス・モーマン、ダン・ペン)

説明不要の第名曲です。トレモロで始まりトレモロで終わる完璧なサウンドです。
LPレコードではここからB面となります。
作者のチップス・モーマンはアメリカの音楽界の重要人物でR&B、カントリー、ポップスの分野の立役者と言われています。
エルヴィス・プレスリー、アレサ・フランクリン、ハイウェイメンなどの活動に大きく寄与しました。
もう一人のダン・ペンもソウル・ファンの間では有名なシンガー、ミュージシャン、プロデューサーです。

8,    I’m Going for Myself
 (アーネスト・ジョンソン、エドガー・キャンベル)

ここはバラードが続きます。

9,   Loveable Girl
 (OB・マクリントン)

ホントにいい曲がいっぱい詰まっているアルバムです。

10,  Forgetting You
 (OB・マクリントン)

前奏なしヴォーカルから始まります。しみじみと語りかけてくるように歌います。
後半に行く程の盛り上がりが流石です。
ここからオビー・バーネット・マクリントンの作が続きます。
マクリントンは黒人のカントリーミュージックのシンガー・ソングライターです。
父は牧師で尚且つメンフィス近郊に700エーカー(2.8平方キロメートル)の牧場を所有していたそうです。
そういえば1980年代にピーター・バラカンさんが「ソウル・ミュージックとはゴスペルを含むブラック.ミュージックに白人のカントリー・ミュージックにある物語性やメロディがミックスされたもの」という解説をされていたことを思い出します。(性格な表現ではないかも知れません)

11,  She’s Better Than You
 (OB・マクリントン)

ワルツっぽいアレンジのバラードです。

12,  You’ve Got My Mind Messed Uo
 (OB・マクリントン)

アルバムタイトル曲にして、これまた名曲です。
ヴァン・モリソンあたりもめちゃ影響を受けていそうです。

2002 Bonus tracks

1,   These Arms of Mine
 (オーティス・レディング)

オーティス・レディングと聴き比べができます。といっても両者甲乙つけ難いのです。
とってもオリジナルに似ていますが、この曲ではあえてオーティスに寄せているのだと思います。

2,   You Don’t Want Me
 (ルーズベルト・ジェイミソン)

ブルーズです。B.B.キングを彷彿させます。

3,   There Goes My Used to Be
 (ルーズベルト・ジェイミソン)

力強く歌うナンバーです。
何度か出てくる「ガッツァ、ガッツァ」というのを聞くとゴスペル由来を感じさせます。

4,   A Lucky Loser
 (ホーマー・バンクス、アレン・ジョーンズ)

「幸運な敗者」という奥ゆかしいタイトルです。
ポップな曲です。作者のホーマー・バンクスもまたメンフィス生まれのシンガーでありソングライターで有名なものに「ア・ロット・オブ・ラヴ」があり、これはイギリスでノーザン・ソウルのクラシックとなりモッズに大評判でした。
シンプリー・レッドがカバーしたこととスティーヴ・ウインウッドを擁するスペンサー・ディヴィス・グループのヒット曲「ギミ・サム・ラヴィン」の元ネタです。
ホーマー・バンクスは他にもスマッシュヒットをたくさん有しています。

5,   Dixie Belle
 (ジェリー・フォスター、ウィルバーン・ライス)

名曲、名バラードです。
ディキシー・ベルという名の女性を歌っています。

6,   Search Your Heart
 (ジョージ・ジャクソン、レイモンド・ムーア)

じっくり歌い上げます。
後半のギターとの掛け合い的なところがいいのです。

7,   Sock It to Me, Baby
 (ローレンス・ブラウン、ボブ・クルー)

ロックンロール・ナンバーです。
「サケ・ツミ・ベイベー」というシャウトにもまたゴスペルを感じます。

8,   My Adorable One
 (イラル・アイダ・バーガー、クララ・A・トンプソン)

「ダーク・エンド・オブ・ザ・ストリート」的なナンバーです。

9,   Love Is a Beautiful Thing
 (エドワード・ブリガティ、フェリックス・カバリエ)

ロックンロールです。途中のブレイクも決まっています。
作者のフェリックス・キャバリエはロックバンド、ラスカルズのヴォーカルでオルガン(ハモンドB3)を演奏していました。

10,  Life Turned Her That Way
 (ハーラン・ハワード)

シンプルなバラードです。こういうのを演らせておけば間違いありません。
こういうジャンルでは珍しいフルートの音も聞こえます。
作者のハーラン・ハワードはカントリーのソングライターで4000曲以上を作曲したと言われています。そして100曲以上、カントリーチャートのトップ10に送り込みました。

11,  A Loosing Game
 (ジェームス・カー、デニー・ウィーバー)

跳ねる感じの軽快なナンバーです。

12,  What Can I Call My Own
 (ラリー・ロジャース)

最後はしみじみとした、いかにもエピローグらしい感じのバラードを持ってきました。

完璧です。

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