

「サム・ガールス」はザ・ローリング・ストーンズが1978年にリリースした14枚目のスタジオアルバムです。
スタジオアルバムとしてはここからから正式にロン・ウッドが正式にギタリストとして加わります。
ロン・ウッドは1976年の「ブラック・アンド・ブルー」では公にはまだゲスト扱いでしたが、ほぼ内定状態で「ブラック・アンド・ブルー」リリース後のツアーにはもう正式メンバーとして参加しています。
その様子ははライブアルバム「ラヴ・ユー・ライブ」としてリリースされました。
(邦題は「偉大なるライブ」というすごい攻めたタイトルでした)
私がリアルタイムでローリング・ストーンズを聴き始めたのはこの頃です。
後追いながら、すでに過去のアルバムは大体抑えていました。
FM番組ので特集で「ラヴ・ユー・ライヴ」を流しているのを聞いたのですが・・・すいません、さっぱり良さがわかりませんでした。
素直な感想というと
「なんかこれ、粗い、雑、ミック・テイラーの時の方がサウンドがまとまってる。ギターのキースとロニーはお互いバラバラで、ただ弾きたいようにプレイしているだけじゃん、これ、偉大なのか?、すごいライブなのか?」
という感じでした。
そしてしばらくして「サム・ガールズ」がリリースされました。
ストーンズがディスコに走ったなんていう意味でも評判になりました。
自分では買わずにカセットテープにダビングしてもらって聴いていたのですが、同じくギターの噛み合わせが悪く感じたものです。
今から思えばバンドのギター=リズムギターとリードギター、という具合に定まった形を考えていたんですね。
ストーンズはそういう既存のフォーマットを無視、そこから抜け出したかったのだと思います。
と言いつつも聴いているうちに「サム・ガールズ」の不思議なサウンドはなぜか他にはない魅力があり、忘れられない1枚となりました。
世間ではパンク、ニューウェイヴが吹き荒れていて、それに関連づけたサウンドのアルバムという人も多かったのですが、私にとっては「ファーラウェイ・アイズ」や「ビースト・オブ・バーーデン」の印象が強くて、そういう最先端とは全然別の世界にあるようなサウンドでした。
ここまで、この頃までは確実にローリング・ストーンズは唯一無二の個性を持ったロックバンドでした。

ジャケットも非常に凝ったもので、フロントは有名な女性の顔がくり抜いてあってストーンズのメンバーに変わっているというものです。
個人的には「あっ、こういうのツェッペリンでもあった」と思ったものです。
実際には肖像権などで揉めていろいろと大変だったようです。
何度も再編集したらしく、市場に出たものは最初の意図とは違っていたとも言われます。
この時期のレコーディングはキース・リチャーズの法廷問題などで思うように時間が取れませんでした。
また最初期から犠牲的精神でストーンズに貢献しているイアン・ステュアートもストーンズのアルバムとしては初めて一切関与していないようです。
その分、ミック・ジャガーが気合を入れて作成した感じのアルバムとなっています。

このアルバムのリリース後、1980年代に入るとテクノロジーの進化とともにローリング・ストーンズのサウンドも変化していきます。
よく「ローリング・ストーンズは『ブラック・アンド・ブルー』もしくは『サム・ガールズ』で解散していたらより神格化されたロックバンドになっていただろう」と言われています。
このことを私なりにまとめておきたいと思います。
(同意しているわけではありません)
なぜそう言われるかと言いますと、彼らのベースにある音楽が関係しています。
もともとイギリスのローリング・ストーンズはブラック・ミュージックを養分として、うまくロックに取り入れながら、サウンドを作ってきました。
アメリカでは1960年代中期くらいまでは白人と黒人の聴く音楽は完全に分かれていました。
そこへブリティッシュ・インベンションとしてイギリスからブルーズやR&Bのブラック・フィーリングを取り入れてロックンロールの次の形態、ロックとしてアメリカに逆輸入したのです。
多くのイギリスのバンドはブルーズやR&B、ソウル、ファンクなどのブラックミュージックのエッセンスをわかりやすく、そしてカッコよく提示してくれたのです。
そしてそれを一番スマートに、うまく抽出してやってのけたのがローリング・ストーンズでした。
ブリティッシュ・インベンションに端を発して1960年代から1970年代まではロックが拡大していった時代です。
様々なロックのジャンルが生まれては消えて行ったのですが、以前としてブルーズ、R&Bや最先端のブラック・ミュージックにルーツを持つロックバンドバンドが多くありました。

しかし1980年代に入るとロックに影響を与えてきたブラック・ミュージックは全く新しい次元に入ります。
ストーンズからすると、ぎりディスコ・ミュージックまではまだなんとかファンキーでポップな面を生かすという利用価値があったものの、ラップやヒップ・ホップという新しいジャンルは厳しいものがありました。
今までと違って打ち込みリズムによる機械的なグルーヴであることなど、新しいジャンルはバンドで演奏する音楽には適さないないものになったのでした。
それらは1960年代から活動してきたロックバンド、ローリング・ストーンズにとって、今までのように再構築してロックに応用することは難しいものだったのです。
(逆説的証明はこのアルバムの名カバー「ジャスト・マイ・イマジネーション」です。)
仮にもしストーンズが無理くりラップやヒップホップを演っても絶対にウケるものではなかったと断言できます。
(きっと「サタニック・マジェスティーズ」以上の黒歴史となったこと間違いなしです。)
実際、思い出すことがあります。
ストーンズよりも一つ若いパンク世代で、1980年代にピークを迎えていたポール・ウェラーは「ジャム」に続く自身のユニット、「スタイル・カウンシル」で果敢に(無謀な)挑戦したことがありました。
その時期に来日したので見に行きました。(1980年代後半、有明だったと思います)
その日は今までのナンバーを封印して、前編ヒップホップを演ってくれたのです。
・・・お客さんドン引きです。
ブリティッシュ・ビート・バンドの雄だったジャム時代のようにモッズ・ファッションで青筋立ててリッケンバッカーをかき鳴らすのを夢見てきたはずなのに、前にいるのは半ズボンにナイキのスニーカーでにこやかに踊るお兄さんでした。
現場(観客)は必死について行こうとするものの、こういうのを聴きに来たんじゃない感が蔓延していてなんとも悲惨な状況でした。
噂ではスタイル・カウンシルはヒップホップ路線でのアルバムも作ったそうですが、見事にレコード会社に却下され、未だ日の目を見ることはありません。
(詳しくは知りません)
唯一の成功例としては1986年のラン・DMCとエアロスミスがコラボした「ウォーク・ディス・ウェイ」ですね。
(これも最初はギャグかと思ったくらいです)
しかしこれをきっかけに低迷状態だったエアロスミスは再浮上します。
そこから大ヒットアルバムをたくさんリリースし、大ヒット映画「アルマゲドン」の主題歌まで歌ったのでした。

かように1980年代はポップスのジャンルではイギリスの女性アーティストやブルー・アイド・ソウルということでのソウルフルなシンガーが流行ったりしていたのですが、尖ったロックのジャンルでは今更のように主流には慣れませんでした。
(ローリング・ストーンズにブルー・アイド・ソウルを求めてはいけません)
ロックは1980年代になると、アリーナロックが流行ってメタル系やネオアコ系などに主流が移っていきます。
ということでここからローリングストーンズの苦難の歴史が始まります。
コンサートをやれば順調に満員となりますが、みんな聞きたいのはニューアルバムからのものではなくストーンズらしかった1960、70年代のナンバーなのです。
これではまるで昔の名前で出ています状態です。
この状況に耐えられないファンも一定数いるのですが、本人たちもさぞかし悔しい思いだったと思います。
(その傾向は今も続いてはいます)
しかしそこは天下のザ・ローリング・ストーンズ。
そういう状況でもファンとして忘れられないこともありました。
アップルがコマーシャルで「スタート・ミー・アップ」や「シーズ・ア・レインボー」を使ってくれたことです。
そういうロックを聴いていた世代が普通に世の中の主流になっているんだなあ、と感じたものでした。
ストーンズの存在はもうジョニー・キャッシュ、マディ・ウォーターズと同じような存在へとなってしまったのかもしれません。
ただ個人的な話ですが、今になって思うのはボブ・ディラン同様、ローリング・ストーンズの1980年代のアルバムにはまだ見つけられていない、何か隠れて歴史に埋もれた、すごいものが潜んでいるような気がしています。
ということでローリング・ストーンズの進化する真の黄金時代と言われるものはこの「サム・ガールズ」で終わりとなりました。
しかしストーンズは続いていき、いまだに残っています。
ワタクシとしては最近、割と見直してきています。
20代の頃は敬遠していた1980年代以降の暗黒時代、じゃなかったあまり評価のされていないローリング・ストーンズも楽しんでいたりするのです。

アルバム「サム・ガールズ」のご紹介です。

演奏
- ミック・ジャガー
リードボーカル(Tr.8を除くすべて)、バッキングボーカル(Tr.1~3、6、8~10)、エレキギター(Tr.1~5、7)、ピアノ(Tr.6)、パーカッション(Tr.10) - キース・リチャーズ
エレクトリックギター(全トラック)、バッキングボーカル(Tr.1~3、6、8~10)、アコースティックギター(Tr.4、6、8~9)、ベースギター(Tr.4、8)、ピアノ(Tr.6)、リードボーカル(Tr.8) - ロニー・ウッド
エレクトリックギター(Tr.6以外)、バッキングボーカル(Tr.1~3、6、8、10)、ペダルスティールギター(Tr.2、6、10)、アコースティックギター(Tr.4、9)、ベースギター(Tr.10)、バスドラム(Tr.10) - ビル・ワイマン
ベースギター(Tr.1~3、5~7、9)、シンセサイザー(Tr.4) - チャーリー・ワッツ
ドラム(全曲)
ゲスト・ミュージシャン
- シュガー・ブルー
ハーモニカ(Tr.1, 4) - イアン・マクラガン
エレクトリックピアノ(Tr.1)、オルガン(Tr.3) - メル・コリンズ
サックス(Tr.1) - サイモン・カーク
コンガ (Tr.10)
プロダクション
- クリス・キムジー
ミキシングエンジニア - テッド・ジェンセン
レコードマスタリング - グレッグ・カルビ
1986年、スターリング・サウンドにてCDマスタリング - ボブ・ラドウィグ
1994年、ゲートウェイ・マスタリングにてリマスタリング - スティーヴン・マーカッセン、スチュワート・ホイットモア
2009年マーカッセン・マスタリングでリマスタリング



曲目(Tr.3を除きすべてジャガー ー リチャーズの作です)
*参考までにyoutube音源をリンクさせていただきます。
01, Miss You ミス・ユー
ストーンズがディスコに走ったといういわくつきのナンバーです。ここからミック・ジャガーは頻繁にファルセット・ヴォイスを使うようになります。
ロックもディスコを取り入れようと試行錯誤していました。キッスも翌年に「アイ・ワズ・メイド・フォー・ラヴィング・ユー」を演ったりしたのです。時代ですね。
02, When the Whip Comes Down ホエン・ザ・ウィップ・カムズ`ダウン
パンキッシュなナンバーです。ここでもキースとロニーの組んず解れつ(くんずほぐれつ)で同時にギターソロに入るような斬新なギタースタイルが聴けます。
ギターソロの後のブレイクのところ「ジャジャジャジャジャ、お」「ジャジャジャジャジャ、し」という言葉になってない掛け声が好きです。
03, Just My Imagination (Running Away with Me) ジャスト・マイ・イマジネーション
(ノーマン・ホイットフィールド、」バレット・ストロング)
安定のモータウン・カバーです。この辺りの安定感はお見事で前々作「イッツ・オンリー・ロックンロール」でも同じモータウンのザ・テンプテーションズのカバー「エイント・プラウド・トゥ・ベッグ」をカバーしてくれました。
オリジナルです。
04, Some Girls サム・ガールズ
古くからのファンとしてはトラック4からのこの流れがたまりません。
珠玉のメロディなのですが、今だとコンプライアンスの関係でありえないような内容を歌っています。
ロックがロック、ストーンズがストーンズだった時代の名曲です。
05, Lies ライズ
これもパンクに触発されたようなシンプルなロックンロールです。ロニー・ウッドの大はしゃぎギターが聴かれます。
初期にレコーディングされたようで、アルバムタイトルが最初は「ライズ」だったそうです。
06, Far Away Eyes ファーラウェイ・アイズ
中期ローリング・ストーンズの魅力のひとつ、ストーンズ流レイドバック・サウンドです。
この雰囲気は流石でございます。
07, Respectable リスペクタブル
パンキッシュ・ナンバー第3弾です。シングルカットもされました。
08, Before They Make Me Run ビフォー・ゼイ・メイク・ミー・ラン
永遠のヴォーカル初心者、キース・リチャーズの歌うソウルフルなナンバーです。
キースの場合はヘタウマだろうがなんだろうが「味で勝負」でいいのです。
(ミック・ジャガーが歌うと「ファーラウェイ・アイズ」や次の「ビースト・オブ・バーデン」みたいになると思います。)
09, Beast of Burden ビースト・オブ・バーデン
これもミックの歌うほんわかレイドバック・サウンドで味わいがあります。
10, Shattered シャッタード
ベースが無骨にグルーヴしています。パンンキッシュ・ナンバー第4弾です。
学生の頃「アハー」「シルヴェイン」とか「トットットットットー」なんていうところが斬新だなあと思っていました。
ギターソロもメロディアスでいいと思います。

コメント